わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠

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ナリス。

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「逃げられた、ということか」

 ナリス・ド・アルメルセデスは自身の執務室として使っている王宮の一室で、そう囁くようにつぶやいた。

「ですね。残念ながら男爵からも禁忌の魔法陣に関する記憶がすっかりと消えてたから」

 入り口近くの1人がけソファーにどっかりと腰掛けた亜麻色の髪の少年がそう答える。

「それは、自己暗示や一時的なものではなく?」

「アグリッパ様の見立てでは、男爵の魂にはもう魔の気配すら残されていなかったそうですよ」

「なるほど、な」

 ナリスはそっと椅子から立ち上がり、窓のカーテンを閉める。
 部屋の中には灯りは無く、遮られた陽の光が一筋漏れた。

 取り調べの結果、関係者の全てから今回の禁忌の魔法陣に関する情報は消え去っていた。
 カナリヤ嬢からもレムレスからも、そういった記憶は一切消えていた。
 ただそれはアナスターシアの中にいる天使の力だというのは彼女の証言からも窺える。
 しかし、そのほかの関係者、特にロッテンマイヤー男爵に関して、周囲をあらかじめ手のものに警戒させていたにも関わらず、事件の後に忽然と全ての証拠が消え去った事実に関しては。
 それはまた、この事件に関わる真の黒幕が存在するのだろうという結論が垣間みえ。

「それにしても、カナリヤからは前世の記憶らしきものまですっかりと消えてしまっていたらしい。そちらのほうはどういう理屈か一度かの天使に目通りが叶えば聞いてみたいものだがな」

「二人から抜き去ったという魔の塊はどうしてしまったんですかね?」

「まあそれも気になるところだが」

「ああ、ところで兄様。レムレス兄さんは当面僕の監視下にいれるから」

「ああ、かまわないさ。マギウス」

 マギウスと呼ばれた少年はその亜麻色の髪をフサッとかきあげて。

「ナリス兄様ほど冷酷にはなれないよ。あれでも同じ父の血を受け継いだ兄弟だもの。そういえば、王太子はロムス兄に譲るわけ?」

 ナリスは、カーテンで遮った陽の光を少しだけ開けて。

「王というものは担ぎあげるだけ軽い方がいいというものさ」

 と、逆光になったその顔の、表情を見せないように。
 そう吐き捨てる。

「また。そういうことをいう。でもまあロムス兄さんは王家の人間としては優しすぎるからね。確かに武術の才はあるけど、実際には子山羊一匹手にかけることもできない性格じゃないか。
 女性に対しても一緒。奥手すぎてどうしようもない」

「お前もそうとう辛辣だな」

「兄様にそう教育されてきたからね。多少毒舌にもなるってものさ」

 部屋の中には影に控えるヴァレリウスのみ。

(こんな会話、アナスターシアさんには聞かせられないよね)

 マギウスはナリスには聞こえないようそう独りごち。

「じゃぁ僕はいくよ。兄様も無理はしないで」

 と、部屋を後にした。
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