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夢への足掛かり編 第三話

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6月28日

 物件を見に行ってから三日後、俺は中古車のディーラーに来ていた。そのディーラーはそこそこ広い屋外に車を並べている店舗だった。
 田舎暮らしを始めるとなると、あの場所では車が必需品となる。近所に生活用品や食料品を買いに行こうにも、どうやら歩きでは相当厳しいらしいので、引っ越す前に契約だけしておいて納車後に即向こうに向かう、という工程で進めようと思う。
 ちなみにあの土地については、物件を見に行った翌日には契約をした。細かい手続きに少し時間がかかるので、まだ俺の持ち家となった訳ではないが、来月中には家としての手続きは終わるらしく、俺の持ち家となるらしい。

 さて、車のほうだが…なかなか決められないでいた。というのも、前職が車関係だったばかりに「この車種は以前不具合あったから嫌だ」や、「この車種はあと少しすれば新型が出るから今は買い時ではない」など勝手に俺の中で難癖を付けてはNGを出しているのである。下手に知識があるばかりにこういった場面でなかなか決められないのは、車関係者全員が共通して持っている面倒臭い部分と言えるだろう。
 そして、今はまだ大丈夫だが店員に声を掛けられるのも面倒だ。知識があるだけに進められる車を嫌だ嫌だと言っていれば失礼に当たるだろう。こんな事であれば、ネットで調べてある程度目星をつけてから来るべきだった。
 だが、こんな知識だが非常に役立つ部分もある。俺が担当していた部品はドア回りが主だった物なのだが、掲げられている走行距離と部品の摩耗などを見て「これメーター戻されてるだろ」だったり、「走行距離のわりに摩耗が少ないから前のオーナーは普段使いでは無く長距離ドライブが好きだったんだな」などそういった情報を得ることができる。こういった情報は、非常に有力だ。例えば、先程の”前オーナーは普段使いでは無く長距離ドライブが好きだった”方を買えばエンジンも酷使されていないので長く乗ることができる。そして、細かい部品類の交換も少なくて済むというメリットがあるわけだ。言い方は悪いが頭の悪い中古車ディーラーは走行距離だけを見て値段を決めるので、安く買う事ができる。
 だが、そういった車は普通自動車に多い。俺が狙っているのは軽自動車だ。この店にも先程例に上げたような車はあったが、普通自動車だった。

(さて、どうしたものか…まだ全部を見たわけでは無いが、目ぼしい車が無い)

 もうこの際値段は気にしないで良さげな車があればそれにしてしまうか?とも思ったが、その度に10万円の土地が脳裏に浮かぶ。あの土地が安すぎたせいか、普通に売られている中古の軽自動車ですら高く感じてしまうのだ。

(いかんいかん。中古の軽自動車の相場は50万程度だ。そりゃあの土地よりも高いに決まっている)

 俺は土地という邪念を捨てて真剣に、前の職場の知識は二の次として再度車を見て回る。
 そうすると、結構良さげな軽自動車が見つかったじゃないか。ミニバンタイプで、走行距離もそこそこで部品の摩耗も走行距離にしては少なめ。値段は58万円と平均的。なぜこんなに良い車を見逃していたのだろうか。
 俺はすぐに店員を呼んだ。すると、40代くたいの男性店員が来る。

「如何なさいましたか?」
「すみません、この車もっと詳しく見たいんですけど。」
「承知しました、鍵を取ってきますので、少々お待ちください。」

 そういうと男性店員は事務所があるであろう室内に小走りで向かった。
 俺がその車の外装をぐるぐると回りながら見ていると、店員は鍵を持って来た。

「お待たせしました、エンジンを掛けますか?」
「はい、お願いします。」

 店員が運転席側から乗り込み、エンジンを掛ける。セルも良く回っており、バッテリーは問題無さそうだった。エンジン音も問題無し、アイドリングも安定している。
 俺はギアをニュートラルに入れて空ぶかしをする。ある程度回転数が上がってもかぶった様子も無いのでECUにも問題無し、エンジンは絶好調といった所だろう。

