「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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白い街並み。

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「アルシェード家やリンデンバーグ家の様子はこちらでも探っておこう。特に、君のお父様、アドルフ様がどうお考えなのか。それを知りたいな」

「はう。ギディオン様……。うちの父はわたくしのことなんて……」

体面を保つためだけに利用しているだけで、あたしのことなんかどうとも思ってないに違いないもの。
父が愛しているのは妹のマリアンネ。
彼女が甘えた声で父アドルフに擦り寄っている姿も。それを喜んでいるふうに見えた父様も。
あたしの瞳には何度も何度も映っていた。
子供に甘えられて嬉しくない男親はいない。
そういうふうに思えばそれはそうなんだろうけれど。
あたしにはそんな態度を示してくれたこともない。
お母様が亡くなった後、あたしが寂しくってお父様のおそばに行った際。
お父様はあたしを避けるように離れていってしまった。
マリアンネには普通に抱き上げてあげたり頭を撫でてあげたりするのに、あたしはそういうこともされたことがなかったから。

あたしはずっと、愛されてはいないのだ、と、そう思って過ごしてきた。

父様はあたしのことなんか視界にも入っていない。
ううん、きっと嫌われてるんだ。
自分の政治的な利益のためにあたしをパトリック様の婚約者に押し込んだけ。
それなのに。
今さらあたしが彼の元から逃げ出したいだなんて言っても、聞いてくれるわけはない。
うん。そうに違いないから。


準備ができたのでギディオン様とあたしはジャン・ロックの店に向かうことにした。
商業区の奥、ガラス張りの高い天井が覆う高級な商店街の地区にその店があることは、もうギディオン様の調べでわかっていた。

紋章付きの馬車ではベルクマール侯爵家だとバレてしまうから、黒塗りの飾り気のないお忍び用の馬車を使う。
向かい合って、あたしの目の前に座るギディオン様。
あたしのことがバレたあとも、バレる前と違わないほんわりとした笑みでこちらを見てる。

「ギディオン様は、わたくしの魔力に気がついていたのですか?」

これは聞いてみたかった。ただの平民だとは思われていなかったのかどうか。

「君の魔力は暖かく、優しくて心地よかったよ。どこかの貴族の血縁者ではあるのだろうと思っていたけど、まさかセリーヌだとは気が付かなかった」

はう。

「どうして!? どうして何も言わずに優しくしてくれたんですか!!?」

「うーん。君が悪い子には見えなかったからね。何か事情があるんだろうとは思ったけれど」

そういう彼の顔には嘘はない。そう確信できる。

はじめて、かもしれない。
なんの利害関係もなく、ただただ純粋に好意で優しくしてくれたっていうの? そんなの。
貴族の血を引く者が、それも多分魔法が使える人間が街中で普通の平民のふりをして暮らしている。
そんなの普通の人なら「怪しい」って思うかも。
なのに。
彼はそれを咎めることも調べることもせず、優しく見守ってくれてたんだ。
そう思うと、なんだかとっても心が温かくなる。
あたしがセリーヌであってもセレナであっても、きっとこの人は変わらないんだろうなって。
そう思えて、嬉しかった。



白い煉瓦の街並みを馬車が進む。
ガウディ程ではないけれど、商業区には一通りの商店が揃っている。
やがて道は馬車がちゃんと往来できるだけの広さがあるのに、天井に綺麗に彩られたガラスが嵌め込まれた屋根付きの高級商店街の地区に差し掛かった。
商業区は南の方に行けば行くほど平民用のお店になり、北側、貴族街に近い方はわりと高級なお店が立ち並んでいる。
こうした屋根付きはかなり北の奥の一部だけだけれど、日光を完全に遮ることなく幻想的な雰囲気を醸し出しているこのガラスの屋根は、行き交う人々にもここが高級な地区だというのを示しているようにも感じて。
お店もお店で、宝飾類や衣装などのお店は間口も狭く、一般に広く販売しているという雰囲気でもない。
(こんなところにお店を出すなんて……)
ドーナツってあたしの中では割と庶民的なイメージがあった。
まあ、この世界では少し裕福な余裕のある方向けではあったけれど。

それでも。
こんなに人通りが少ないところで、ドーナツが売れるんだろうか?
それがちょっと気掛かりで。




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