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とある日の昼下がり

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 私はクロエ。タカフミとサクラコに飼われている黒ヤギよ。
 最近の私は、前とは比べ物にならない程にとても充実している。
 朝暖かい寝床で目が覚めれば、すぐに大好きなタカフミとサクラコがご飯を持ってきてくれる。私がご飯を食べている姿を、嬉しそうに見つめてくれるの。
 ご飯が終われば、広い庭で伸び伸びと身体を動かし楽しむ。とっても清々しい気分になる。もし小腹が空いても、庭に生えている芝や、サクラコが持ってきてくれた笹を食べる事だってできる。
 最近気が付いた事だけど、朝起きて夜寝る、を1サイクルとしてそれを七回繰り返すうち、サクラコは必ず二回は昼間からずっと庭にいてくれる。残りの五回はどこに行っているのかは知らないけど、空が赤くなってきた頃に帰ってくる。
 人間がそういう習性なのか、とも思ったがタカフミは基本的に私の目の届くところにいてくれるから、これはサクラコの習性なんだろう。とっても不思議な習性をしている。
 不思議と思っているそのサクラコの習性だけど、昼間からずっと庭にいてくれる二回は、とっても楽しいの。一緒に遊んでくれるし、一緒に寝てくれるし。

 でも最近は、そんな素晴らしい日々を邪魔する奴が現れた。白くて群れている――そう、鶏達だ。
 あいつら、朝は必ず大声で鳴いて安眠を邪魔してくるし、私のご飯を横から取ったりする。本当に邪魔。
 しまいには、昼間から盛ったりもする。何なの、あいつら年中発情期なの?

 そしていつの間にか小さい犬もやってきた。あの子は庭にはやって来ないけど、ここの所タカフミとサクラコはその子につきっきり。
 庭から室内の様子が見えるんだけどずっとその子に構ってて、少し嫉妬しちゃう。まだこの庭に私しかいなかった頃は、こっちの気なんてお構いなしに相手してくれてたのに。
 ……でも、あの子はまだ小さいから仕方が無いか。つきっきりで面倒見ていないともしもの時に動けないからね。少し寂しいけど、我慢するしかないわね。

 今日はもう朝のご飯は全部食べちゃったから、どうしようかしら。天気が良いから、日にでもあたりながら暇でも潰そうかしら。

 私はそう思い、庭で一番日当たりのいい場所に行き、体を横にする。
 風は冷たいけれど、差し込む日の光がとっても暖かくて気持ちいい。草の香りが風に乗って鼻をくすぐる。
 横になって少ししか経ってないのに、もう眠くなってきた。このまま寝てしまおうかしら?

「随分と気持ちが良さそうだな、黒ヤギよ」

 声を掛けられた。私は眠気を邪魔にされて嫌な気持ちになりながらも目を開け、声の正体を確認する。

「……何か用かしら。私はこのまま寝たかったんだけど」

 声の正体は鶏達のボス。一番身体が大きいから分かりやすい。いつも一緒にいる取り巻き達がいないけど、私に何か用があるのかしら。

「いや、特に用なんてものは無い。ただ近くにいたから声を掛けただけだ」
「……私は別に、貴方達と仲良くするつもりは無いわよ」

 これは私の本心だ。鶏達と仲良くする気なんて無い。タカフミとサクラコが飼うと決めたから、仕方なく一緒にこの庭にいるだけ。

「何故そんなにも我々を嫌う?一緒に暮らしているのだ、仲良くしようではないか」
「……仲良く、ね」

 仲良くなんて、そんな事出来るはずが無いじゃないの。私はタカフミとサクラコと出会うまで、ずっと独りだったのよ。母も私を邪険にしたし、他のヤギ達だってそう。忌み嫌われていたのよ。

「隊長、どうかしましたか?」
「隊長、あちらに掘り甲斐のありそうな土を見つけました!一緒に掘りましょう!」

 他の鶏達がゾロゾロとやってきた。
 何よ掘り甲斐のある土って。土なんて掘ったところで楽しくもないでしょうに。

「……ヤギですか。隊長、ヤギに何か用でもあったのですか?」
「いいや、特に用は無かったさ。ただ、一緒にここで暮らしているわけだから仲良くしようと思ってな」
「そう……ですか。隊長がヤギと仲良くするのであれば我々もそうしますが」

