「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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ガウディ。

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「いらっしゃい!」
「お召し上がりですか? お持ち帰りですか?」

 威勢のいい店長さんの掛け声に振り向くと、ショーケースの前に立っているお客さん。
 あたしはニコニコと笑顔を振りまき声をかける。
 焼きたて揚げたて出来立てのドーナツにマフィン。
 ここはそんな美味しいおやつを食べたり持ち帰ったりできるお店、「ミスターマロン」だ。
 喫茶スペースでは軽食も出している。なんていうかな、日本だとファストフードのお店って感じ?
 お客さんの持ってきてくれたトレイを受け取り紙の箱に詰める。
 ガラス張りのショーケースが壊れる前はこんなふうな半分セルフではなかったけど、自分で好きなものを選べるようにした今の形態は概ね好評だ。
 っていうかパン屋さんでは割と当たり前な光景だから、お客さんも戸惑ってはいないみたい。よかった。


 ♢

 駅馬車に乗って王都の隣街ガウディにたどり着いたあたし。
 もっと遠くまで行くことも考えたけど、この国じゃ田舎に行けば行くほどコミュニティーが狭くなって他所者が受け入れられにくくなってしまう。
 領地経営のノウハウで学んだ知識からだから本当のところまではわからないけど、まあよくある話だと思って信じることにしたあたし。
 冒険者ギルドに属する正式な冒険者さんでもなければ、そんなふうに知らない土地に行っても苦労するだけだなぁとも考えた。
 王都からはそこそこ距離も離れてる。
 お貴族様の別邸はあっても基本住んでいるのは平民が多くて。おまけに商売が盛んな街だからいろんなお店に事欠かない。
 騎士団の駐屯所とかも近くにあるから、そういう人向けに飲食店も多かったのだ。
 あたしが一人紛れ込んでもきっと噂にもならない。働く場所にもきっとそんなに困らない。
 甘いかもしれないけどそんな期待を込めてたどり着いたこの街で、あたしは一軒のお店に出会ったのだった。

 ♢ ♢ ♢


 ガウディの街のちょうど中ほど。
 駅馬車の駅がある広場に降り立ったあたしは、そこから商店街の様子を見て回った。
 王都にいる時から話題になっていたパン屋モックパンさんや綺麗な服飾のお店エリカティーナ。そんな有名どころのお店がいっぱい並んでいた。
 王都は割とこういう商店は数が少なくて。
 ってお貴族様たちは基本わざわざ街に買い物に繰り出さないものね?
 何かを買うなら屋敷に商人を呼ぶのがデフォルト。
 だから王都の城下町にあるお店を利用するのも平民の人がほとんどで、あんまり贅沢もしない。
 あと、多分こっちが重要で。
 商店が立ち並ぶと外国からの客も増え治安も悪くなりかねない。
 そういう意味でもあちらではあんまり外国の商人を入れたがらなかった。そのぶん、こちらのガウディの方が商業的には発達してる感じ。

 この国はエウロパ大陸の西に位置する帝国を構成する衛星国家の一国家、マグナカルロという小国だ。
 周囲には大きな国小さな国といっぱいの国があるけれど、一応帝国という傘の下、皆平和に暮らしている。大昔には戦争だのなんだのがあったらしいけどもうそんなものも歴史のお話。
 今の人間社会に敵があるとしたら、それは魔獣や魔物、魔人の脅威だろう。
 そういうものに相対するために騎士団は存在するし、冒険者さんたちも頑張って魔物退治に精を出してくれている。
 マナと魔素は水と氷のようにほんの少し状態が違っただけのもとは同じエーテルだけど、魔素は魔力は濃いけど命を蝕む毒にもなる。
 そんな魔素が生命を蝕んで生まれた存在が魔物。
 魔素ばっかりになってしまってガワだけ生物に似ているのが魔獣って呼ばれている。
 魔素は強い感情を糧にするから、たいていの魔物や魔獣は凶暴だ。
 とても人が共存できる存在じゃぁなかったりするのだった。

 一応、こうして家出をするにあたって念のために髪の色と目の色を変えてある。
 市販の染色ポーションを買っても良かったけど、たいていのポーションだったら自分で作ることができたので。
 もともとの白銀の髪に碧い瞳はちょっと目立ちすぎるから、髪は赤く、瞳は茶色に見えるように染めてみた。
 これでどこにでもいる普通の平民の女性に見えるはず? そう確信して。

 着てきたのは地味目のクリーム色のワンピース。足元もハイヒールではなくぺたんこなズック靴。
 よくこんなのをセリーヌが持ってたなぁとかも思ったけど、雨やなんかで天気の悪い日に領地を視察するときのために、とか考えて揃えてたんだったかな。
 ぬかるんだ道を歩くのに必要だからって買ってあったのだったっけ。


 そんな格好で街を散策して、気分はもう上々。
 偶然目に止まったミスターマロンでちょっとお茶しようかなぁって思い暖簾をくぐったのだった。

「いらっしゃい! 食べてくかね? 持ち帰りかね?」

 そんな元気な声に気持ちもより上向いて。

「じゃぁこの葡萄のマフィンとミルクティーを頂こうかしら?」

 そう答えたあたし。

「はは。見かけによらず上品なんだなお嬢ちゃん。じゃぁ用意するから好きな席に座って待ってておくれ」

 真っ白な服にこれまた真っ白な大きな帽子を被ったおじさん。そんなおじさん店員さんはショーケースからトングで葡萄マフィンを一個とってお皿にのせ、さっと棚から取り出したカップにお湯を注いで一旦捨てる。戸棚? から瓶を取り出してそのカップに半分くらいにミルクを入れ、その後で背後のケトルを手に持って紅茶をトクトクと注ぎ入れた。

「はい、お待ち」

 トレイをサッとあたしが座った席のテーブルに置いてくれたおじさん店員さん、

「ありがとうございます」

 そうお礼を言って微笑むと、くしゃくしゃっとした笑顔を見せてくれた。

 おじさんだけどすごく好感度が上がる。
 くしゃくしゃっとした笑顔は思いの外可愛くて、白いお髭もなんだか愛嬌がある。
 手際もよくっていいなぁって思ったんだけどそれでもちょっと気になることがある。

 ここのお店、店内の飲食スペースも結構席があるしショーケースにはいっぱいな美味しそうなドーナツにマフィンが並んでいる。
 ここをおじさん一人で回している?
 他に店員さんの姿は見えないし、人手不足なのかな? そんなふうにも思ったけどこの時間どうやらあたし以外にお客さんもいなかったから、もしかしてただ暇な時間帯だから店員さんも少ないのかなぁと思い直しカップに手を伸ばした。

「美味しい!」
 ミルクティーはちょうどいい温度。熱すぎずぬるすぎず。お砂糖も何も使っていないけど、香りもすごく良くって美味しいお茶で。ミルクのほんわりとした甘みがすごく好み。
 そのままマフィンを少し割って口に入れる。
 これも。
 すっごくおいしかった。
 果物の甘さ? そんな優しい甘みを感じる生地に、葡萄の味が溶けるよう。
 ほんのり甘いお酒の染み込んだしっとりとした味わいで。

 全体的にきっとそんな自然な甘みが使われているんだろう。王宮のお菓子は高級な砂糖をふんだんに使った甘ったるい砂糖菓子が多かったから、逆にこういうのは新鮮で。

 ああ美味しいな。少しお土産に買って夜に宿ででも食べようかな。
 そんなふうにニマニマ考えてると。

「オヤジ! いるか!」
 と、大声をあげ乱暴にハネ扉を押し開けて、ドカドカって感じで数人の男性がお店に入ってきた。
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