わたくし、お飾り聖女じゃありません!

友坂 悠

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子供の頃の、あの思い出の日々。

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「アナスターシア、いる?」

 コンコンとドアがノックされ、そんな声が聞こえました。

 って、もしかして。

 カチャンとドアを開けてみると、そこには第二王子であるナリス・ド・アルメルセデス殿下がいらっしゃいました。

 青みがかった銀の髪を肩までおろし、すっと切長な碧い聖なる瞳をこちらに向ける彼。
 ポワポワな薄い金色の髪のレムレス様とは対照的な美丈夫で。
 すっと背も高く、知的なその口元から奏でられるお声は耳元に素敵に響く。
 ああ。
 レムレス様には悪いけど、わたくし幼い頃はずっとナリス様に恋焦がれていたのです。

「どうなさったのですか? ナリス様」

 いきなり訪ねてきてくださったのはすごく嬉しくて。でも、ずっと不義理をしてしまっていた初恋の人。

「どうなさった、じゃないよ。わたしは君が心配でここまで訪ねてきたんじゃないか」

 え?

「広場の祭壇前での騒ぎ、聞いたよ。大変だったね」

 そう優しくこちらを見る彼に。

 わたくしは我慢ができなくなって。

「ごめんなさいナリス様、わたくし、ナリス様に優しくされるような立場じゃないのに……」

 思わず抱きついて。涙が溢れるのを止められなかった。

「いいよ。泣きたいだけ泣きな。よく我慢したね」

 そうわたくしの頭を撫でてくれるナリス様。

 そう、子供の頃の、あの思い出の日々のように……。


 ♢

 わたくしのお母様とナリス様のお母様フランソワ様は従姉妹同士で。
 幼い頃、フランソワ様が聖都のスタンフォード侯爵家にいらっしゃる時に、よく一緒にいらっしゃったナリス様。
 小さい頃のナリス様はほんとお人形のように綺麗で。
 王子様というより王女様のようで、綺麗なお姉様ができたようでとても嬉しくてよく遊んで貰ってたのを覚えている。

 騎士団長を父にもつわたくしはお父様とよくお庭で剣術の真似をして遊んでいたから、どちらかと言ったらわたくしの方が男の子みたいに見えていたかも知れない。

 お屋敷のお庭でかくれんぼをしたり鬼ごっこをしたり。
 そんな遊びをしたがるのもわたくしの方だった。
 ナリス様はわたくしの事をアーシャと呼んで。
 わたくしはお姉様と呼びたかったのを流石に自重し、ナリスお兄様って呼んでいたっけ。

「大きくなったらボク、アーシャと結婚する!」
「ふふ。じゃぁナリスお兄様はあたしがお嫁さんにもらってあげるよ」
「もう、それじゃ逆だよ」
 そんなふうに二人で笑い転げて。楽しかった。

 あまりにもお転婆だったわたくしは貴族院の幼稚舎で仲間はずれになってしまった事があって。
 同性のお友達が出来なくて、男の子には意地悪を言われて。

 もうあたし、がっこう行きたくない!
 そう駄々をこねてお庭の隅っこで座りこんで泣いていると。
 いつのまにか隣に居てくれたナリス様。

 わたくしが泣き止むまで黙って隣に座っていてくれて。
 そうしてようやく泣き止んだところで。
「よく頑張ったね」
 と、そうわたくしの頭を撫でてくれたナリス様。
 その手があたたかくて。
 すごく心地よかった。

 思えばあれがわたくしの初恋で。
 そのあとしばらくの間、ナリス様に撫でて貰いたくて猫のように擦り寄って甘えたわたくし。

 あの頃が一番幸せだったな。
 そう思う。

 レムレス様との婚約話が進んだ後は、婚約者がいる身で他の男性と仲良くしてはいけないと。
 そう何処かで言われたのをきっかけに、ナリス様とは疎遠になった。
 あからさまに避けてしまったこともあった。
 貰ったお手紙に、プレゼントに、ごめんなさいと手紙を書いた。
 悲しかったけどしょうがない。そう思っていたのに。

 ♢
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