「うん、問題無さそうですね。この車は、修復歴はありますか?」

 俺は、ギアをパーキングに戻すとそう伝える。

「えぇと、今確認しますね…」

 店員は助手席側のダッシュボードを探り、車検証入れを取り出す。おそらくその中にメンテナンス手帳のような物が入っているのだろう。

「メンテナンス歴は載ってますが、修復歴は無さそうですね。」
「なるほど、修復歴無しで58万ですか…」

 俺は、外装を見渡し、バックドアの下付近に少し大きめのひっかき傷のような物を見つける。

「この傷があるので、もう少し安くならないですかね。」
「ふむ、なるほど…」

 そう、値引き交渉だ。少しでも安くしたいからね。
 店員は少し考えると口を開く。

「56万では如何でしょうか?」

 2万円引きか…まぁ、この程度の傷ではこんなものだろう。さて、次は…

「この車って、ETCは付いてないですよね?」
「えぇ、ついていません。」
「では、58万のままで良いので、ETCを付けてくれませんかね?」

 店員は更に悩んでいる。そして、数秒の沈黙の後に、

「分かりました、ETCを取り付けて58万円にしましょう。」

 よし、得した。大体ETC本体が2万、取付工賃が1~2万といった所だろう。高く見積もっても4万、それが浮いたのは得をしたと言えるだろう。

「では、それでお願いします。」
「では、事務所へ行きましょう。」

 そして、俺は車を購入した。正直、土地に引き続いて車までこうもあっさりと購入してしまうとは思っていなかった。土地がいつになったら手続きが終わるかが不明だが、おそらくは納車のほうが速くなるだろう。
 幸い、俺の今住んでいるアパートは駐車場が余っているので、引っ越すまでの間置かせてもらうことは可能だ。

 さて、車はなんとかなった。次は、バイクをどうにかしたい…と言いたいが、その前にバイクでラストランといこうじゃないか。



7月5日 AM10:00

 車を買ってから数日後の朝方、俺はツーリングの準備をしていた。普段はラフな格好で乗り回しているが、今日ばかりはツーリングなのでプロテクターの入ったジャケットを着ている。

(さて、準備は完了だ。そろそろエンジン掛けて暖気でもするか)

 俺は家を出て、バイクのエンジンを掛ける。そして、暖気している間にタバコを1本吸う。
 ここ最近、というか仕事を辞めてからはタバコを吸う回数が大幅に減った。前まではあんなに愛煙家だのなんだのと自称していた俺だったが、仕事の付き合いで吸っていただけなんだと自覚した。
 仕事を辞めてからは惰性で吸いたくなったらたまに吸う、程度だったので引っ越しを機に、辞めるのもありだろう。
 さて、そんな事を考えているとタバコが吸い終わった。暖気も良い頃合いだろう。まぁ、夏の時期はそこまで念入りに暖気をする必要は無いんだけど、朝一でエンジンを掛けるときはタバコを吸うのがこれまでのルーティンだったのでしょうがない。

(よし、出発だ。)

 俺はバイクに跨り、ギアを1速へ、バイクを走らせた。
 下道をある程度走り、高速道路に乗る。もちろん、目的地は霞ヶ浦―――俺が土地を買った場所だ。
 あそこは、調べてみたら美味しそうな料理や観光地などが沢山あった。さつまいもも名産で美味しいらしく、お土産として干し芋を買いたいところだ。
 今回のツーリングは移住する霞ヶ浦周辺の散策という目的もあったが、本質はこのバイクでのラストランだ。これが終われば青央あおさんに売ってしまうので、思う存分走ろうと思う。

 ギアを6速から5速、4速と下げ、アクセルを捻る。回転数が上がったことでけたたましい排気音をかき鳴らしながら、加速していく。身体がまるで風に包まれたかのような感覚になる。あぁ、やはりバイクは解放感があって良い。
 さぁ、ラストランだぞ相棒。これまではほとんど通勤で使っていたせいで思う存分走れなかっただろうが、今日は存分にエンジンを鳴らして走ってくれ。

 俺は、そんな事をバイクに思いながら霞ヶ浦まで軽快に走っていくのだった。
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