 この鶏達は隊長と言われている一番身体の大きなボスの言う事は必ず従う。やっぱりどの動物もそうなのね。上には絶対服従。
 しかしながら少し不服そうだった。

「あら、他の鶏は不服そうよ、隊長さん?」
「ふむ……ヤギよ、貴様は我々に何か不満を抱えてはいないか?」

 不満なんて凄く抱えてるわよ。五月蠅い、邪魔だし。

「……その表情だと、何かしら思っているのだな」

 顔に出ていたみたいね。ばれてしまったらしょうがないわ。言葉で言ってあげよう。

「……まず、毎朝五月蠅いのよ。なんで毎朝、同じ時間に鳴かなきゃならないの?」
「なぜ、と言われてもだな……これはどうしようもないのだよ。我々の習性なのだから」
「せめて小さく鳴くとかは出来ないわけ?」
「……善処しよう」

 毎朝それで叩き起こされるんだから、ストレス溜まりっぱなしよ。

「それ以外にもあるわよ。私のご飯を横から取っていくし、昼間っから盛るし。迷惑ったらありゃしないわよ」
「……飯を取っていたのは知らなかった。それに関しては申し訳ないと思っている。部下達には我から伝えておこう。だが――盛るのを辞めるわけにはいかない。これは習性以前の問題で子孫を残すという最重要の命題なのだ」
「なにが命題よ。ただ性欲に任せて盛っているようにしか見えないのだけど?」
「いや……これは命題だ。死んでいった仲間達のためにも、子孫を増やし続かせねばならん」

 死んでいった仲間達……?どうやら、ここに来る以前に何かあったらしいわね。とはいえ、そんな事は私の知った事じゃないわ。

「そんなの、私には関係の無い事よ」
「しかしだな……”ヤツ”は我々の居場所を知っている。それを知ってもなお我の本能は子孫を増やせと囁きかけてくるのだ」

 ”ヤツ”……?何か脅威になる物なのかしら。

「その”ヤツ”ってのは……私にも害を与えてくるのかしら?」
「分かりかねるな。貴様は我々よりも体躯が大きい。それ故に襲われたりする可能性は少ないとも思うが……」

 なるほど、小さい相手にしか害を与えないようね。とはいえ、用心しておくべきなんでしょうね。

「因みにだけど、その”ヤツ”ってのは――身体が長くてクネクネしている生き物かしら?」
「ほぅ、知っていたか。そう、蛇だ」
「知っているというか……貴方達の後ろの柵に、いるのだもの」

 そう、つい先程からその”ヤツ”――もとい、蛇は鶏達の後ろにある柵の上にいたのだ。

「何ぃっ!?」

 鶏達は一斉に振り向き、柵の上の蛇と対面する。蛇を見た瞬間からガクガクと震える者も居れば、絶望したような表情をする者もいる。
 しかしながら、鶏達のボスは違った。蛇を睨みつけ、今にもその脚から覗く鋭い爪で切りつけるかのような雰囲気を感じる。

「ククク……久しぶりだね、鶏諸君。そろそろ卵を産んだ頃合いだと思ってね」
「なっ……っ! 貴様にくれてやる卵など無いっ!」
「君らが私に喜んで差し出すとは思っていないさ。さて……」

 そう言うと蛇は庭全体を見るようにキョロキョロと首を振り、鶏小屋を視界にとらえ不気味な笑みを浮かべた。

「あそこが君達の住処か。じゃあ、あそこに卵はあるわけだね」

 蛇は鶏達を無視し、スルスルと素早い動きで鶏小屋へと向かっていく。

「待てっ!」

 鶏のボスは翼をバタバタと振り乱しながら蛇を追う。他の鶏達はボスから少し遅れて後を追うが、走りが若干ぎこちない。どうやら、蛇と対面して相当焦っているようだ。
 私も念のためと思い、歩きながら鶏小屋の方へと向かうが……蛇が鶏小屋まであと少しという所でタカフミが庭へとやって来た。

「おっ、なんだ皆で駆けっこでもしてるのかぁ?」

 タカフミは相変わらず呑気なことを言っていたが、鶏達の追う先に蛇がいる事を確認したのだろう。呑気な表情から急に真剣な表情になったかと思うと手に持っていたスコップを振りかざしながら大きな声で叫んだ。

「蛇がいるじゃねぇかぁぁぁぁぁぁっ!」

 鶏小屋までスコップを振りかざしながら走ったタカフミはスコップを一閃。それにより頭と胴が真っ二つに分かれた蛇が血飛沫をあげながら地面を転がる。
 お見事。そう言ってしまいたくなるような綺麗な一撃だった。きっと蛇も自分が切られたなんて感じることも無いまま絶命しただろう。

「おぉぅ……思わず蛇殺しちまった……」

 タカフミは、蛇が苦手だったのかしら?この庭に来てから、あんなタカフミは初めて見たわ。
 そして、今の今まで焦っていた鶏達はというと――

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」

 大盛り上がりだった。
 タカフミの周りをバタバタと翼を振り乱しながら喜ぶ者もいれば、これまでの恨みからだろうか。動かなくなった蛇を足蹴にする者もいた。

「ど、どうしたお前らっ!?」

 タカフミはそんな鶏達の姿を見て困惑している。

「この人間は……ヤツを、たったの一撃で倒したと言うのか……?」
「何よ、見ていたでしょ?随分とアッサリと倒したものよね」

 タカフミが蛇を倒した光景を一番間近で見ていたはずの鶏のボスだったが、その光景が今でも信じられないのか、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

「そうか……ついに、終わったのか」
「隊長っ!これで私達は……っ!」

 わらわらと鶏達が集まってきた。

「そうだ、我々はもうヤツに怯えて過ごすことは無くなったっ!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」

 鶏達が盛大に鳴きだした。本っ当にうるさいわねこいつら。

「なんだなんだ……これまでに烏骨鶏達がこんなに騒いだことなんて無かったぞ……」

 ほら、タカフミも困惑してるじゃない。嬉しいのは分かるけど、騒ぐのはやめなさいよ。
 それ以降は日が暮れるまで鶏達は騒ぎ続け、最終的には蛇を屠ったタカフミを勝手に英雄と称え、一生ついていく事を誓っていた。
 ……まぁ、鶏達のボス以外はタカフミの事を少し警戒していたみたいだから良い方向に転じたって事でいいのかしら。
 さて、もう日も暮れたし私は小屋に帰って寝る準備でもしようかしら。

「おっ、クロエはまだ小屋に戻ってなかったのか」

 あら、タカフミが来たわ。いつもだったらこの時間は庭に来ないのにどうしたのかしら。
 タカフミは私の頭を優しく撫でてくれる。これ、とっても気持ちが良いのよね。

「さぁクロエ、小屋に入ろうか」

 そうね、小屋に戻るとするわ。タカフミもサクラコが心配するからはやく家に入りなさいよね。
 私は口には出さずにそう思うと小屋に向かって再び歩き出す。
 私が小屋に入ると、タカフミも一緒に小屋に入ってきた。どうしたのかしら。

「さぁクロエ、実は今日の日中にな、この小屋にヒーターを設置したんだよ。まだ冬本番になってないとはいえ、もう寒くなて来たからな」

 タカフミは小屋の天井を指さしながら言う。ヒーターとは何かしら?
 タカフミが指さす天井を見上げると、何か四角いものが取り付けられていてほのかに赤く光り、その光は小屋を薄赤く照らしていた。
 そのヒーターという四角いものの直下は暖かい。なるほど、このヒーターというものは暖かい光を出してくれるものなのね。

「さぁクロエ、こっちにおいで。暖かいよ」

 タカフミは小屋の中に座り、すぐ傍をポンポンと叩きこっちに来いと催促している。
 私は言われるがままタカフミの傍に座り、身をあずける。

「おぉ、偉いぞクロエ。やっぱり言葉が分かるのかなぁ……クロエは賢いなぁ」

 そう言いながら私を撫でるタカフミの手は、ヒーターよりもずっと暖かく、心地良いものだった。
 ……あぁ、本当に私はここに来れてよかった。願わくば、この幸せな時がずっと続けばいいのに。そんな事を思いながら次第にウトウトしてきた私は、いつの間にか眠りについたのだった。
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