「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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【side アラン】逃げたのだ。

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 この世界の人間は貴族じゃなくたって多かれ少なかれ魔力を持って生まれてくる。
 お貴族様のような強力な魔法は使えなくたって、誰でも多少の生活魔法は使えるのが当たり前だ。
 そもそも身の回りにある魔道具を起動させるためにも魔力が必要なのだから、全く魔力がゼロだなんてのは見たこともない。
 オレだって冒険者をやってた頃は身体強化魔法や武器強化魔法を使っていた。
 そうして魔獣と闘ってきたおかげで多種多様な魔石を手に入れたことが今こうしてドーナツを作ったりするのにも役立っていたりする。
 炎の魔石、氷の魔石。水の魔石。
 ラードを溶かし高温で尚且つ一定の温度を保つ揚げ鍋。
 常に食品を冷やしておける冷蔵庫。
 お湯の温度も自由自在に操れる洗い場。
 そういったものも全てオレが魔石を使って自作した。
 生地をこねる動力にも魔力を使っている。
 そういう意味でも、オレは一旦冒険者として過ごしたことは無駄にはなっていない。
 全てを金で解決しようと思ったら、とんでもない初期投資が必要になっただろうから。

 そんなオレにもわかったのは、この嬢ちゃんはかなりの魔力を秘めているのだろうということだった。
 あの天使のような輝きをオレは忘れることができないだろう。
 身近に感じたオレだからこそわかる。あれは守り石の輝きなんかじゃない。
 彼女の内から溢れ出た膨大なマナそのものだったと。


 オレは冒険者として旅立つ前は、パン職人、菓子職人を目指していた。
 幼い頃両親と死別したオレを拾ってくれたモーリスのじいさんへの恩返しの意味もあったが、そうやって何かを作る仕事が好きだったのも大きい。
 大工仕事だろうが彫金だろうが一度見てしまえばたいてい作ることができたオレ。
 それでも菓子は、そんなふうに見ただけではうまいものは作れない。
 だからこそのめり込んだ。
 そんなオレを見ていたモーリスのじいさんは、オレに帝国の首都へ行って菓子の修行をしてくるといい、と、勧めてくれたのだ。
 嬉しかった。
 いつかこの恩は返さなきゃなんねえ。
 腕をあげ、モックパンの店に還元しなきゃなんねえ。
 そう誓ったものだ。

 そんなオレの気持ちが揺らいだのは、ジャンがオレを追いかけて帝都までやってきた時。

 オレを兄さんと呼んで慕ってくれていたジャン。
 奴の嫉妬に狂った目を見てしまったから、だった。

 ああ、だめだ。
 こいつにこんな目をさせたくってこんな帝都にまできたんじゃない。
 オレは、ジャンの手助けがしたかった。
 モーリスじいさんに恩返しがしたかった。
 一緒にモックパンを盛り上げていけたらそれでよかったのに。って。

 それをそのままジャンに話したこともある。
 だけれど。
 奴はそれを信じてはくれなかった。

 それよりも、オレの才能に嫉妬して、もう手がつけられないようになっていた。

 だから、オレは身を引いた。
 きっかけは奴がオレのレシピを盗んだことだったけれど、いい機会だと思った。
 オレは、奴を殴って、そのまま奴の前から逃げたのだ。

 その時はそれしかないとそう思っていた。
 それが間違いだったと気がついた時にはもう遅かったが。
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