「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

文字の大きさ
上 下
26 / 74

全くの別物。

しおりを挟む
 お店はガラス張りの、なんていうか全体がショーウインドウのような雰囲気で。
 窓という窓にかわいらしく飾られた宝石のようなお菓子がいっぱい。
 まあこれは蝋細工かな。
 キラキラと煌めくようなケーキ菓子やドーナツにマフィン。
 甘く甘く、砂糖が粒になって輝いて見えるそんな。
 食べれないものだって頭の中ではちゃんとわかっても、それでも美味しそうに見えてしまう、一つの絵として完成されたデコレーションだった。

 その奥に見えるイートインスペースまでもが幻想的なお菓子の国に見えてしまう?
 なんだか今からあそこで食べるんだと思うとすこし恥ずかしい。
 だって、このデコの向こうに見えるんだよ?
 ショーウインドウの一部、夢の国の住人みたくみられちゃうかもしれないんだよ?
 うう。
 自意識過剰かもしれないけど、ほんとダメ。
 どうしよう。

「さあ、行こうか」

 優しくエスコートしてくれるギディオン様。だけど、なんとなく足が止まってしまったあたし。

「今なら人通りも少ないし、目立たないからね。君の髪をまじまじみられたら噂にもなりかねないし。さっと見て食べて帰ろう?」

 ああ、そうだった。
 髪の毛を染め直す時間は無かった。
 流石に魔法で毛染め薬が出せるだなんていえなくて、とりあえず帽子で隠してる状態だったっけ。

 カララン
 扉を開け中に入るとドアベルが鳴って店員さんがこちらに気がついた。
「いらっしゃいませ」
「こちらでお召し上がりでしょうか?」
 キラキラのショーケースの向こうから、そう声をかけられる。

「はい。食べていきます」
 ギディオン様がそうショーケースを覗き込みながら答える。
「ご注文をお伺いします」
 メイド服にカチューシャをつけた店員さんが、トレイとトングを持ってギディオン様の動向を注視する。
「じゃぁ、このシュガーとハニーのドーナツと、私は珈琲、君は紅茶でいい?」
「ええ、わたくしはミルクティーでお願いしますわ」
「ではそれで。あとお土産にハニーとシュガー、そしてナッツを二個づつ包んでください」
「かしこまりました」

 お会計も済んで席で待っているとやってきたトレイとお土産の袋。

「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 そう礼をして戻る店員さん。
 所作も綺麗。
 どこかの貴族のお屋敷で働いていた人なのだろうか。そんな感じ。
 全体的に、お店にもお金がかかってそうだ。
 ちゃんとメニューもかかっていたけど、お値段的にはジャンが言ってた通りMr.マロンの二倍くらい。
 でも。
 あの店員さんのお給料だってお高そうだし、それにこのお茶もかなりの高級茶葉だ。ミルクも良いものを使ってる。
 ぜったい元なんか取れなさそうなんだけど?

「ふむ。やっぱり違うね」

「ええ、ギディオンさま」

 見た目は全く同じ。
 Mr.マロンとおんなじシュガードーナツとハニーグレーズ。
 でも。
 味は全くの別物だった。

「まずい、とまでは言わないけど、配合が違うのかな? このグレーズは」

「ドーナツの生地も、ずいぶん違いますわ。素材は高級なものを使っていらっしゃるのでしょうけど、味はわたくしはミスターマロンのものの方が好みです」

 グレーズも、粉糖も、あきらかに味が違う。
 それに。
 このグレーズにも粉糖にもあたしの魔力を感じない。
 あたしのポーション魔法で増量したグレーズとは明らかに違うのだ。

 でも、じゃぁ。やっぱり。

「ジャンは最初っからアランのドーナツを売るつもりは無かったんだろうね。取り上げて、出回らないようにするだけのためにあんなもっともらしい嘘をついたのか。そもそも借金だって架空のものだ。代金と相殺って言えばもっともらしいけれど、ジャンはこれっぽっちも損はしないのだからね」

「バカにしてるわ!」

「うん。本当にそう思う。帰ろうセレナ。私は君の魔力の籠ったハニーグレーズが食べたいよ」

 怒りに大声をあげそうになったあたしを宥めるように、優しくそうおっしゃってくれたギディオンさま。
 っていうかそれもバレてる?
 うーん。どこまでバレてるのかどうかはもうしょうがない。あとでギディオン様を問い詰めるとして……。

 うん。
 あたし、帰りたい。大急ぎで帰る。
 でもってロック商会に一矢報いたい。
 もう、ほんと、ゆるせない。
 アランさんが丹精こめて作ったドーナツを取り上げ、きっと全部捨ててしまっているんだろうジャンのことが絶対にゆるせないから。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...