「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

文字の大きさ
上 下
54 / 74

【side アラン】娘のように。

しおりを挟む
 金はいらないだなんて最初はどこの貴族の道楽だよって思わないわけでもなかった。
 それでも、この彼女の真剣な怒り、それを信じることにしたオレ。
 オレを庇おうとしてくれた時のあの勇気と、あの時の女神のような輝きに惹かれた。

「申し訳ねえ嬢ちゃん。オレは悔しいんだ。なんとかあのジジイを見返してやりたいけどこのままじゃジリ貧になるばっかりで……。あんたが手伝ってくれたからってどうとなるものでもないかも知れないが、もう少しだけでもあがきたい。チカラを貸してくれるのかい? ほんとうに申し訳ねえ……」

 気がついたら泣いていた。悔しかったのと、申し訳ない思いと、そして、嬉しかったことに。
 オレの悔しさに同調するようにこの嬢ちゃんが怒ってくれたことに。

 この子が手伝ってくれたからってどうともなるものじゃないかもしれない。
 そうは思うものの、それでも。
 彼女の心に報いたい。そうも思ってしまったのだった。


 セレナと名乗った少女の知識は信じられないものだった。
 オレが帝都で修行した内容はどうやら網羅しているようだ。
 おまけにドーナツに砂糖菓子の技術を使うだなんて、オレには思いつけなかった。
 いや、今まで新しい味をと模索してきてはいたはずだったけれど、どちらかと言ったら庶民的な味に固執していたのかもしれない。
 これ以上原材料に値をかけることに、知らず知らずのうちに歯止めをかけていたのか。
 砂糖をふんだんに使ったグレーズを熱々のドーナツにかけることで、その表面が綺麗にコーティングされ見た目も宝石のように光り輝く。
 セレナ嬢ちゃんのあの結界のように。

 砂糖の使用を渋るオレに、
「今使わないでどうするっていうんですか!? お砂糖の山残したまま潰されちゃったら元も子もないじゃないですかー」
 と詰め寄る彼女。
 確かに。確かにそうだと納得し、オレはこの新商品にかけることにした。

 策は当たった。
「ミスターマロンのドーナツは美味い」
 そんな噂が広まり客も増えた。

 不思議なことにチンピラどもの嫌がらせも無くなった。これはあの騎士団の隊長の旦那のおかげか。
 そしてもう一つ。
「ミスターマロンのドーナツを食べると元気になる。体調もよくなる」
 とそんな話も出回っているらしい。
 こちらについてはきっとセレナ嬢ちゃんの魔法の力のおかげかもしれない。

 賄いはずっとオレが作っていたのだけれど、嬢ちゃんがたまには自分で作りたいというので任せてみると……。
 信じられないような美味い飯を作る彼女。
 味わったことのないようなそんな料理で、おまけになぜかその飯を食うと力が湧く。
 冒険者時代に仲間にしていた魔法使いが使うバフよりももっと高い効果があるその飯に、オレは随分と助けられた。
 朝早くから夜遅くまで働き疲れ切った体が彼女の賄いを食うと回復するのだ。
 体力には自信があったオレだったけれど、流石に歳には勝てないと思い始めていたところだったから余計に助かった。
 まあセレナは貴族であることを隠そうとしているようだったし、何か事情があるのだろうと思い直接聞くのは憚られたけれど、心の中でずっと感謝していたよ。

 オレたちの前に現れたこの天使の少女。
 マロンもオレも、いつしかセレナのことを自分たちの娘のように大事に思うようになっていた。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...