わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠

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王太子。

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 彼女のことは愛称で、アーシャと呼んで。


「大きくなったらボク、アーシャと結婚する!」
「ふふ。じゃぁナリスお兄様はあたしがお嫁さんにもらってあげるよ」
「もう、それじゃ逆だよ」
 そんなふうに二人で笑い転げて。

 多分、ナリスが幸せだと感じることができたのはこの時期までだったかもしれない。


 父ウイリアムスが即位し国王となったことで、周囲の環境は変わった。
 母は離宮に追いやられ、ナリスもマギウスも母から引き離され王子宮で独立して暮らすこととなり。
 そして。
 王太子が選定される日が決まった。

 この国の王太子は王の独断では決まらない。
 王位継承権を保持する四大公爵家の承認と、重臣たちの半数以上の賛成が必要となる。
 王が即位したその時に世継ぎとなる王子が一人しか生まれていない場合は、その王子が王太子となるのに反対意見が出ることは稀だ。
 万一子のいない王が即位した場合、その王に子が生まれるまでは王弟や王位継承権一位の公爵が立太子の儀を執り行う場合もある。
 その場合、王に世継ぎの子が生まれた暁には、改めて王太子の選定を執り行う。

 今回のように候補が四人いる場合、公爵家や重臣に対しての根回しが済んでからの選定となるのだが、王が選んだ王太子は三男のレムレスであった。


 正妃マルガレッタは宰相でもあるオルレアン公爵の娘であったので、その息子である長子ロムスか三男レムレスのどちらかが王太子に選ばれると思われていた。
 ロムスであれば、誰も何も言わなかっただろう。
 しかし、マルガレッタは三男レムレスを溺愛し、その愛しいレムレスをどうしても王太子の座につけたいと願ったのだった。

 武術の才に恵まれたロムスは体力は申し分ないものの魔力特性値が低く、無骨で口下手で、貴族院の成績もぱっとしなかった。
 反面、次男ナリスは周囲に対してそつがなく、成績も常に首位。天才ともよばれたその才覚を惜しむ声が重臣よりきかれ。
 四男マギウスは、幼いながらもその魔力量が王族一高いと判定され、聖女エデリーンの再来かと将来を嘱望されていた。

 そんな中。

 三男レムレスは、まだ貴族院幼稚舎に入ったばかりで特にどんな才能があるとも知れず。
 ひよこの羽のようにポワポワとした金色の髪が可愛らしい、愛らしい子供。
 そうとしか表現のしようがない、至って凡庸な少年だった。
 しかし。
 いくらマルガレッタが「この子は性根が優しいので良い王になりますわ」と言ったとしても。
 オルレアン公爵家の後ろ盾があったとしても。
 それだけでは重臣を納得させるには足りなかった。

 そこでウイリアムス王が目をつけたのが、アナスターシアだったのだ。

 経済的に国内随一とも呼ばれる領地アルルカンドを有し、国の騎士団をまとめ上げる騎士団長を代々世襲するサイラス・スタンフォード侯爵を父にもち。
 先般の魔力災害の折に尽力し、その功績を讃えられ大聖女の称号を賜ったほどの魔法の才をもつ母シルフィーナの血を受け継ぐ彼女。

 アナスターシアをレムレスの婚約者として迎える。

 王のこの一言で、レムレスの立太子に反対するものはもう居なかった。


 絶望に沈んだナリス以外には。
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