38 / 74
パンのドーナツ。
しおりを挟む
「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
「どういうこったい?」
「発酵したパン生地を麺棒で伸ばして、ドーナツの型で抜いてそのまま加湿してもう一段膨らませてから、そのままさっと両面を揚げるの」
「まさか、この網の上に生地を乗せたまま発酵させろっていうのかい?」
「ええ。天板じゃなくって、この揚げ網の上でそのまま加湿発酵させたいの。そうすることでふわふわな空気を中に閉じ込めたままふわっふわに揚がるのよ」
「ふむ。パンの作り方とはまったく違うんだな」
「それにね。もう一つ。真ん中の穴のないのも欲しいのよ」
「穴のないのを? 穴がなかったらドーナツじゃねえだろうがよ」
「ふふ。今回のジャンの裏をかく作戦には絶対に必要なのよ。あの人はアランさんのドーナツに自分のところのドーナツが勝てないからこうして嫌がらせをしてるんでしょう? でも、パン生地の商品で勝てないだなんて言い訳できるわけがないわ。モックパンが負けるわけにはいかないんだもの」
「まあ。そうだわな」
「だからね。揚げてあるけれど見た目は菓子パンとおんなじに見える、そんなドーナツが作れたらなって」
♢ ♢ ♢
アランさんにジャンのやりようを話したら、「まあ、そうだろうな。あいつはそういうやつだ」と諦めたような口調。
「ねえ、もしかしてアランさんって、モックパンの後継候補だったの?」
と、そうつっこんで聞いてみた。
だって、育ててくれたうえに帝都留学までさせてくれたって、そんなの期待されてなかったらありえないし。
そうしたらすんなり、「そうだ」ってアランさん。
「まあオレだけじゃなく何人もそんな弟子はいっぱいいたけどな。それでも留学までさせてもらったのはオレが最初だった。嬉しかったよ。これでモーリス爺さんへの借りが返せそうだって。オレが役に立つ人間になればそれがいちばんの恩返しになるって思ってさ」
少し悲しそうな顔をしてそう言うアランさん。
「でもそれがジャンの嫉妬を招いたんだろうな。すぐ直訴して追いかけてきたジャンは、オレに負けたくない、が口癖になってしまってた。そこからはまあ前に言った通りだ。ジャンがオレのレシピを盗み、オレはそれに怒ってやつを殴って飛び出した、のさ」
「じゃぁアランさんってパンを作らせても一流の腕前なんだ。だったらこの店でもパンを作ればよくない? 菓子パン専門にすればモックパンさんともそこまで競合しないし」
そう、モックパンじゃドーナツどころか揚げパンの一つも売って無かった。
焼いたパン、そしてケーキにマフィン。おもにそんなラインナップ。
「ああ、そうだな。そうなんだけどな。どうにもモーリス爺さんに受けた恩を考えたらオレがパンを作るのはどうかなって、そう思っちまってたよ」
「なら、パン生地で作ったドーナツを作りましょ? それならモックパンでも売ってない新しいパンだもの。遠慮することないとおもうけど」
「ん?」
「だから、パン生地を焼かないで揚げちゃうの」
「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
ドーナツを揚げる時の揚げ網は、ドーナツ状にカットした生地をそのままゆっくり油に落とす時に使う物。
大きい油鍋に網ごとゆっくりと下ろすことで、生地の形崩れを防ぎ綺麗な形のままたくさんのドーナツを一気に揚げることができる。
だいたいいっぺんに10個くらいは乗るかな。
それをそのまま加湿器に入れる。
でもって頃合いを見て取り出して。
(あ、加湿器はアランさんの手作り。っていうかこの店のほぼほぼすべてアランさんの手作りだったりする。思った以上に多才な人だよねアランさんって)
ふわっと油に落として両面揚げると出来上がり。
網ごと取り出し冷ますわけだけど、グレーズにはなるべくまだ熱々のうちにつける。
棒に穴の部分を通して、そのままくるるっとグレーズの桶の中で回してやる。
そうしてあとはそのまま棒ごと干しておけば出来上がり。
日本のドーナツ屋さんではよくあったハニーリングだ。
人肌に冷めたくらいで粉糖にまぶせば、ふわっふわなシュガーリングの出来上がり。
で。
穴のないのは揚げてシュガーでまぶしてから、ジャムやクリームを詰めるの。
ホイップクリームもアランさんに用意して貰えたから、これで最高の美味しいドーナツが出来た。
日持ちはしないから、あくまで中身はお客さんが買う時に詰める。
ちょっと効率は悪いけど、この方法なら傷まないうちに食べてもらえるだろうから。
前世の日本と違ってここでは一般の家庭に冷蔵庫みたいな物は無い。
秋冬ならともかく夏場は食中毒が怖いしね? ジャムやクリームに保存料だって入ってない。天然の材料だから。ちょっと慎重にならないとねー。
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
「どういうこったい?」
「発酵したパン生地を麺棒で伸ばして、ドーナツの型で抜いてそのまま加湿してもう一段膨らませてから、そのままさっと両面を揚げるの」
「まさか、この網の上に生地を乗せたまま発酵させろっていうのかい?」
「ええ。天板じゃなくって、この揚げ網の上でそのまま加湿発酵させたいの。そうすることでふわふわな空気を中に閉じ込めたままふわっふわに揚がるのよ」
