7 / 71
脱サラ編 第七話
しおりを挟む
とある哲学者はこう言った。
「人間の生きる理由には『快楽』『倫理』『信仰』の3段階がある。」
つまり、『楽しいことを求めて』『世のために』『神様の救いを信じて』の3種類が生きがいだと言うことだ。これをヒントに、自分のレベルに落としこんで生きがいを解釈すればより良い人生となるだろう。それがもし他者にとって辛い選択であっても、自分にとって生きがいと感じるのであればそれは良い選択と言えるだろう。
◇
会社を辞めると意思を固めてからの行動は早かった。
社内のイントラネットから退職願のテンプレを取ってから即記入、即提出した。
部長からは何か言われたような記憶はあるが、全て聞き流した。
退職願を提出した所を誰かに見られていたのか、すぐに俺が会社を辞める事が部内や関係部署に伝わっていた。誰だ、噂好きの人は。
俺の元へ辞めないでくれ、と懇願してくる人や、転勤で海外の拠点に行っている人から電話が掛かってきたりもした。いやぁ、愛されてるね俺。
お前が辞めたらこの仕事誰がやるんだ!と怒ってくる他部署の人もいた。お前がやれ。散々俺に甘えてきたんだ、痛い目みやがれ。
5月上旬に退職願を提出して、退職日は5月末。なんとも凄まじい行動力だ。
退職日までは、業務の引き継ぎや手順書の作成、5月末までに終わる試験であれば引き受け、報告書まで作成を行った。めちゃくちゃに忙しかったが、気は楽だった。なんと言っても、今月頑張れば開放されるわけだからね。
こんな風に楽しくも忙しい日常を繰り返して、今は退職の前日。
最近はデスクワーク中心になっていたので腰が痛い。腰痛持ちの俺にとってデスクワークは苦行と言っていいだろう。
ひとまず今やっている業務はひと段落着いたので、体を伸ばすため兼気晴らしに試験棟へ行ってみよう。
途中の屋外休憩所で、松田さんと清水さん、須藤さんが休憩していた。私に気が付いたらしく、チョイチョイ、っと手招きする。
「お疲れ様です。」
「おぅお疲れ様。手順書は終わったか?」
「ちょうど終わった所ですよ。これでやり残す事なく辞めれます。」
「そんな事言うなよたーきー!やり残しを少しでも残すために仕事投げるぞ?」
「それはまじで勘弁して下さい。」
いたって日常の、俺が茶化される会話。なんだかんだでこんな調子で7年間も時間を共有してきたんだな。7年なんて言ったら小学1年生が中学生になっている程に長い時間だ。辞めてから交流が無くなる可能性を考えると、なかなか感慨深いものがある。
「喜多、仕事辞めてどうするんだ?」
松田さんが訪ねる。そういえば辞めるとしか言ってなかったな。
「やりたい事があるんですよ。そのために辞めます。」
「何やりたいんだ?」
やっぱり聞いてくるよね。
「あー……田舎に土地でも買って、動物育てたいなって、思いまして……」
実際に自分がやりたい事を口に出すとちょっと照れ臭いな。
「あぁ、そういや喜多は動物が好きだったな。そうか……動物飼い出したら連絡くれよな。行くから。」
「お、そしたら俺も行くぞ!」
「俺も動物触ってみたいなぁ。息子でも連れて行くか。」
松田さんに全員が続く。まぁ別にいいけど、やりたい事を実現できるかは分からない。
「えぇ、実現できたら呼びますよ。」
「やったぜ!そしたら、今日はこの須藤さんが奢ってやろう!なんでも好きなのを押すといい!」
そう言うと須藤さんは俺を自販機の前まで引っ張る。奢るって飲み物をか。何でもいいのか...
「そしたらこれでお願いしやす。」
俺は1番高いエナジードリンクを指さす。自販機のくせに300円もするなんてたいした飲み物だ。
「それ1番高いやつじゃんかよ!ちょっとは遠慮しろよぉぉ!」
騒ぐ須藤さんに無理やり買わせ、休憩を満喫した。
◇
休憩後は、試験棟を見て回ってみた。
恒温室、無響音室、強度試験室、防音室、一般試験室等々……どれも思い入れがある。こんな試験やったな、あんな失敗したな、と色々と思い馳せる。
こんな事してると未練があるんじゃないのか、と思われそうだがそれは違う。それぞれの試験設備達に別れを告げるようなものだ。使い難い試験設備達よ、今までありがとな。と皮肉混じりに。
一通り回ると最後に耐久試験室に行く。俺の最後の仕事である耐久試験の様子を見るためだ。
ガチャコン……ガチャコン……と一定の周期で聞こえるシリンダーの音をBGMに目当ての耐久を見に行くと、緊急停止していた。
ひとまず様子を確認するために軍手を取ってくる。
手動操作のボタンを押しながら少しずつ動作確認してみると、試験機自体が耐久による劣化で軸受け部分が欠損していた。そりゃ耐久止まりますわな。
こうなると試験試料にも何か不備が起きてる可能性もあるな。設備と試料の両方確認しなきゃだ。
まったく、最後まで世話を掛けてくれますな。
その後は耐久試験機の立て直しをし、試料の簡単な分解をして耐久による損傷以外の不備は見られなかったので、耐久を続行することとした。復旧した頃には定時を過ぎ、20時になっていた。なんで俺は退職前日にガッツリ残業してるんだろうな。
ともあれ、復旧はできた。耐久はまだまだ続くので、後任者に今回の事態だけはメールで報告しておくことにしよう。
さて、帰りますかね。今日はもう疲れた。今日はゆっくり寝よう。そう思いながら帰路へ着くのだった。
あ、ちゃんと残業は3時間分申請しといたよ。最後まで貰うもの貰わないとね。
