わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠

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突入。

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 王宮での、あのアナスターシアと天使の活躍の一件で前世の記憶を無くしたカナリヤとほぼ同時期にやはり自分がしでかした事に対する記憶を失った男爵は、ナリスに対してもひたすら卑屈に首を垂れるだけであった。

「本日はどのようなご用件で……ああ滅相もございません私は殿下に楯突くような真似をするつもりはありません。屋敷の中でしたら存分にお調べくださって結構ですのでどうかお咎めは……」

 ヴァレリウスを筆頭に数人の魔道士を引き連れたナリスの一行を出迎えたロッテンマイヤー男爵。

 先触れによってナリス王子が訪れることを知った男爵は、その噴き出す汗を拭うように手で押さえながら首を垂れ彼らを出迎えた。

 事件についての調べはかなり厳しいものであったとのこと。
 それでも演技ではなく本当に何もわからなくなっていると証明され解放された男爵は、その後もひたすら周囲に怯えて過ごしていると聞く。
 前世の記憶がすっかりと消え普通の少女となったことで、割とあっけらかんとして過ごしているカナリヤに慰められ、それが唯一の心の支えなのだとのことだった。

「この屋敷の地下室を調べさせてもらう。不測の事態が起きるやも知れぬから、屋敷のものは全て一箇所に留まっているように」

 ヴァレリウスがそう宣言する。

「しかし、あの地下室は開かずの間。私も幼い頃より出入りをしたことが記憶にございません。果たしてあの扉はもはや開けることは叶わぬものと」

 そう目を見開き答える男爵。その言葉には嘘偽りなどの影は見えなかった。

「ああ、それは問題ない。悪いが強制的に扉を排除させてもらう」

「ああ恐ろしいことを。そんなことをすればこの屋敷ごと潰れてしまうのでは……」

「心配は無用だ。魔道士によって屋敷が崩れることがないよう結界をはっての作業となる。そうだな、全員をロビーに集めるといい。大人しくしていればお前たちの安全も保証しよう」

 見張りの意味もこめ数人をその場に残し、ナリスたちは地下まで向かう。

 地下室へと続く扉がある部屋には明かりもなく、廊下の光がわずかに洩れるのみ。

『ライト』『シール』
 右手にいた魔道士がライトの魔法を唱え、左手にいた魔道士が建物を保護する魔法を放つ。

 目の前の開かずの扉には確かに簡単には開かないよう結界がかけられていた。
 楔のような紋様が浮かび、その扉を覆っている。

「ヴァレリウス。結界の解除は可能か」

「はい、ナリス様。この程度でしたら。少々派手になりますが」

 そういうと、右手に黒い塊を生成するヴァレリウス。

「魔法の解除ではなく力ずくで排除するか」

「ええ。そのほうが時間がかかりませんし」

 解除であれば術式を調べるところから始めなければならない。
 が、そんな暇は無い。それがヴァレリウスの言い分だった。

『ブラドボール!』
 詠唱もそこそこにヴァレリウスの右手から放たれる漆黒の玉。
 それはゆったりとしたスピードで目の前の楔に絡まれた様相の扉に触れると、一瞬でその扉をその周囲の壁ごと消し去った。
 その影響か、ギシギシと部屋が揺れる。
 それでも、シールの魔法で保護されたおかげか、屋敷全体にはそれほど影響がない様子だった。

「よし、行くぞ」

 そういうナリスの号令と共に、一行はその奥へと踏み込んだ。
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