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パンのドーナツ。
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「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
「どういうこったい?」
「発酵したパン生地を麺棒で伸ばして、ドーナツの型で抜いてそのまま加湿してもう一段膨らませてから、そのままさっと両面を揚げるの」
「まさか、この網の上に生地を乗せたまま発酵させろっていうのかい?」
「ええ。天板じゃなくって、この揚げ網の上でそのまま加湿発酵させたいの。そうすることでふわふわな空気を中に閉じ込めたままふわっふわに揚がるのよ」
「ふむ。パンの作り方とはまったく違うんだな」
「それにね。もう一つ。真ん中の穴のないのも欲しいのよ」
「穴のないのを? 穴がなかったらドーナツじゃねえだろうがよ」
「ふふ。今回のジャンの裏をかく作戦には絶対に必要なのよ。あの人はアランさんのドーナツに自分のところのドーナツが勝てないからこうして嫌がらせをしてるんでしょう? でも、パン生地の商品で勝てないだなんて言い訳できるわけがないわ。モックパンが負けるわけにはいかないんだもの」
「まあ。そうだわな」
「だからね。揚げてあるけれど見た目は菓子パンとおんなじに見える、そんなドーナツが作れたらなって」
♢ ♢ ♢
アランさんにジャンのやりようを話したら、「まあ、そうだろうな。あいつはそういうやつだ」と諦めたような口調。
「ねえ、もしかしてアランさんって、モックパンの後継候補だったの?」
と、そうつっこんで聞いてみた。
だって、育ててくれたうえに帝都留学までさせてくれたって、そんなの期待されてなかったらありえないし。
そうしたらすんなり、「そうだ」ってアランさん。
「まあオレだけじゃなく何人もそんな弟子はいっぱいいたけどな。それでも留学までさせてもらったのはオレが最初だった。嬉しかったよ。これでモーリス爺さんへの借りが返せそうだって。オレが役に立つ人間になればそれがいちばんの恩返しになるって思ってさ」
少し悲しそうな顔をしてそう言うアランさん。
「でもそれがジャンの嫉妬を招いたんだろうな。すぐ直訴して追いかけてきたジャンは、オレに負けたくない、が口癖になってしまってた。そこからはまあ前に言った通りだ。ジャンがオレのレシピを盗み、オレはそれに怒ってやつを殴って飛び出した、のさ」
「じゃぁアランさんってパンを作らせても一流の腕前なんだ。だったらこの店でもパンを作ればよくない? 菓子パン専門にすればモックパンさんともそこまで競合しないし」
そう、モックパンじゃドーナツどころか揚げパンの一つも売って無かった。
焼いたパン、そしてケーキにマフィン。おもにそんなラインナップ。
「ああ、そうだな。そうなんだけどな。どうにもモーリス爺さんに受けた恩を考えたらオレがパンを作るのはどうかなって、そう思っちまってたよ」
「なら、パン生地で作ったドーナツを作りましょ? それならモックパンでも売ってない新しいパンだもの。遠慮することないとおもうけど」
「ん?」
「だから、パン生地を焼かないで揚げちゃうの」
「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
ドーナツを揚げる時の揚げ網は、ドーナツ状にカットした生地をそのままゆっくり油に落とす時に使う物。
大きい油鍋に網ごとゆっくりと下ろすことで、生地の形崩れを防ぎ綺麗な形のままたくさんのドーナツを一気に揚げることができる。
だいたいいっぺんに10個くらいは乗るかな。
それをそのまま加湿器に入れる。
でもって頃合いを見て取り出して。
(あ、加湿器はアランさんの手作り。っていうかこの店のほぼほぼすべてアランさんの手作りだったりする。思った以上に多才な人だよねアランさんって)
ふわっと油に落として両面揚げると出来上がり。
網ごと取り出し冷ますわけだけど、グレーズにはなるべくまだ熱々のうちにつける。
棒に穴の部分を通して、そのままくるるっとグレーズの桶の中で回してやる。
そうしてあとはそのまま棒ごと干しておけば出来上がり。
日本のドーナツ屋さんではよくあったハニーリングだ。
人肌に冷めたくらいで粉糖にまぶせば、ふわっふわなシュガーリングの出来上がり。
で。
穴のないのは揚げてシュガーでまぶしてから、ジャムやクリームを詰めるの。
ホイップクリームもアランさんに用意して貰えたから、これで最高の美味しいドーナツが出来た。
日持ちはしないから、あくまで中身はお客さんが買う時に詰める。
ちょっと効率は悪いけど、この方法なら傷まないうちに食べてもらえるだろうから。
前世の日本と違ってここでは一般の家庭に冷蔵庫みたいな物は無い。
秋冬ならともかく夏場は食中毒が怖いしね? ジャムやクリームに保存料だって入ってない。天然の材料だから。ちょっと慎重にならないとねー。
