しんとりかえばや。

友坂 悠

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おもうさま。

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「あああ、お前たち、帰ったのか。心配した。心配したのだよ。お前たちが世を儚んで橋から飛び降りる夢を何度見たことか。その度に水行をして二人の安堵を祈っておったのだよ……」

 およよよとにいさまに寄りかかりその手を掴むおもうさま。
 にいさまは一足先に自室に戻り、装束を変え髪も纏め男姿に戻っていた。
 だからおもうさまにとっては失踪する前そのままのにいさまだ。
 わたしにはそんなふうにしないところを見ても、おもうさまはやっぱり心のどこかでにいさまを息子扱いしているのだろう。
 わたしにはちゃんと女性と接する時のように距離を保っている。

 それにしても。
 おもうさま、痩せた?
 食事も喉を通らないほど心配してくれたのだろうか。
 だったらほんと申し訳なかったな。
 一応、わたしたちの行き先はちゃんと把握はしていたのであろうっていうのは行く先々で感じていたけれど、それでも。
 確かに、世を儚んで、っていうのはあり得る事だった。
 だからね。
「おもうさま。ごめんなさい。心配かけて」
 にいさまも、わたしも、二人してそう声にしてた。


 ♢ ♢ ♢

「あかんあかん、それだけはだめや。お前のことは不憫に思っている、だけれどダメや。主上をたばかることだけは絶対に許すことはできん」

 いつもおっとりした話し方をなさるおもうさまにしては随分と口調も乱れ、強く反対された。

「それでも、帝はわたくしをそのままのわたくしでいいと仰っておいでなのです。子は成さなくてもいい、そばにいてほしいと仰ってくださいました……」

 わたしは自分たちの秘密が帝にはバレていること。それでもにいさまにはそのまま殿上するように、わたしにも后になってほしいとおっしゃられたこと、ゆっくりと説明して。
 最後にそう、付け加えて。

 帝の秘密までは話せなかった。流石にそれを御本人の口からではなく明かすのは憚られて。

「なんと、帝が男色やったとは……。皇子ができぬのもそのためだとは……。しかし、良いのか? 其方は。男の体で入内して、本当に後悔せんのか?」

「ええ。おもうさま。わたくしは帝のお側にいたいのです。あのかたの、心を癒して差し上げたいのです」

「まぁ、なら、仕方ない。お前が生きながらえたのも仏のお告げのおかげ。今のお前の運命も、仏の指し示すものかもしれまへんな……。ああ、わかった。お前たちの好きにするがいい」

「ありがとうおもうさま!」

 わたしは扇をとり落としおもうさまに抱きついた。はしたないとかそんなこと、もう考えている余裕はなかった。
 おもうさまに、初めて一人の人間として認められた気がして嬉しくて。

 目を白黒させているおもうさまに、大好きですと囁いたのだった。




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