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アランさんとマロンさん。
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おすすめ定食はあっさりお魚の塩焼きにお野菜や鳥の骨とかをじっくり煮込んで出汁を出したらしいスープ、そんでもってなんの粉か不明だけど、穀物の粉を水で練って焼いただけのガレット。
味付けは基本塩。
ちょっと塩気があるくらいな感じだけど十分美味しかった。
っていうか公爵家の料理に比べても塩気がある分美味しく感じた。
きっと、肉体労働の人だったらこれくらいの塩分が必要なんだろう。そうも思う。
お砂糖に比べたらお塩は安く出回っている。
だからここまで使えるのかなとも思うけれどそれでも。
そっか味付けはお塩だけなんだ。
そうも思っちゃう。
もうちょっと出汁が効いてたら、とか、香辛料があったらもっと美味しいのに、とかも思ったけど今日はそんな贅沢は言わない。
勝手に味を足すのも、なんとなく失礼な気がしてできなかった。
「ごちそうさまでした」
素直にそう声が出ていた。
「おー、あんたは昼間の嬢ちゃんじゃないか!」
厨房から店主さんが顔を出して、あたしの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「昼間はありがとうなぁ。嬢ちゃん、あんたは恩人だ。ほんと感謝してるよ」
そういうとあたしの手をとってぶんぶん振る。おじさんなのに、なんだかその仕草がとっても無邪気で好感が持てる。
「オレはアラン、ミスターアランって呼ばれてる。でもってこれが最愛の妻マロンだ。これでも昔はけっこう名の知れた冒険者としてならしたもんだ」
「へえお嬢ちゃんそんなに小さいのにうちの旦那を守ってくれたのかい。ほんとありがとうね。この人そこつでね。すぐに喧嘩になるから危なっかしくてしょうがないんだよ。ほんと、感謝してるよ」
きっぷのいい奥さん。でもよくみると美人さんで、若い頃はずいぶんとモテたんじゃないかってそんなふうにも思う。今だってすごく魅力的だし。
「あたしは芹那、セリナです。ここ、夜は食堂なんですか?」
「はは。セレナ? ちゃんかい。よろしくね。ここは昼間は旦那の趣味のお菓子の店。夜はめしやさ。正直なところ昼間はまったくの赤字だからねえ。こうやって夜も働かなきゃ暮らしていけないんだ」と、マロンさん。
「あの。あたし、このお店で働かせてもらうことってできませんか?」
「んー、でも夜はあたし一人でもお客は回せるし、ウエイトレスさん雇うほど儲かってるわけじゃないんだよね」
そうあっけなく断られる。でも。でも、だったら。
「あたし、昼間のドーナツ屋さんを手伝いたいんです! ちゃんと儲からなきゃお給金は要りません! あんなわるいやつらのせいでこのお店が潰れちゃうの、許せないんです!!」
最初はびっくりした顔をしてたアランさんにマロンさん。
それでもあたしの顔が真剣だってわかるとまずアランさんが泣き出した。
「申し訳ねえ嬢ちゃん。オレは悔しいんだ。なんとかあのジジイを見返してやりたいけどこのままじゃジリ貧になるばっかりで……。あんたが手伝ってくれたからってどうとなるものでもないかも知れないが、もう少しだけでもあがきたい。チカラを貸してくれるのかい? ほんとうに申し訳ねえ……」
「ごめんねえうちの旦那、冒険者になる前に帝都の菓子屋で修行しててね。とらぶってそこ飛び出したあとも冒険者やりながら自分の店を持つのが夢だったんだよ。ほんとしょうがない旦那ですまないねえ。手を貸してくれるのはありがたいけど、あんたそれで困らないかい? 旅行者だって聞いたけど、泊まるところはあるのかい? あいにくうちにはベッドは一つしかない。どこぞのお嬢様だろうあんたを泊めてあげれるような場所もないんだよ」
♢ ♢ ♢
「いいじゃねえか雇ってやれよ」
「こんなかわいい嬢ちゃんが店に出るならおれっち毎日ここに通っちゃうね」
「昼間の菓子屋もうちのやつら気に入ってるって言ってたよ。応援しに通わせるからさ!」
後ろで話を聞いてたお客さんたちがやいのやいの加勢してくれて収拾がつかなくなったので、話は店じまいしてからということになった。
それでも結局あたしの熱意に負けて雇ってもらえることになったから良かったな。
当面あたしはお店を閉めたあとのこの飲食スペースの隅で寝泊まりすることになった。マロンさんは「そんなの申し訳ないよ」って反対してくれたけど、あたしにとってはその方が都合が良かったりもしたので押し切った。
アランさんが冒険者時代に使っていた寝袋をひっぱりだしてきてくれたのでそれを使って寝ることに。大きさとかも考えて一応マロンさんが使ってたらしい方を借りたんだけどね。
あたしが試したいのは新しい美味しいドーナツを作ること。
日本人芹那だった時代、高校生の頃バイトしてたドーナツ屋さんを思い出して。
あの後アランさんに事情を聞いた。
どうやらロック商会ってとこに騙されて借金してしまったってこと。
それも、借りたお金の10倍で返せと言われたらしい。
アランさん曰く、返そうと思ったら店もなんもかんも手放すつもりで売り払えばじゅうぶん返せるくらいの値段、なのだそう。
暴利だと訴え出たけれど、契約書にそう書いてあると言われ役所は相手をしてくれなかったのだそうだ。
お菓子を作る材料費ってこの世界じゃけっこう高い。
お砂糖だって高価だし、小麦粉だって割と高くって庶民にはパンだってたまの贅沢なのだ。
だから尚更ドーナツみたいなお菓子は贅沢品だって認識で。
それでもここは場所もいいし、何よりライバルはモックパンくらい。まああちらは菓子パンの一部にドーナツやマフィンがあるくらいでそんなにチカラを入れていないって話だけどそれでもね。
去年お砂糖がとんでもなく高騰する前はアランさんの努力もあってけっこうな人気店になっていたらしい。
王都から貴族のおつかいも来たって話だったから。
まあでもそれがモックパンを経営するロック商会にとっては目障りだったんじゃないかっていうのがアランさんの談。
もうほんと嫌。そんなのにこのお店が潰されるだなんて、そんなのあっていいわけない。
だからあたしは抗ってみたいのだ。
ドーナツが多少売れたって儲けがそんなに出るわけない。
1日100個や200個じゃ、しれてるよね。
でももっともっと人気になったら?
理不尽に潰されるのを周囲だってほっておかなくなるだろうし、なにより高価なお砂糖を使わなくても甘くて美味しいドーナツを作ることができたら、利益だってついてくると思うんだ。
だから。
ちょっと頑張ってみよう。そう思って。
味付けは基本塩。
ちょっと塩気があるくらいな感じだけど十分美味しかった。
っていうか公爵家の料理に比べても塩気がある分美味しく感じた。
きっと、肉体労働の人だったらこれくらいの塩分が必要なんだろう。そうも思う。
お砂糖に比べたらお塩は安く出回っている。
だからここまで使えるのかなとも思うけれどそれでも。
そっか味付けはお塩だけなんだ。
そうも思っちゃう。
もうちょっと出汁が効いてたら、とか、香辛料があったらもっと美味しいのに、とかも思ったけど今日はそんな贅沢は言わない。
勝手に味を足すのも、なんとなく失礼な気がしてできなかった。
「ごちそうさまでした」
素直にそう声が出ていた。
「おー、あんたは昼間の嬢ちゃんじゃないか!」
厨房から店主さんが顔を出して、あたしの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「昼間はありがとうなぁ。嬢ちゃん、あんたは恩人だ。ほんと感謝してるよ」
そういうとあたしの手をとってぶんぶん振る。おじさんなのに、なんだかその仕草がとっても無邪気で好感が持てる。
「オレはアラン、ミスターアランって呼ばれてる。でもってこれが最愛の妻マロンだ。これでも昔はけっこう名の知れた冒険者としてならしたもんだ」
「へえお嬢ちゃんそんなに小さいのにうちの旦那を守ってくれたのかい。ほんとありがとうね。この人そこつでね。すぐに喧嘩になるから危なっかしくてしょうがないんだよ。ほんと、感謝してるよ」
きっぷのいい奥さん。でもよくみると美人さんで、若い頃はずいぶんとモテたんじゃないかってそんなふうにも思う。今だってすごく魅力的だし。
「あたしは芹那、セリナです。ここ、夜は食堂なんですか?」
「はは。セレナ? ちゃんかい。よろしくね。ここは昼間は旦那の趣味のお菓子の店。夜はめしやさ。正直なところ昼間はまったくの赤字だからねえ。こうやって夜も働かなきゃ暮らしていけないんだ」と、マロンさん。
「あの。あたし、このお店で働かせてもらうことってできませんか?」
「んー、でも夜はあたし一人でもお客は回せるし、ウエイトレスさん雇うほど儲かってるわけじゃないんだよね」
そうあっけなく断られる。でも。でも、だったら。
「あたし、昼間のドーナツ屋さんを手伝いたいんです! ちゃんと儲からなきゃお給金は要りません! あんなわるいやつらのせいでこのお店が潰れちゃうの、許せないんです!!」
最初はびっくりした顔をしてたアランさんにマロンさん。
それでもあたしの顔が真剣だってわかるとまずアランさんが泣き出した。
「申し訳ねえ嬢ちゃん。オレは悔しいんだ。なんとかあのジジイを見返してやりたいけどこのままじゃジリ貧になるばっかりで……。あんたが手伝ってくれたからってどうとなるものでもないかも知れないが、もう少しだけでもあがきたい。チカラを貸してくれるのかい? ほんとうに申し訳ねえ……」
「ごめんねえうちの旦那、冒険者になる前に帝都の菓子屋で修行しててね。とらぶってそこ飛び出したあとも冒険者やりながら自分の店を持つのが夢だったんだよ。ほんとしょうがない旦那ですまないねえ。手を貸してくれるのはありがたいけど、あんたそれで困らないかい? 旅行者だって聞いたけど、泊まるところはあるのかい? あいにくうちにはベッドは一つしかない。どこぞのお嬢様だろうあんたを泊めてあげれるような場所もないんだよ」
♢ ♢ ♢
「いいじゃねえか雇ってやれよ」
「こんなかわいい嬢ちゃんが店に出るならおれっち毎日ここに通っちゃうね」
「昼間の菓子屋もうちのやつら気に入ってるって言ってたよ。応援しに通わせるからさ!」
後ろで話を聞いてたお客さんたちがやいのやいの加勢してくれて収拾がつかなくなったので、話は店じまいしてからということになった。
それでも結局あたしの熱意に負けて雇ってもらえることになったから良かったな。
当面あたしはお店を閉めたあとのこの飲食スペースの隅で寝泊まりすることになった。マロンさんは「そんなの申し訳ないよ」って反対してくれたけど、あたしにとってはその方が都合が良かったりもしたので押し切った。
アランさんが冒険者時代に使っていた寝袋をひっぱりだしてきてくれたのでそれを使って寝ることに。大きさとかも考えて一応マロンさんが使ってたらしい方を借りたんだけどね。
あたしが試したいのは新しい美味しいドーナツを作ること。
日本人芹那だった時代、高校生の頃バイトしてたドーナツ屋さんを思い出して。
あの後アランさんに事情を聞いた。
どうやらロック商会ってとこに騙されて借金してしまったってこと。
それも、借りたお金の10倍で返せと言われたらしい。
アランさん曰く、返そうと思ったら店もなんもかんも手放すつもりで売り払えばじゅうぶん返せるくらいの値段、なのだそう。
暴利だと訴え出たけれど、契約書にそう書いてあると言われ役所は相手をしてくれなかったのだそうだ。
お菓子を作る材料費ってこの世界じゃけっこう高い。
お砂糖だって高価だし、小麦粉だって割と高くって庶民にはパンだってたまの贅沢なのだ。
だから尚更ドーナツみたいなお菓子は贅沢品だって認識で。
それでもここは場所もいいし、何よりライバルはモックパンくらい。まああちらは菓子パンの一部にドーナツやマフィンがあるくらいでそんなにチカラを入れていないって話だけどそれでもね。
去年お砂糖がとんでもなく高騰する前はアランさんの努力もあってけっこうな人気店になっていたらしい。
王都から貴族のおつかいも来たって話だったから。
まあでもそれがモックパンを経営するロック商会にとっては目障りだったんじゃないかっていうのがアランさんの談。
もうほんと嫌。そんなのにこのお店が潰されるだなんて、そんなのあっていいわけない。
だからあたしは抗ってみたいのだ。
ドーナツが多少売れたって儲けがそんなに出るわけない。
1日100個や200個じゃ、しれてるよね。
でももっともっと人気になったら?
理不尽に潰されるのを周囲だってほっておかなくなるだろうし、なにより高価なお砂糖を使わなくても甘くて美味しいドーナツを作ることができたら、利益だってついてくると思うんだ。
だから。
ちょっと頑張ってみよう。そう思って。
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