「ふむ。パンの作り方とはまったく違うんだな」
「それにね。もう一つ。真ん中の穴のないのも欲しいのよ」
「穴のないのを? 穴がなかったらドーナツじゃねえだろうがよ」
「ふふ。今回のジャンの裏をかく作戦には絶対に必要なのよ。あの人はアランさんのドーナツに自分のところのドーナツが勝てないからこうして嫌がらせをしてるんでしょう? でも、パン生地の商品で勝てないだなんて言い訳できるわけがないわ。モックパンが負けるわけにはいかないんだもの」
「まあ。そうだわな」
「だからね。揚げてあるけれど見た目は菓子パンとおんなじに見える、そんなドーナツが作れたらなって」
♢ ♢ ♢
アランさんにジャンのやりようを話したら、「まあ、そうだろうな。あいつはそういうやつだ」と諦めたような口調。
「ねえ、もしかしてアランさんって、モックパンの後継候補だったの?」
と、そうつっこんで聞いてみた。
だって、育ててくれたうえに帝都留学までさせてくれたって、そんなの期待されてなかったらありえないし。
そうしたらすんなり、「そうだ」ってアランさん。
「まあオレだけじゃなく何人もそんな弟子はいっぱいいたけどな。それでも留学までさせてもらったのはオレが最初だった。嬉しかったよ。これでモーリス爺さんへの借りが返せそうだって。オレが役に立つ人間になればそれがいちばんの恩返しになるって思ってさ」
少し悲しそうな顔をしてそう言うアランさん。
「でもそれがジャンの嫉妬を招いたんだろうな。すぐ直訴して追いかけてきたジャンは、オレに負けたくない、が口癖になってしまってた。そこからはまあ前に言った通りだ。ジャンがオレのレシピを盗み、オレはそれに怒ってやつを殴って飛び出した、のさ」
「じゃぁアランさんってパンを作らせても一流の腕前なんだ。だったらこの店でもパンを作ればよくない? 菓子パン専門にすればモックパンさんともそこまで競合しないし」
そう、モックパンじゃドーナツどころか揚げパンの一つも売って無かった。
焼いたパン、そしてケーキにマフィン。おもにそんなラインナップ。
「ああ、そうだな。そうなんだけどな。どうにもモーリス爺さんに受けた恩を考えたらオレがパンを作るのはどうかなって、そう思っちまってたよ」
「なら、パン生地で作ったドーナツを作りましょ? それならモックパンでも売ってない新しいパンだもの。遠慮することないとおもうけど」
「ん?」
「だから、パン生地を焼かないで揚げちゃうの」
「なんだって? パンを揚げる?」
「ううん。焼いたパンを揚げるんじゃないの。パンになる前の生地を揚げるのよ」
ドーナツを揚げる時の揚げ網は、ドーナツ状にカットした生地をそのままゆっくり油に落とす時に使う物。
大きい油鍋に網ごとゆっくりと下ろすことで、生地の形崩れを防ぎ綺麗な形のままたくさんのドーナツを一気に揚げることができる。
だいたいいっぺんに10個くらいは乗るかな。
それをそのまま加湿器に入れる。
でもって頃合いを見て取り出して。
(あ、加湿器はアランさんの手作り。っていうかこの店のほぼほぼすべてアランさんの手作りだったりする。思った以上に多才な人だよねアランさんって)
ふわっと油に落として両面揚げると出来上がり。
網ごと取り出し冷ますわけだけど、グレーズにはなるべくまだ熱々のうちにつける。
棒に穴の部分を通して、そのままくるるっとグレーズの桶の中で回してやる。
そうしてあとはそのまま棒ごと干しておけば出来上がり。
日本のドーナツ屋さんではよくあったハニーリングだ。
人肌に冷めたくらいで粉糖にまぶせば、ふわっふわなシュガーリングの出来上がり。
で。
穴のないのは揚げてシュガーでまぶしてから、ジャムやクリームを詰めるの。
ホイップクリームもアランさんに用意して貰えたから、これで最高の美味しいドーナツが出来た。
日持ちはしないから、あくまで中身はお客さんが買う時に詰める。
ちょっと効率は悪いけど、この方法なら傷まないうちに食べてもらえるだろうから。
前世の日本と違ってここでは一般の家庭に冷蔵庫みたいな物は無い。
秋冬ならともかく夏場は食中毒が怖いしね? ジャムやクリームに保存料だって入ってない。天然の材料だから。ちょっと慎重にならないとねー。
205
お気に入りに追加
2,858
あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】偽りの婚約のつもりが愛されていました
ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。
だけど私は子爵家の跡継ぎ。
騒ぎ立てることはしなかった。
子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として
慎ましく振る舞ってきた。
五人目の婚約者と妹は体を重ねた。
妹は身籠った。
父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて
私を今更嫁に出すと言った。
全てを奪われた私はもう我慢を止めた。
* 作り話です。
* 短めの話にするつもりです
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる