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月が綺麗ですね。
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御祖母様はけっこう奔放な方で、わたしも割と自由にさせて貰えてた。
普段は小納言とおはなししたりおはなしを書いたり。
空を眺めたり風を感じたり。
春はツクシ。
梅雨にはカエルをみて。
夏には氷を取り寄せて削って甘葛をかけて食べ。
吉野は京よりも過ごしやすい。
じきにすずしくなってきたある日。
御祖母様、今夜はお知り合いの方達と月を観ながらの歌会との事で、家人を引き連れ総出で出かけて行った。
わたしも誘われたのだけど流石にもう人前には出たくないので丁重にお断りして。
どうせ月を観るなら……。
あの、ここに来るときに見た奈良湖へ行こう。湖って言ってもちょっと大きな池だけど、あの水の神秘的な色合いはきっと望月に似合う。
少納言と虎徹だけは一緒にいてくれたので、二人を誘ってお団子持って。
柚子をお酒で漬けた柚子酒を冷たい井戸水で割った柚子ジュース。アルコールは薄めで美味しく出来たので、それを水筒で持って行こう。
うん。
奈良湖にはあれから時々訪れていたから道に迷うこともなく、わたし達は月が天空に掛かる前に湖のほとりに到着した。
あの、公達に助けられた岩場の上に茣蓙を敷いて、その上で座って。
一緒に観ましょうと誘ったけれど、虎徹だけは少し離れた位置に控え警護の姿勢を崩さなかった。
まあ、しょうがないなぁ。
空が、薄紫で染め上げられた。雲はあるけれどそれは月を隠すこともなく。程よい景観を形作っている。
月明かりはまるで空気のレンズで集められたかのように湖に注ぎ、そして湖面に空よりも大きな望月を写し出していた。
中空に浮かぶ月は眩く、手を伸ばせば届くかと錯覚する。
ああ。やっぱりここは最高だ。
ついこの間までは蝉の声しか聞こえなかったのに、今夜はリーンリーンと響く鈴のような音色。
美味しい柚子酒を舐めながら、飾ったお団子を摘む。
「幸せって、こういうことをいうのかな」
そう呟くと、少納言も、
「確かにいいですよねーこういうの」
と、いいつつお団子に手を伸ばす。
「あ、でも、姫さまはもっと幸せになってもいいとおもうのですよ?」
そう言ってくれる少納言に、少し感謝した。
まったりと月を眺めて幸せに浸って。しばらくぼーっとしていたその時。
ガサ、っと下草を踏みしめ人が現れた。
「ああ、先客が居ましたか。失礼しました」
その通る声と煌びやかな笑顔。
わたしを助けてくれた、あの時の公達がそこに居た。
☆
木々の隙間から眩いくらいの月の光が漏れ降ってくる。
やはりこちらで観るのが良さそうだ。そう、令は思う。
抜け出してここに来るのに供一人、それも身分の低い侍(さぶらい)一人ではとおつきのものたちには反対されるので、今日も黙って抜け出してきている。
まあ、後を継ぐのは甥に任せておけばいい。自分は中継ぎで良い。そう常々考えているせいか、自分のことにはけっこう自暴自棄な所があるなあ。とは、自覚してはいるのだが。
九郎が茂みの向こうの人影に気がつき、
「お待ちを」
と、先行する。
どうやら先客があったらしい。どうするか? 一瞬ためらうも、この機会を逃すともう次はいつこの望月をのぞめるか。
できればこのまま先に進みたい、そう思う令であった。
しばらくして戻ってきた九郎。彼は、平氏の棟梁の家系で現在の棟梁の末子である。かなり優秀なので重宝してこういう場所にも常に供として随伴させているのだが。
「目的の場所には既に先客が、それも女子が二人。護衛についていた一族のものによると、吉野に住むとある貴族の姫だそうです。身分は明かされなかったのですが……。如何しましょう?」
「ああ。出来ればこのまま向かいたいな。互いに身分をあかしさえしなければ問題はないか」
顔を出してみて拒否されるようなら諦めよう、そんなに難しく考えることでもないかとそのまま歩みを進める。
九郎の一族の者が控えるその横を通り、絶景の岩場に辿り着いた。
まあ、一族の者であれば調べれば何処に従事しているかくらいはわかるのだろうが、そこはそれ。主人に忠実で使命を守秘する侍(さぶらい)であるからこそ、これだけいろいろな貴族に重宝されるというものだ、と。そう思いながら。
薮を抜けるとそこにはまさに絶景があった。
