上 下
8 / 65

離縁されたい。

しおりを挟む
 定例となった朝のサイラス様とのお食事。

 シルフィーナはここ数日、考え事に耽ってまともに旦那様のお顔も見れずにいた。

 心配そうに覗き込むサイラスにも気が付かず、食事の量もかなり少なくなってしまっていて。

「君は花が好きでしたよね。近々領地に帰るので、そちらの館にある薔薇園を案内しましょうか」

 そんなサイラスの言葉にも、「はい。ありがとうございます」と生返事をするだけで。

 話を聞いていないわけではないし、本来であればそれはとても嬉しい提案であったのだけれど。
 今のシルフィーナにはそれ以上に、頭を離れない言葉があって。
 それがぐるぐると回るように浮かび上がってくるものだからどうしてもそちらに気を取られてしまう。

「薔薇園は今はちょうど春の見頃となって咲き乱れているはずです。君もきっと気にいると思いますよ」

 と、そう優しい目で語りかけるサイラス様。

 申し訳ない。
 そう思いながらもどうしても考えてしまうのは、

「やっぱりわたくしは離縁してもらうべきではないだろうか」

 と、そんな考えだった。

 どうしても、このままでいいわけは無い。そんな思考で頭の中がいっぱいになってしまう。
 旦那様には旦那様で事情があるのだろう。
 でもそれは自分で無くても良いはずだ。
 お飾りの奥さんが必要なだけであれば他にも、そう、リーファさんでもいいんじゃないだろうか?
 彼女は綺麗で上品で、貴族としての振る舞いも自分なんかよりもよっぽど堂にいっている。

 そうも思い。

 ああでも、ひょっとして彼女は親戚だから逆に気をつかっているのか?
 三年でお払い箱にするには情が邪魔をするからか。

 そんなふうにも考えてしまい。

 だから。
 あとくされのないわたくしの様な下級の貧乏貴族をお金で買ったのか!?

 そんなことも考え、悲しくなってしまう。

 この、最後の、お金で買われたのじゃないのか?
 その考えはずっと心の奥底で楔となっている。

 それが本当に悲しくて。

 こうして優しい言葉をかけてくださるのも、演技なの?
 そう思ったら今すぐにでもここから逃げ出したくなってしまう。

「どうしたの? ほんとう、元気がないね?」

 きらきらとした瞳で、こちらを優しく覗き込む旦那様。

 ああ、だめ。

 それ以上優しくされたら、勘違いしてしまう。
 自分はただのお飾妻なのに、ほんとうは愛されているのじゃないかって。

『君を愛することはできない』

 そう、言われたじゃないの。
 そう、断言なさったじゃないの。
 旦那様は、これは『契約結婚』だと、そう間違いなくおっしゃったのに。

 シルフィーナは、パンクしそうなそんな想いを吐き出すことができずに。

 ただただ俯くだけしかできなかった。



 ♢ ♢ ♢






 自分が旦那様のことを愛してしまったからいけないのだ。
 それはわかっている。
 もし、損得だけを考えるなら、きっと提示され通りの契約結婚続けたほうがいいのだろう。

 実家もそれで助かって、シルフィーナ自身も侯爵夫人の暮らしが送れるのだから。

 だけれど。

 辛い。
 じぶんを偽って生きるのは。

(わたくしの心は弱いのかもです……)

 貴族に生まれたからには自分の人生など家に尽くして当たり前。
 自分の幸せより家が大事。
 そして一旦嫁いだならば、その嫁ぎ先に尽くせ。
 そう言われて育ってきた。

 そうであるなら。

 今のここでの自分の選択肢は、たとえそれが表向きの事だけであったのだとしても、侯爵夫人として恥ずかしくない様に生きるべき。
 それがたとえ三年間のあいだだけであったとしても。

(それはわかってはいるのです……。でも)


 ただひたすら。

 悲しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

お飾り妻は離縁されたい。※シルフィーナの一人称バージョンです

友坂 悠
恋愛
同名のタイトル作品、「お飾り妻は離縁されたい」の主人公、シルフィーナの一人称バージョンになります。 読み比べて下さった方、ありがとうございます。 ######################### 「君を愛する事はできない」 新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。 貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。 元々貧乏男爵家の次女のわたくしには良縁など望むべくもないとは理解しておりました。 まさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。 決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。 それもあってわたくしの希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ父と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。  何かを期待をしていた訳では無いのです。 幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。 わたくしの人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。 女が魔法など覚えなくともいい それが父の口癖でした。 洗礼式での魔力測定ではそれなりに高い数値が出たわたくし。 わたくしにこうした縁談の話があったのも、ひとえにこの魔力量を買われたのだと思っておりました。 魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。 だから。 「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」 とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。 新婚初夜です。 本当に、わたくしが何かを期待していた訳ではないのです。 それでも、ですよ? 妻として侯爵家に嫁いできた身としてまさか世継ぎを残す義務をも課されないとは思わないじゃ無いですか。 もちろんわたくしにそんな経験があるわけではありません。 それでもです。 こんなふうに嫁ぐ事になって、乳母のミーシャから色々教えて貰って。 初夜におこなわれる事についてはレクチャーを受けて、覚悟してきたのです。 自由な恋愛など許される立場ではなかったわたくしです。 自分の結婚相手など、お父様が決めてくる物だとそう言い含められてきたのです。 男性とそんな行為に及ぶ事も、想像したこともありませんでした。 それでもです。 いくらなんでもあんまりじゃないでしょうか。 わたくしの覚悟は、どうすればいいというのでしょう?

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...