しんとりかえばや。

友坂 悠

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春はあけぼの。

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 春はあけぼの。

 って清少納言さんだっけ。

 吉野の冬はけっこうゆきぶかい。ほとんどお家の中で過ごしてたからやっと雪溶けして表に出られるようになるのは嬉しい。

 朝日を見に庭に出ると、ふわんと春の風がわたしの頬を撫でていった。

 まだちょっと冷たいけど、冬の凍えるような刺さる寒さとは違う。

 優しい空気が辺りに満ちて。



 陽の光はだんだんと大きく登っていき、そして山肌に残る雪を白く光らせて行った。




 吉野の御祖母様の御住まいは割と簡素な庵で、家人もあまり居ない。

 わたしも暮らすならこれぐらいの所でいいなぁとか思うけど、そうすると一生家の援助が必要になるわけで。

 御父様が御存命のうちなら良いけれどその後は……。

 援助が無くなりあばらやで過ごすのは、寂しいな。



 ここでの暮らしもそろそろ半年。

 都にいた時のように豪奢な着物も着なくて良いし、わりと自分でなんでも出来るようにもなった。

 姫って生活でないかも? だけど、こんな感じの生き方の方がまだましなのかも。

 ただ。

 わたしももう十五になった。
 心は今でも乙女のつもりだけど、あいにく身体は言うことを聞かなくて。

 子供時代の虚弱体質が幸いし、今でも華奢でチビなおかげでそんなにおとこおとこした体型にはなってないものの、確実に二次性徴はやってきた。

 声は、これも、発声に気をつけ声変わりがわからない程でおさまっているけれど、少納言のような可愛い声じゃないのはかなしい。
 綺麗なお声ですよと少納言は言ってくれるけど、たぶんお世辞が半分だろうとは思うのだ。

 恋も仕事も望めない今のわたしにできる事はあらゆる書物の写本くらいで、もう源氏物語も枕草子も書き上げた。般若心経も阿弥陀経も諳んじられるくらいに覚えてるから、将来は田舎でこっそり僧にでもなって供物でも頂いて過ごすかな。小さな畑を耕しながら過ごすのも悪くない。

 と、すっかり心が枯れてたわたしなのですが、ひとつだけ趣味で楽しみにしていることがありまして。

 それは。

 少納言が書き綴る、『月明かり物語』というおはなし。

 あの奈良湖でのわたしと何処かの公達との出会いにインスピレーションを得て、という、

『女装して育つことになったとあるやんごとなき若君と、天子の皇子でありながら母系の権力が弱く冷遇されている宮さまとの、禁じられた恋』

 をテーマにした物語だ。
 まあ、前世で言えばBLジャンルかな。

 これがもう、とにかく面白い。

 一帖書き上げると読ませてくれるんだけど、もう続きがまちどうしくて仕方なくて。

 わたしがモデル? だという話だけど、わたしはこんなに素敵じゃない。

 だからこそ、こうなれたらいいな、って気持ちがより感情移入させてものがたりにのめり込めるのかも、しれないな。
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