「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠

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バイバイ。

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『ポーションを作成できる聖魔法』
 それがあたしに与えられた権能だったってことなのかなぁ。

 液体に聖魔法、マナを込める。それだけでポーションができるだなんて。

 まあでももともと薬草を煮詰めてそこから薬効を抽出しそこにマナをこめることで作成されるポーションというものは、概ねとても不味かった。
 砂糖や蜜で味を整えている高級なものもあったはあったけれど、それらは随分と値がはって、貴族ならともかく本当に必要とするものたちには手が届かない値段となっていた。

 でも。
 あたしのポーションは出来上がりの味まで自由自在に変えることができた。
 とってもあまーい味も、とってもからーい味も、自由自在に作れたのだ。

 まあでもそれくらいのちょっとしょぼい? そんな権能、持ってたってそこまで利用価値はなさそうに思えるんだけどこれが実はあたしにとってはなくてはならない、そんな能力になっていたの。

 子供の頃から、なんとなくお食事に一味足りない気がしてたあたし。一応公爵家令嬢なわけで、食材は豪華だし凝ったお料理はいっぱい出てくる、「ザ・貴族」といったお食事ばかりではあったのだけど、なぜか味が好みじゃなかったというか、薄味で雑な味付けというか、そんなふうに感じちゃってた。
 今にして思えば日本人だった時の好みの味を引きずっていたのかもしれないけど。
 だから、お食事前のお祈りの時に、こっそり味を足したりしてたのね。
 お醤油のような味付け、お砂糖のような甘い味付け、お出汁の素だって再現できた。
 スープであれば直接。そうでなければ手元のお水を少しスプーンにとってそれに味付けしてお肉にかけたこともあったっけ。
 まあポーションとしての効能なんて、元々聖属性の魔法が使えるあたしには必要のないものだったけど、この副産物としてのいわゆるなんちゃって調味料はこうして前世の記憶が蘇る前からずっと使い倒してたわけで。
 結婚してからはお屋敷の料理長アランさんとも仲良くなって、自分で作成した調味料を実家から持ってきたって嘘ついて、いろいろお料理に活かしてもらっていた。
 時々は、あたし自身もお料理をさせてもらったりもして。
 生まれて初めて触る包丁もなんとなく使い方がわかって上手に扱えたからアランさんにも褒められたっけ。
 今にして思えば、それもみんな前世の経験がいかされていたんだなってわかる。
 あたしは芹那でありセリーヌなんだな。

 そう改めて実感した。


 ♢ ♢ ♢


 貴族でいることにもこうしてお飾りの妻でいることにもうんざりして。
 もう何もかもやめちゃおうと思ったら、急に心が晴れて軽くなった。

 お父様にちゃんと話をして、とかも考えたけど、お母様が亡くなってからというものまともに話を聞いてもらえたこともない。もし父があたしが考えているようにマリアンネだけを愛しているのであればもうなにを言っても無駄だろう。
 貴族としての体裁だけを重んじて、あたしはお飾りだけの家の仕事をこなすだけの妻としてこのままここに縛りつけられるのかと、そんなふうに考えたらもうダメだった。

 逃げ出したい。

 でも、逃げてどうするの。

 いいのよ。何とかなるわ。

 そんな、生きていけるの?

 大丈夫だって。町娘になって働いて、自分の力で生きていくのよ。

 できるのかな……あたしに。

 できるよ! 大丈夫。だってあたしには前世の記憶だってあるんだもの!



 世間知らずな貴族のお嬢様なんかじゃない。
 あたしには前世の記憶もいっぱい読んだおはなしの記憶もあるんだもの!






 着替えの中からなるべく地味な部屋着だけを選びトランクに詰め込んだ。
 身の回りの装飾品は持ち出すのをやめる。
 どこかで売ったらある程度のお金も手に入るしとうざの生活費にはなるだろうけど、絶対に足がつく。盗品の疑いを持たれ調べられても厄介だ。町娘の格好してそんな高価な物を売りにくる小娘なんて、どこぞのメイドが主人の物を盗んできたんじゃないかってそう思われるに違いないし。
 それよりも。
 そうだよポーションを売ろう。
 もちろんずっとポーションを売るわけじゃない。
 そんなことして目立って錬金協会に目をつけられてもこまるしね。
 手持ちのポーションを売ってお金に変えただけ、であればそこまで目立たない。
 そうして少しだけ生活費を手に入れたら、ちょっと離れた街に移動してそこでお仕事を探すの。

 うん。そうしよう。



 あなたのことはもう忘れることにします。
 探さないでください。
 離婚のための書状に自分の分だけサインをし、そうメモを残して彼の机の上に置く。

 そのままベランダに出ると、身体中に風の魔法を纏い浮遊する。
 山際には朝陽が顔を覗かせている。早朝のこんな時刻でも誰にも見つからずに外に出ようと思ったら玄関から出るわけにいかないからしょうがないよね。ちょっとはしたないかとかも思ったけどこっそりお屋敷を出るのはこの方法が一番良さそうだ。
 昨日のうちに街でポーションを換金しておいた。朝一番の駅馬車で隣街まで行ってしまおう。

 バイバイ。
 パトリック様。

 あたしはもう貴方のことは忘れます。
 どうかマリアンネとお幸せに。

 そう心の中で呟くと、あたしは大空に飛び立ったのだった。

 気持ちのいい爽やかな風があたしの頬を撫でた気がした。



 ▪️▪️▪️

「え? お姉様が?」

「ああ。書き置きと離婚届が私の机に置いてあった」

「そんな。家出をしてどこに行くというんでしょう。お姉様ったらバカね」

「君の家の領地ではないのか?」

「パトリック様。誰か手引きをした者がいない限りお姉様お一人で領地まで辿り着けるとは思いませんわ。うちの領地までの距離、ご存じでしょう?」

「まあ、そうだな。屋敷から消えたのはセリーヌだけだ。侍女も侍従も誰一人欠けていなかった。供も連れずに一人でそんな遠くまで行けるとも思えないか」

「それよりも。お姉様ったら身の回りの宝石類は持ち出していらっしゃった? それをお金に変えていらっしゃったらそこから行方を追えますわ」

「そうだな。とにかくそのあたりは警護署に届けておこう。我が屋敷から盗まれた高価な宝飾品を売りに来た不審な人物ということであれば、役所も真剣に捜索するだろうさ」

「でも、どうして。パトリック様はどうしてそんなにお姉様に執着なさるのです? 愛してなどいなかったのでしょう?」

 黙り込むパトリックの顔を覗き込むようにして。

「もう、いいのではないですか? お姉様が離婚届を置いていったのなら正式な離縁ができますわ。わたくしが後妻になれば、我が家とアルシェード公爵家との関係も壊れませんし」

 とそうにこりと笑みをこぼすマリアンネ。

「いや……。あれにはまだ使い道があるのだよ。わかっておくれマリアンネ。私が愛しているのはあれではなく君なのだから」

「いやだわ。あれ、だなんて。パトリック様。信じていますわ」

 パトリックの胸に頬をよせ甘えて見せる。
 その瞳の奥にはしかし甘えて見せる姿とは裏腹に、邪な光が映っていた。
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