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【Side】ラインハルト。
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ラインハルト・トランジッタには幼い頃からの婚約者がいた。
ワンマンな祖父ブラウドが決めたその婚約相手は公爵令嬢であるという。
物心ついたときから貴族の心得を叩き込まれてきたラインハルトにとって、政略的な婚約者だろうがそんなものはどうでも良かった。
父や母は祖父に逆らわないだけが取り柄の凡庸な性格で、人としての愛情よりも貴族としての体裁を重んじる人物であったから、彼ラインハルトにしても表向きはそう、当たり障りのない温厚な仮面をいつのまにか被って育ったのだった。
そんなラインハルトが恋をした。
相手は祖父同士の親睦パーティーの場にいた小さな少女。
ほぼ身内ばかりのファミリーパーティーだからと連れて行かれたその屋敷、エルグランデ公爵家の庭園での食事会の席で。
少し年下のかわいらしい彼女。
満開に咲いた笑顔がラインハルトの心を捉えて離さなくて。
まだその少女があまりに幼かったせいだろうか、婚約者だという会話はそこでは出なかったけれど。
ああ、彼女が自分の婚約者なのだな、と。そう納得して。嬉しく思ったのだった。
その後。
婚約者であるというのにその少女となかなか会うことができずに歯痒く思っていたものだったのだが、久々に会うことが叶った時、ラインハルトは愕然とした。
彼女から、笑顔が消えていたのだ。
恋焦がれた笑みが消え別人のような顔になってしまっていたアリーシア。
病弱だった母親が亡くなったというのはきこえていた。
それが原因か?
悲しみが癒えなければあの笑顔が戻ってくることはないのだろうか。
それならば。
彼女は自分が守ってやらなければ。
そう誓った。
いつの日か、あの笑顔を取り戻してやる、と。
♢ ♢ ♢
祖父ブラウドが他界した後、家業があっという間に傾いていったのはラインハルトにもわかるほどだった。
父親には商才がない。
祖父がいつもそう叱咤していたのも知っていた。
ワンマンな祖父にしても、まだ自身の後継者など早い、そう思っていたのだろう。
それともどこかで後継者を育てていたのか?
そんなラインハルトの疑問が解消したのはエルグランデ家からの婚姻の申し出があった後だった。
婚姻の条件は、商会の経営を妻となるアリーシアに託すこと、だったから。
結婚式のその日にも笑顔一つ見せないアリーシア。
「あなた様に精一杯尽くさせていただきます」
初めての夜、ベッドの上でそう言って頭を下げる彼女。
いかにも貞淑な令嬢、として。
夫をたて、ひたすら尽くすよう躾けられてきた、そんな気がして気持ちが悪くなる。
ああ、彼女は自分が恋したあの少女とは違ってしまったのだろうか。
そう落胆もあって、
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」
思わずそんな台詞が喉から出ていた。
ワンマンな祖父ブラウドが決めたその婚約相手は公爵令嬢であるという。
物心ついたときから貴族の心得を叩き込まれてきたラインハルトにとって、政略的な婚約者だろうがそんなものはどうでも良かった。
父や母は祖父に逆らわないだけが取り柄の凡庸な性格で、人としての愛情よりも貴族としての体裁を重んじる人物であったから、彼ラインハルトにしても表向きはそう、当たり障りのない温厚な仮面をいつのまにか被って育ったのだった。
そんなラインハルトが恋をした。
相手は祖父同士の親睦パーティーの場にいた小さな少女。
ほぼ身内ばかりのファミリーパーティーだからと連れて行かれたその屋敷、エルグランデ公爵家の庭園での食事会の席で。
少し年下のかわいらしい彼女。
満開に咲いた笑顔がラインハルトの心を捉えて離さなくて。
まだその少女があまりに幼かったせいだろうか、婚約者だという会話はそこでは出なかったけれど。
ああ、彼女が自分の婚約者なのだな、と。そう納得して。嬉しく思ったのだった。
その後。
婚約者であるというのにその少女となかなか会うことができずに歯痒く思っていたものだったのだが、久々に会うことが叶った時、ラインハルトは愕然とした。
彼女から、笑顔が消えていたのだ。
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それが原因か?
悲しみが癒えなければあの笑顔が戻ってくることはないのだろうか。
それならば。
彼女は自分が守ってやらなければ。
そう誓った。
いつの日か、あの笑顔を取り戻してやる、と。
♢ ♢ ♢
祖父ブラウドが他界した後、家業があっという間に傾いていったのはラインハルトにもわかるほどだった。
父親には商才がない。
祖父がいつもそう叱咤していたのも知っていた。
ワンマンな祖父にしても、まだ自身の後継者など早い、そう思っていたのだろう。
それともどこかで後継者を育てていたのか?
そんなラインハルトの疑問が解消したのはエルグランデ家からの婚姻の申し出があった後だった。
婚姻の条件は、商会の経営を妻となるアリーシアに託すこと、だったから。
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夫をたて、ひたすら尽くすよう躾けられてきた、そんな気がして気持ちが悪くなる。
ああ、彼女は自分が恋したあの少女とは違ってしまったのだろうか。
そう落胆もあって、
「君はまだ幼い、私は君を大事にしたいのだ」
思わずそんな台詞が喉から出ていた。
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