眩く揺らめく上下の望月、そして、月の光が降り注ぐその場所にいる美しい人。
もう一人の女房には見覚えがあるような気がしたが。
記憶を探ってみると、一年前の出来事が思い出された。
あのとき主人を探していたのはこの女房ではなかったか。
湖に沈むように横たわった、あの人を探していたのは。
まるで弥勒がそこにいるかと錯覚し、そしてそれが人だと気がついて慌てて助けたあの時の。
「ああ、先客が居ましたか。失礼しました」
わかっていたのにそれをそう思わせないよう取り繕い、令はそう、話しかけた。
目の前の姫は振り向いた時に一瞬だけみえたその美しい顔立ちを、すぐに扇で覆ってしまった。
「どういたしましょう、お邪魔であれば立ち去りますがこの見事な絶景をもう少しだけでも愉しませては下さいませんか?」
そう控えめに話す。
扇の裏で姫と女房は二、三言葉を交わすと、
「せっかくのこの望月、私共だけで独り占めするのも無粋ですし。宜しければこちらに同席くださいませ」
そう、女房の方が伝えてきた。
「では」
と、遠慮がちに茣蓙に腰掛けると令は改めて隣に座る姫を見る。
艶のある綺麗な髪に流れるような顔の線。扇に隠れてはいるもののそこここに見えるその容姿は雅で、とても吉野に隠れ棲む姫君とは思えない。
「ありがとう御座います。ああ、月が綺麗ですね」
そうにこりと笑ってみせる。動揺を隠すのが精一杯だった。
☆
「わー、どうしようどうしよう、あの時の公達だよ。どこかの宮様か院の御曹司? たぶんそんな感じの身分の方じゃないかな?」
「姫様落ち着いて。兎に角追い返すのは不味いですね……。とりあえず同席して貰って、頃合いをみてわたし達の方が引き上げませんか?」
「うん。そうしよう……。お願い」
少納言がなんとか無難に答えると、公達はそそっと茣蓙に上がりわたしの隣に座った。
ええ?
少納言の側の方が広いのに。
思いっきり見られてるし、近いよ。ああ、もう心臓がもたない。
ドキドキしている音が聞こえるんじゃないかとおもうくらい、わたしは焦っていた。
と、「ああ、月が綺麗ですね」 って、思いっきり好みの声が耳元に響いて。
恥ずかしくて恥ずかしくて、混乱したわたしは思わず扇を空に掲げ、
「ええ、綺麗ですね。今なら手を伸ばせば届くかも」
そう呟いていた。
普段は小納言とおはなししたりおはなしを書いたり。
空を眺めたり風を感じたり。
春はツクシ。
梅雨にはカエルをみて。
夏には氷を取り寄せて削って甘葛をかけて食べ。
吉野は京よりも過ごしやすい。
じきにすずしくなってきたある日。
御祖母様、今夜はお知り合いの方達と月を観ながらの歌会との事で、家人を引き連れ総出で出かけて行った。
わたしも誘われたのだけど流石にもう人前には出たくないので丁重にお断りして。
どうせ月を観るなら……。
あの、ここに来るときに見た奈良湖へ行こう。湖って言ってもちょっと大きな池だけど、あの水の神秘的な色合いはきっと望月に似合う。
少納言と虎徹だけは一緒にいてくれたので、二人を誘ってお団子持って。
柚子をお酒で漬けた柚子酒を冷たい井戸水で割った柚子ジュース。アルコールは薄めで美味しく出来たので、それを水筒で持って行こう。
うん。
奈良湖にはあれから時々訪れていたから道に迷うこともなく、わたし達は月が天空に掛かる前に湖のほとりに到着した。
あの、公達に助けられた岩場の上に茣蓙を敷いて、その上で座って。
一緒に観ましょうと誘ったけれど、虎徹だけは少し離れた位置に控え警護の姿勢を崩さなかった。
まあ、しょうがないなぁ。
空が、薄紫で染め上げられた。雲はあるけれどそれは月を隠すこともなく。程よい景観を形作っている。
月明かりはまるで空気のレンズで集められたかのように湖に注ぎ、そして湖面に空よりも大きな望月を写し出していた。
中空に浮かぶ月は眩く、手を伸ばせば届くかと錯覚する。
ああ。やっぱりここは最高だ。
ついこの間までは蝉の声しか聞こえなかったのに、今夜はリーンリーンと響く鈴のような音色。
美味しい柚子酒を舐めながら、飾ったお団子を摘む。
「幸せって、こういうことをいうのかな」
そう呟くと、少納言も、
「確かにいいですよねーこういうの」
と、いいつつお団子に手を伸ばす。
「あ、でも、姫さまはもっと幸せになってもいいとおもうのですよ?」
そう言ってくれる少納言に、少し感謝した。
まったりと月を眺めて幸せに浸って。しばらくぼーっとしていたその時。
