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あんなお顔、するはずがないもの。

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 夢を見ていた、はずだった。
 見目麗しいルークヴァルト・フォン・ウィルフォード公爵の碧い瞳がとても近くにあって、心配をしてくれているような、ちょっと困っているような、そんなお顔が見える。
 それでもそれはとても優しい表情で、いつもの険しいお顔ではないことに、
(ふふ。いつもこんなに優しく見つめてくれたのなら、ほんと恋に落ちちゃいそうになるのに)
 そんなふうにも思う。
 夢の中でこれは夢だと自覚しているかのような、なんだか現実の世界のような生々しい夢ではあるなぁと感じていたけれど、それでもこんなお顔をする旦那様は見たことがないし、現実の世界では絶対こんな表情を見せてくれるわけがない、そう信じていたからか、今のこの光景は夢だと確信はしていたのだったけれど。

「君なら、もっとちゃんとした結婚もできただろうに。悪かったな、私のところになんか嫁がせてしまって……」

 唐突に。そんなふうにちょっと寂しそうな表情を見せる彼。

「そんなことはありませんよ……。わたくしは今幸せですから——」

 そう呟いて両手を伸ばす。

 これは、本心だ。
 今のこの生活は充分に楽しかった。
 周囲からの干渉がほとんど無かった分、シルフィーナは自由だった。
 屋敷の人間の目を盗みそっと外に出て冒険者のまねごとをするのも、街で見つけてきた本をお部屋でゆったり読んで過ごすのも、どちらもとても幸せで。

 何か足りないことがあるとしたら、それは記憶の喪失からくる孤独感、疎外感を埋めることができなかったことだけだろう。
 家族のこと。友人そのほかの人間関係もみんな思い出せないこと。それはいくら平気なふりをしてもダメ。どうしてもぽっかりとあいた穴のようで、埋めることはできなかった。

 それでも。それに引き換えても、ここにこうして在る自分に何故か満足しているのも、その状態を幸せだと感じていることも、真実だったから。



 伸ばした両手が彼のお顔に触れる。そのまま手のひらでふんわりと包みこんだ。
 現実だったら絶対にそんな大胆な真似できなかっただろうに、これは夢だからと気持ちが大きくなっていた。
 冷たかったそのお顔に一瞬で熱がこもる。
 真っ赤なお顔になった旦那様、時が止まったかのように硬直したあと、何か言いたげなお顔をみせ。
 そのままバタバタとセラフィーナの寝ているベッドから離れ、慌てた様子でお部屋から出ていった。

(って、嘘!)
 はっと目が覚めた。
 夜会で酔っ払って、それからほとんど記憶が無い。
 旦那様が連れ帰ってくれたのは理解できる。それでも……。
 
(さっきのは夢、だよね。旦那様がわたしの寝室に来るはずがないもの。あんなお顔をして、わたしのそばに来るわけがないもの)

 眠気が飛んでしまった真夜中。呪文のように頭の中でそんな言葉を反芻していた。
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