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
「どういうこったい?」
「発酵したパン生地を麺棒で伸ばして、ドーナツの型で抜いてそのまま加湿してもう一段膨らませてから、そのままさっと両面を揚げるの」
「まさか、この網の上に生地を乗せたまま発酵させろっていうのかい?」
「ええ。天板じゃなくって、この揚げ網の上でそのまま加湿発酵させたいの。そうすることでふわふわな空気を中に閉じ込めたままふわっふわに揚がるのよ」
「ふむ。パンの作り方とはまったく違うんだな」
「それにね。もう一つ。真ん中の穴のないのも欲しいのよ」
「穴のないのを? 穴がなかったらドーナツじゃねえだろうがよ」
「ふふ。今回のジャンの裏をかく作戦には絶対に必要なのよ。あの人はアランさんのドーナツに自分のところのドーナツが勝てないからこうして嫌がらせをしてるんでしょう? でも、パン生地の商品で勝てないだなんて言い訳できるわけがないわ。モックパンが負けるわけにはいかないんだもの」
「まあ。そうだわな」
「だからね。揚げてあるけれど見た目は菓子パンとおんなじに見える、そんなドーナツが作れたらなって」
♢ ♢ ♢
アランさんにジャンのやりようを話したら、「まあ、そうだろうな。あいつはそういうやつだ」と諦めたような口調。
「ねえ、もしかしてアランさんって、モックパンの後継候補だったの?」
と、そうつっこんで聞いてみた。
だって、育ててくれたうえに帝都留学までさせてくれたって、そんなの期待されてなかったらありえないし。
そうしたらすんなり、「そうだ」ってアランさん。
「まあオレだけじゃなく何人もそんな弟子はいっぱいいたけどな。それでも留学までさせてもらったのはオレが最初だった。嬉しかったよ。これでモーリス爺さんへの借りが返せそうだって。オレが役に立つ人間になればそれがいちばんの恩返しになるって思ってさ」
少し悲しそうな顔をしてそう言うアランさん。
「でもそれがジャンの嫉妬を招いたんだろうな。すぐ直訴して追いかけてきたジャンは、オレに負けたくない、が口癖になってしまってた。そこからはまあ前に言った通りだ。ジャンがオレのレシピを盗み、オレはそれに怒ってやつを殴って飛び出した、のさ」
「じゃぁアランさんってパンを作らせても一流の腕前なんだ。だったらこの店でもパンを作ればよくない? 菓子パン専門にすればモックパンさんともそこまで競合しないし」
そう、モックパンじゃドーナツどころか揚げパンの一つも売って無かった。
焼いたパン、そしてケーキにマフィン。おもにそんなラインナップ。
「ああ、そうだな。そうなんだけどな。どうにもモーリス爺さんに受けた恩を考えたらオレがパンを作るのはどうかなって、そう思っちまってたよ」
「なら、パン生地で作ったドーナツを作りましょ? それならモックパンでも売ってない新しいパンだもの。遠慮することないとおもうけど」
「ん?」
「だから、パン生地を焼かないで揚げちゃうの」
「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
ドーナツを揚げる時の揚げ網は、ドーナツ状にカットした生地をそのままゆっくり油に落とす時に使う物。
大きい油鍋に網ごとゆっくりと下ろすことで、生地の形崩れを防ぎ綺麗な形のままたくさんのドーナツを一気に揚げることができる。
だいたいいっぺんに10個くらいは乗るかな。
それをそのまま加湿器に入れる。
でもって頃合いを見て取り出して。
(あ、加湿器はアランさんの手作り。っていうかこの店のほぼほぼすべてアランさんの手作りだったりする。思った以上に多才な人だよねアランさんって)
ふわっと油に落として両面揚げると出来上がり。
網ごと取り出し冷ますわけだけど、グレーズにはなるべくまだ熱々のうちにつける。
棒に穴の部分を通して、そのままくるるっとグレーズの桶の中で回してやる。
そうしてあとはそのまま棒ごと干しておけば出来上がり。
日本のドーナツ屋さんではよくあったハニーリングだ。
人肌に冷めたくらいで粉糖にまぶせば、ふわっふわなシュガーリングの出来上がり。
で。
穴のないのは揚げてシュガーでまぶしてから、ジャムやクリームを詰めるの。
ホイップクリームもアランさんに用意して貰えたから、これで最高の美味しいドーナツが出来た。
日持ちはしないから、あくまで中身はお客さんが買う時に詰める。
ちょっと効率は悪いけど、この方法なら傷まないうちに食べてもらえるだろうから。
前世の日本と違ってここでは一般の家庭に冷蔵庫みたいな物は無い。
秋冬ならともかく夏場は食中毒が怖いしね? ジャムやクリームに保存料だって入ってない。天然の材料だから。ちょっと慎重にならないとねー。
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