「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

文字の大きさ
上 下
25 / 74

白い街並み。

しおりを挟む
「アルシェード家やリンデンバーグ家の様子はこちらでも探っておこう。特に、君のお父様、アドルフ様がどうお考えなのか。それを知りたいな」

「はう。ギディオン様……。うちの父はわたくしのことなんて……」

体面を保つためだけに利用しているだけで、あたしのことなんかどうとも思ってないに違いないもの。
父が愛しているのは妹のマリアンネ。
彼女が甘えた声で父アドルフに擦り寄っている姿も。それを喜んでいるふうに見えた父様も。
あたしの瞳には何度も何度も映っていた。
子供に甘えられて嬉しくない男親はいない。
そういうふうに思えばそれはそうなんだろうけれど。
あたしにはそんな態度を示してくれたこともない。
お母様が亡くなった後、あたしが寂しくってお父様のおそばに行った際。
お父様はあたしを避けるように離れていってしまった。
マリアンネには普通に抱き上げてあげたり頭を撫でてあげたりするのに、あたしはそういうこともされたことがなかったから。

あたしはずっと、愛されてはいないのだ、と、そう思って過ごしてきた。

父様はあたしのことなんか視界にも入っていない。
ううん、きっと嫌われてるんだ。
自分の政治的な利益のためにあたしをパトリック様の婚約者に押し込んだけ。
それなのに。
今さらあたしが彼の元から逃げ出したいだなんて言っても、聞いてくれるわけはない。
うん。そうに違いないから。


準備ができたのでギディオン様とあたしはジャン・ロックの店に向かうことにした。
商業区の奥、ガラス張りの高い天井が覆う高級な商店街の地区にその店があることは、もうギディオン様の調べでわかっていた。

紋章付きの馬車ではベルクマール侯爵家だとバレてしまうから、黒塗りの飾り気のないお忍び用の馬車を使う。
向かい合って、あたしの目の前に座るギディオン様。
あたしのことがバレたあとも、バレる前と違わないほんわりとした笑みでこちらを見てる。

「ギディオン様は、わたくしの魔力に気がついていたのですか?」

これは聞いてみたかった。ただの平民だとは思われていなかったのかどうか。

「君の魔力は暖かく、優しくて心地よかったよ。どこかの貴族の血縁者ではあるのだろうと思っていたけど、まさかセリーヌだとは気が付かなかった」

はう。

「どうして!? どうして何も言わずに優しくしてくれたんですか!!?」

「うーん。君が悪い子には見えなかったからね。何か事情があるんだろうとは思ったけれど」

そういう彼の顔には嘘はない。そう確信できる。

はじめて、かもしれない。
なんの利害関係もなく、ただただ純粋に好意で優しくしてくれたっていうの? そんなの。
貴族の血を引く者が、それも多分魔法が使える人間が街中で普通の平民のふりをして暮らしている。
そんなの普通の人なら「怪しい」って思うかも。
なのに。
彼はそれを咎めることも調べることもせず、優しく見守ってくれてたんだ。
そう思うと、なんだかとっても心が温かくなる。
あたしがセリーヌであってもセレナであっても、きっとこの人は変わらないんだろうなって。
そう思えて、嬉しかった。



白い煉瓦の街並みを馬車が進む。
ガウディ程ではないけれど、商業区には一通りの商店が揃っている。
やがて道は馬車がちゃんと往来できるだけの広さがあるのに、天井に綺麗に彩られたガラスが嵌め込まれた屋根付きの高級商店街の地区に差し掛かった。
商業区は南の方に行けば行くほど平民用のお店になり、北側、貴族街に近い方はわりと高級なお店が立ち並んでいる。
こうした屋根付きはかなり北の奥の一部だけだけれど、日光を完全に遮ることなく幻想的な雰囲気を醸し出しているこのガラスの屋根は、行き交う人々にもここが高級な地区だというのを示しているようにも感じて。
お店もお店で、宝飾類や衣装などのお店は間口も狭く、一般に広く販売しているという雰囲気でもない。
(こんなところにお店を出すなんて……)
ドーナツってあたしの中では割と庶民的なイメージがあった。
まあ、この世界では少し裕福な余裕のある方向けではあったけれど。

それでも。
こんなに人通りが少ないところで、ドーナツが売れるんだろうか?
それがちょっと気掛かりで。




しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】偽りの婚約のつもりが愛されていました

ユユ
恋愛
可憐な妹に何度も婚約者を奪われて生きてきた。 だけど私は子爵家の跡継ぎ。 騒ぎ立てることはしなかった。 子爵家の仕事を手伝い、婚約者を持つ令嬢として 慎ましく振る舞ってきた。 五人目の婚約者と妹は体を重ねた。 妹は身籠った。 父は跡継ぎと婚約相手を妹に変えて 私を今更嫁に出すと言った。 全てを奪われた私はもう我慢を止めた。 * 作り話です。 * 短めの話にするつもりです * 暇つぶしにどうぞ

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...