「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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理不尽。

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 油で揚げるドーナツというお菓子は、もともと小麦粉にふくらし粉と砂糖を入れ練った生地を型抜きして高温の油に落とし一気に揚げることで、生地の中の水分と油を交換し出来上がる。
 あの独特のサクッとしてしんなりする食感は、中に取り込んだ油のおかげなのだ。
 だから、いい油を使わないと美味しいドーナツは出来ないし、油は酸化すると味が落ちるから、作ってから一日、せいぜい二日で食べきってもらうことを前提に販売している。
 衛生観念が前世の日本よりはゆるいこの国でも、アランさんは極力その日のうちに作ったドーナツを食べて貰おうと、朝並べてある昨夜作ったドーナツはお昼すぎには捨てて、朝から作ったドーナツは閉店するときには捨てていた。
 もったいないけどそれが帝国で学んだお菓子作りの流儀なのだとアランさん。
 もちろん捨てるっていっても、乾燥させ砕いて家畜の餌に混ぜるそう。そうやって飲食店の残飯を買い集める業者もちゃんとこの街には居たから。

 ふくらし粉もアランさんの独自製法。帝国で学んだレシピに色々加えて、美味しいドーナツになるよう創意工夫を欠かさなかったって。

 王都からこの街ガウディまでは駅馬車でほんの数刻。朝家出をしてきたあたしがお昼にはこの街に着いたくらいの距離。
 早馬で飛ばせば刻一つほどしかかからない、一時間くらいの話ではある。それくらいの距離の隣街。
 果物の入ったマフィンだと傷みやすいけど、ドーナツだったらまあ作りたてよりは味が落ちるよねといったところ。

 買われていったドーナツは、シュガーが20個ハニーが30個、そして朝から頑張ったローストナッツが50個。
 うーん。ローストナッツはMr.マロンでお披露目する前に持っていかれちゃったから、ちょっと残念だったけど。

「アランさん……」

 肩を落として怒りに震えているアランさん。
 どうしよう。なんて声をかけてあげればいいんだろう。

 そういえばあたし、ここのところ怒ってばっかりだった。
 前世のあたしって理不尽なことがけっこう大っ嫌いだったせいか、この世界でセリーヌが理不尽な目に遭ってるのが許せなくって。
 美味しいドーナツ屋さんが理不尽に潰されるような真似も、許せなくって。
 そんな怒りが原動力になってここまできたわけだけど。
 さっきの話だとアランさんがあれのお店で働けば高給を出すしそれで借金も返せるだろうという提案。このお店は残せるし、通勤時間はかかるけど冒険者だったアランさんなら馬くらい乗れるだろう。
 契約書をちゃんと読んで居なくって、騙されて高値でお砂糖を大量につかまされたのは酷いと思ったけど、借金自体は頑張って返そうとドーナツたくさん作っていたわけで、それを正規の値段で借金の代わりに持っていくっていうのはそこまで悪辣な行為ではなかったりする。
 王都で働かなくってもここでドーナツを頑張って作ったらすべて買い上げ借金と相殺してくれるなら、それもそんなに悪い条件じゃない。
 お金で返すだけじゃなく、逆に、労働の価値まで上乗せしてくれるわけだ。
 正直卸としてその分値引きしろと言われないだけましかもしれない。
 食べてほしい人に届かないのは残念だけど、それもこのトラブルが終わるまでの話。
 借金を返し終えたら元通りのお店になれるなら、そんなふうに思っちゃって。
 このお話だけだとどうもあたしの理不尽メーターが働かない。

 うん。でも。さっきの話にアランさんがここまで怒っているっていうのは、まだ他に何かあるんだろうなぁ。
 そんな気がする。
 あたしが気が付かないだけかもしれないし。

「おはようセレナ。どうしたの。今朝はなにか深刻な顔をしてるね。なにかあったのかい?」

 ふんわり、ほんとにふんわりといった表現が似合う、そんな金色の騎士様がいつのまにかそこに立っていた。
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