ガサ、っと下草を踏みしめ人が現れた。
「ああ、先客が居ましたか。失礼しました」
その通る声と煌びやかな笑顔。
わたしを助けてくれた、あの時の公達がそこに居た。
☆
木々の隙間から眩いくらいの月の光が漏れ降ってくる。
やはりこちらで観るのが良さそうだ。そう、令は思う。
抜け出してここに来るのに供一人、それも身分の低い侍(さぶらい)一人ではとおつきのものたちには反対されるので、今日も黙って抜け出してきている。
まあ、後を継ぐのは甥に任せておけばいい。自分は中継ぎで良い。そう常々考えているせいか、自分のことにはけっこう自暴自棄な所があるなあ。とは、自覚してはいるのだが。
九郎が茂みの向こうの人影に気がつき、
「お待ちを」
と、先行する。
どうやら先客があったらしい。どうするか? 一瞬ためらうも、この機会を逃すともう次はいつこの望月をのぞめるか。
できればこのまま先に進みたい、そう思う令であった。
しばらくして戻ってきた九郎。彼は、平氏の棟梁の家系で現在の棟梁の末子である。かなり優秀なので重宝してこういう場所にも常に供として随伴させているのだが。
「目的の場所には既に先客が、それも女子が二人。護衛についていた一族のものによると、吉野に住むとある貴族の姫だそうです。身分は明かされなかったのですが……。如何しましょう?」
「ああ。出来ればこのまま向かいたいな。互いに身分をあかしさえしなければ問題はないか」
顔を出してみて拒否されるようなら諦めよう、そんなに難しく考えることでもないかとそのまま歩みを進める。
九郎の一族の者が控えるその横を通り、絶景の岩場に辿り着いた。
まあ、一族の者であれば調べれば何処に従事しているかくらいはわかるのだろうが、そこはそれ。主人に忠実で使命を守秘する侍(さぶらい)であるからこそ、これだけいろいろな貴族に重宝されるというものだ、と。そう思いながら。
薮を抜けるとそこにはまさに絶景があった。
眩く揺らめく上下の望月、そして、月の光が降り注ぐその場所にいる美しい人。
もう一人の女房には見覚えがあるような気がしたが。
記憶を探ってみると、一年前の出来事が思い出された。
あのとき主人を探していたのはこの女房ではなかったか。
湖に沈むように横たわった、あの人を探していたのは。
まるで弥勒がそこにいるかと錯覚し、そしてそれが人だと気がついて慌てて助けたあの時の。
「ああ、先客が居ましたか。失礼しました」
わかっていたのにそれをそう思わせないよう取り繕い、令はそう、話しかけた。
目の前の姫は振り向いた時に一瞬だけみえたその美しい顔立ちを、すぐに扇で覆ってしまった。
「どういたしましょう、お邪魔であれば立ち去りますがこの見事な絶景をもう少しだけでも愉しませては下さいませんか?」
そう控えめに話す。
扇の裏で姫と女房は二、三言葉を交わすと、
「せっかくのこの望月、私共だけで独り占めするのも無粋ですし。宜しければこちらに同席くださいませ」
そう、女房の方が伝えてきた。
「では」
と、遠慮がちに茣蓙に腰掛けると令は改めて隣に座る姫を見る。
艶のある綺麗な髪に流れるような顔の線。扇に隠れてはいるもののそこここに見えるその容姿は雅で、とても吉野に隠れ棲む姫君とは思えない。
「ありがとう御座います。ああ、月が綺麗ですね」
そうにこりと笑ってみせる。動揺を隠すのが精一杯だった。
☆
「わー、どうしようどうしよう、あの時の公達だよ。どこかの宮様か院の御曹司? たぶんそんな感じの身分の方じゃないかな?」
「姫様落ち着いて。兎に角追い返すのは不味いですね……。とりあえず同席して貰って、頃合いをみてわたし達の方が引き上げませんか?」
「うん。そうしよう……。お願い」
少納言がなんとか無難に答えると、公達はそそっと茣蓙に上がりわたしの隣に座った。
ええ?
少納言の側の方が広いのに。
思いっきり見られてるし、近いよ。ああ、もう心臓がもたない。
ドキドキしている音が聞こえるんじゃないかとおもうくらい、わたしは焦っていた。
と、「ああ、月が綺麗ですね」 って、思いっきり好みの声が耳元に響いて。
恥ずかしくて恥ずかしくて、混乱したわたしは思わず扇を空に掲げ、
「ええ、綺麗ですね。今なら手を伸ばせば届くかも」
そう呟いていた。
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