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魔法陣の残り香。

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「それは。どういうこと?」

 真剣な目をしてこちらを見つめるサイラス様。

「はう、どういうことって……」

 あからさまに、責められている、詰問されているようなそんな感じがしたわけでは無かったけれど、その初めて向けられたきつい視線にしどろもどろになってしまったシルフィーナ。

「だから、その魔法陣って?」

「……路地裏の、煉瓦に描かれていたのです。漆黒はきっとあの魔法陣のせいで」

「魔を呼ぶ魔法陣だったっていうことだね?」

「わかりません! わたくし、魔法陣の知識なんてないですもの……。でも、あれにはどなたかの悪意が込められていました。悪意の思念を感じたのです……」

 最後は涙目になってしまった。


「ああ、ごめん、少しきつく言い過ぎた」

 そう言って、またシルフィーナの頭を撫でるサイラス。

 宥めるようなその手は温かく。少し落ち着けた。


「しかし、騎士団の報告にはそのような魔法陣に関することは何も無かった。それでも」
 サイラスは、シルフィーナの頬にそっと手をあて、瞳を見つめて。

「君は、それを見つけたんだね? あの現場で」

「ええ。旦那様……」

 涙を拭ってくれる旦那様の優しい手のひらの温もりを感じながら、シルフィーナはなんとかそれだけを言葉にした。

 確かに、うっすらと映っていただけのあの魔法陣。
 残り香のように感じたそれ。
 他の人には見えなかったのかしら?
 そんな疑問がよぎる。

「しかし。だとしたら少々厄介だな」

 そういうとサイラス、ベッドから降りガウンを羽織ると。

「ちょっと資料を取ってくる。君はその間に朝の支度をしておくといい」

 と言い残し、部屋を出ていった。

 待っていたように入れ替わりで入室するリーファに朝の挨拶をして、シルフィーナは身支度を整える。

(ああ、でも、旦那様の前で着替えなくて済んでよかった)

 リーファに着替えを整えてもらいながら、そういえば昨夜はどうしたのだろうと思い至った。

「ねえリーファ、昨夜はわたくし……」

 この夜着は誰が着せてくださったのだろう。それも覚えていないなんて。

「ふふ。奥様はもうぐっすり寝ていらしたからわたくし頑張りましたのよ」

「ごめんなさいね、重かったでしょう?」

「実は旦那様がお体を半分支えてくださったのですわ」

 そう、笑みをこぼしながら話すリーファ。

 完全に、微笑ましい様子といった雰囲気で話されて。

(はい? それって……)

 あわあわと、真っ赤になって。

(恥ずかしい……)



 そんなこんなでバタバタと着替えが済んだ頃、一冊の大きな本を抱えてサイラスが戻ってきた。


 ソファーにゆったり腰掛けるとシルフィーナを手招きするサイラス。

 リーファは朝のお茶の支度にと離れ、シルフィーナは顔をまだ真っ赤にしたままサイラスの隣に座った。

「君が見た魔法陣はこんな感じだったかい?」

 その大きな分厚い本を膝の上に広げ、シルフィーナに見せてくれる。

 それをしっかりと見ようとするとどうしても体が密着してしまい、心臓がドキドキと早鐘を打って。
(ダメよ、わたくしの心臓、治って!)
 そう願うけれど、気にすれば気にするだけ鼓動は早くなっていく。
(ああ、旦那様にも聞こえちゃう)
 それがとても恥ずかしくて。

 それでも、ダメダメ、と、意識を本に集中させようと覗き込むシルフィーナ。

「ちょっと、違うような」
「じゃぁ、これは?」
「もう少し、周囲に文字が広がっていましたわ」
「それだと、これかな」
「ああ、そんな模様だった気がいたします」
 二重に描かれた複雑な紋様に、外側に世界のコトワリを散りばめた魔法陣。
 頭の中に残っているイメージと一致するのはそれだった。

「ふむ。なるほど」

 サイラスはそう一言いうと、本をとじ、立ち上がった。

「私は一度聖都に戻らなければならなくなった」
 とそう言いガウンを脱ぎ。
 部屋の隅に行き着替えを始めた。

「旦那様、それではわたくしも」

「いや、用事を済ませにいくだけのこと。急ぎ戻る。君はここで待っていてくれ」


 そう言われてしまうと、シルフィーナにはもう何も言えなくなってしまった。
 サイラスは馬車も使わず、早朝のうちにそのまま騎乗にて出立したのだった。
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