「人間の生きる理由には『快楽』『倫理』『信仰』の3段階がある。」
つまり、『楽しいことを求めて』『世のために』『神様の救いを信じて』の3種類が生きがいだと言うことだ。これをヒントに、自分のレベルに落としこんで生きがいを解釈すればより良い人生となるだろう。それがもし他者にとって辛い選択であっても、自分にとって生きがいと感じるのであればそれは良い選択と言えるだろう。
◇
会社を辞めると意思を固めてからの行動は早かった。
社内のイントラネットから退職願のテンプレを取ってから即記入、即提出した。
部長からは何か言われたような記憶はあるが、全て聞き流した。
退職願を提出した所を誰かに見られていたのか、すぐに俺が会社を辞める事が部内や関係部署に伝わっていた。誰だ、噂好きの人は。
俺の元へ辞めないでくれ、と懇願してくる人や、転勤で海外の拠点に行っている人から電話が掛かってきたりもした。いやぁ、愛されてるね俺。
お前が辞めたらこの仕事誰がやるんだ!と怒ってくる他部署の人もいた。お前がやれ。散々俺に甘えてきたんだ、痛い目みやがれ。
5月上旬に退職願を提出して、退職日は5月末。なんとも凄まじい行動力だ。
退職日までは、業務の引き継ぎや手順書の作成、5月末までに終わる試験であれば引き受け、報告書まで作成を行った。めちゃくちゃに忙しかったが、気は楽だった。なんと言っても、今月頑張れば開放されるわけだからね。
こんな風に楽しくも忙しい日常を繰り返して、今は退職の前日。
最近はデスクワーク中心になっていたので腰が痛い。腰痛持ちの俺にとってデスクワークは苦行と言っていいだろう。
ひとまず今やっている業務はひと段落着いたので、体を伸ばすため兼気晴らしに試験棟へ行ってみよう。
途中の屋外休憩所で、松田さんと清水さん、須藤さんが休憩していた。私に気が付いたらしく、チョイチョイ、っと手招きする。
「お疲れ様です。」
「おぅお疲れ様。手順書は終わったか?」
「ちょうど終わった所ですよ。これでやり残す事なく辞めれます。」
「そんな事言うなよたーきー!やり残しを少しでも残すために仕事投げるぞ?」
「それはまじで勘弁して下さい。」
いたって日常の、俺が茶化される会話。なんだかんだでこんな調子で7年間も時間を共有してきたんだな。7年なんて言ったら小学1年生が中学生になっている程に長い時間だ。辞めてから交流が無くなる可能性を考えると、なかなか感慨深いものがある。
「喜多、仕事辞めてどうするんだ?」
松田さんが訪ねる。そういえば辞めるとしか言ってなかったな。
「やりたい事があるんですよ。そのために辞めます。」
「何やりたいんだ?」
やっぱり聞いてくるよね。
「あー……田舎に土地でも買って、動物育てたいなって、思いまして……」
実際に自分がやりたい事を口に出すとちょっと照れ臭いな。
「あぁ、そういや喜多は動物が好きだったな。そうか……動物飼い出したら連絡くれよな。行くから。」
「お、そしたら俺も行くぞ!」
「俺も動物触ってみたいなぁ。息子でも連れて行くか。」
松田さんに全員が続く。まぁ別にいいけど、やりたい事を実現できるかは分からない。
「えぇ、実現できたら呼びますよ。」
「やったぜ!そしたら、今日はこの須藤さんが奢ってやろう!なんでも好きなのを押すといい!」
そう言うと須藤さんは俺を自販機の前まで引っ張る。奢るって飲み物をか。何でもいいのか...
「そしたらこれでお願いしやす。」
俺は1番高いエナジードリンクを指さす。自販機のくせに300円もするなんてたいした飲み物だ。
「それ1番高いやつじゃんかよ!ちょっとは遠慮しろよぉぉ!」
騒ぐ須藤さんに無理やり買わせ、休憩を満喫した。
◇
休憩後は、試験棟を見て回ってみた。
恒温室、無響音室、強度試験室、防音室、一般試験室等々……どれも思い入れがある。こんな試験やったな、あんな失敗したな、と色々と思い馳せる。
こんな事してると未練があるんじゃないのか、と思われそうだがそれは違う。それぞれの試験設備達に別れを告げるようなものだ。使い難い試験設備達よ、今までありがとな。と皮肉混じりに。
一通り回ると最後に耐久試験室に行く。俺の最後の仕事である耐久試験の様子を見るためだ。
ガチャコン……ガチャコン……と一定の周期で聞こえるシリンダーの音をBGMに目当ての耐久を見に行くと、緊急停止していた。
ひとまず様子を確認するために軍手を取ってくる。
手動操作のボタンを押しながら少しずつ動作確認してみると、試験機自体が耐久による劣化で軸受け部分が欠損していた。そりゃ耐久止まりますわな。
こうなると試験試料にも何か不備が起きてる可能性もあるな。設備と試料の両方確認しなきゃだ。
まったく、最後まで世話を掛けてくれますな。
その後は耐久試験機の立て直しをし、試料の簡単な分解をして耐久による損傷以外の不備は見られなかったので、耐久を続行することとした。復旧した頃には定時を過ぎ、20時になっていた。なんで俺は退職前日にガッツリ残業してるんだろうな。
ともあれ、復旧はできた。耐久はまだまだ続くので、後任者に今回の事態だけはメールで報告しておくことにしよう。
さて、帰りますかね。今日はもう疲れた。今日はゆっくり寝よう。そう思いながら帰路へ着くのだった。
あ、ちゃんと残業は3時間分申請しといたよ。最後まで貰うもの貰わないとね。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる