「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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そんなの許せないもの!

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(この人、どこかで……)

 昔、どこかで会ったことがあるのかな。そんなふうに思うけれど思い出せない。
 豪奢な金色の髪が肩まで伸び、前髪から覗く瞳はやっぱり金色に輝いている。
 すっと通った鼻筋。肌なんてお化粧とかしてなさそうなのにその辺の貴族の女性よりも綺麗なんじゃないだろうか?
 騎士服はシルバーが基調ではあるけれどそこここにふさふさと金色の肩章。
 全体的にはやっぱり髪の色合いの印象が強いかな。
 っていうか彼はあの時お店に踏み入ってくれた騎士様なのだろうか?
 だとしたら、あたしを助けてここに連れてきてくれたのも?

「あ、申し訳ありません。あなたがあたしをここに?」

「まあね、君みたいな勇敢な女性を放置もできないからさ。ミスターマロンの店主は君のおかげで助かったって言ってたよ」

「あああ。ありがとうございます。マロンの店主さんは無事でしたか。よかった……」

「はは。君は自分のことよりも他人の心配ができる人なんだ。そういうの、俺は好きだな」

 ドキ!

 あまりにも綺麗なお顔で見つめられて、そんなセリフを吐くもんだから……。
 あたしの心臓が少しだけ跳ね上がった。
 だめだ。
 もう恋なんてしないって、そう思ってたのに。

 貴族の立場を捨てて家出をしたあたし。
 大好きだったあの人に別れの書き置きを残して。あとは自由に生きるんだ、だなんて。
 寂しくなかったかといえば、本当のところは全部強がりだ。
 あたしの中にはまだパトリック様が好きだった時の気持ちは残っている。
 それでも。
 それじゃいけない。一歩踏み出さなきゃあたしの人生は始まらない。そう思ったからこそこうして逃げ出してきたのに。

 今は、普通の平民の女性として街に溶け込み自立して生きていかなきゃ。
 それしか考えられなかったはず。
 ぽわぽわ恋だのなんだのに溺れている余裕なんか、ないはず、で。

 頭を振って、邪念退散って呟いた。

「どうしたの? どこか痛い? 大丈夫?」

 優しい笑顔でこちらを気遣ってくれる騎士様。
 もう、どうしよう。って気分になってる。

「いえ、大丈夫ですすみません……」

「そうか。ならいいんだ。そういえば君は旅行者なの? 大きなスーツケース持ってるけど」

「あ、はい。そうなんです。あ、でも、ちょっとしばらくこの街に落ち着こうかなって」

「ふーん。君ってどこかの貴族の家の子?」

 え!?

「いえ、そんなわけないじゃないですかー」

「まだ16歳? 17歳? それくらいの年齢だよね? 家族はどこにいるの? 連絡をとってあげるから」

 あわわ。完全に怪しまれてる。
 まあ仕方ないか。女の一人旅なんて今の世の中でもそんなにあるわけじゃない。
 どうしよう。いやだ、あの家に連れ戻されるのだけは、いや。

 黙り込んで俯いてしまったあたしをしばらくそのまま見つめていてくれた彼。
 何か事情があるのかと感じ取ってくれたのか、ポンとあたしの頭を撫でた。

「うん。言いたくないなら無理には聞かない。君はあのミスターマロンの店主の恩人だからね。あれは守りの魔法だよね? きっと貴重な守り石を持っているのかな。君は」

「え?」

「ああ、ごめん。無理に聞かないって言ったばっかりなのにね」

 あたしの頭をもっとくしゃくしゃっとする騎士様。
 世が世なら、これって完全にセクハラ?
 でも、なんだか心地いいから許せちゃうけれど。

「もう、頭をくしゃくしゃってするの、いい加減やめてくれますか? あたし、子供じゃありません」

 きっと彼にとってはあたしなんて子供にしか見えないんだろう。だからこんなふうに心配もしてくれるし気遣ってもくれる。それはそれでありがたいんだけどこんなに子供扱いされるのは正直避けたい。

「あ、そうだ。騎士様ったらあの乱暴者たちやっつけてくれたんですか?」

 ハッと気がついてそう聞いてみる。

「いや、俺たちは諍いを止めただけだ。本来平民同士のああいった諍いを取り締まるのは警護署の役目だからね」

 ああそっか。
 聞いたことがある。

 この街から西に行ったところに広がる星闇の森。
 定期的に魔獣が湧くそんな樹海。
 だからこの街にはそんな魔獣たちからの防波堤となるべく騎士団が駐屯してるんだって。

「そう、ですね。騎士様たちのお仕事は魔獣から人々を守ることですものね……。平民の諍いなんか……」

「いや、そういうわけじゃない」

「え?」

「俺たちも住民たちが平和に過ごせるようにいつも考えてはいるんだよ。あの時だって理不尽な暴力だったら許さないつもりだった」

「だったら……」

「どうやらね、あの店は借金の抵当に入っているらしい。お金を返せないなら出て行けって言われてるみたいだったんだ」

「そんな……」

 ちょっと信じがたい気もする……。だって絶対にあいつらわるものだったもの。あたしの勘は、当たるんだから。

「まあちょっと裏があるらしいけどね。店主も騙されたって言ってた。だからその辺も踏まえて騎士団で調べることにした。警護署はちょっと丸め込まれている風だったからね」

「ええ!!」

「金を貸したのは商店街の大店おおだな、モックパンを経営するロック商会らしい。あそこの親父は確かに色々きな臭い噂も聞く。裏社会とも繋がっているっていう話だ。だからね」

 あああああ。
 そんなの絶対おかしい!
 こんなところで目立つのは避けたい。避けたいけど、でもあの人の良さそうな店主さんが酷い目に遭ってるのは許せない。
 あたしに何か、できること……。

「ありがとうございます騎士様。あたし、ちょっとマロンに行ってきます!」

「え!? ちょっと! お嬢さん?」

 あたしは荷物を抱えると衝動的にそのまま走って外に飛び出した。
 そんなの! 許せないもの!!
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