しんとりかえばや。

友坂 悠

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初めての恋、みたいな。

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「まぁ綺麗な湖だこと」

 森の中の奥に入るとそこには小振りではあるが透き通るような湖があった。
 太古の昔から存在するかのような妖艶でそして神秘的なそれは、木漏れびを集めるようにキラキラと輝いて。

 今はこの一帯は盆地になっていてこの湖もまるで取り残された神秘の泉って雰囲気。
 昔はもしかしたらもっと低い土地だったのかも知れないな。

「虎徹、ちょっと周囲を警戒していてくださいな。わたくし少し水浴びをしていきます。決してこちらを覗いてはいけませんよ」

 水浴びといっても素っ裸になる訳じゃない。長襦袢には代えがあるから一枚くらい濡れてもだいじょうぶ、かな。

「じゃぁあたしも一緒に……」

「うーん、ごめん少納言も見張ってて、ほら、誰にも見られるわけにもいかないし」

「わかりましたよ姫様。じゃぁあたしはとくに虎徹がこっちを見ないよう、しっかり見張っていますね」

「ありがとう少納言」



 木の陰でするすると着物を脱ぎ、襦袢だけになるとわたしはゆっくりと水際に足をつける。
 ひんやりとした水が疲れた足を癒してくれるようだ。うん。
 ちょっと歩くと、少し奥に腰掛けるのにちょうどいい加減の岩場があるのがわかった。
 あそこで足をぶらぶら水につけるとすごく気持ち良さそうだ。
 わたしは水際を伝って歩いていった。

 流石に泳ぐのはきついかな。ざぶんと浸かっちゃうには少し冷たいな。
 そう思いながら滑らないよう気をつけていたつもりだったのだけど、後もう少しで岩場に到着する、と、思った瞬間。

 わたしは足を滑らせて、水面に転がった。



「大丈夫か?」

 はっと気がつくとわたしの顔を覗き込む公達。

「ああ、ありがとうございます……」

 わたしの身体は岩場の上に寝かされていた。髪も乱れ襦袢一枚で、ずいぶんな格好で。
 恥ずかしい……。

「気絶したお陰で水をあまり飲まなかったようだ。もう大丈夫かな」
 にっこり笑うその顔は、とても整って、高貴な雰囲気を醸し出している。
 どこの親王か院の血筋か、そんな感じ。

「しかし、そんな格好で水に入るなど、入水を疑われてもおかしくはないが……。まさかそなた、何か世を儚むことでもあったのか?」

 真っ直ぐのその瞳。何もかも見透かすかのようなそんな瞳に、わたしはすごく恥ずかしくて思わず顔を手で覆い。

「いえ……。旅の途中足が疲れ、水に浸け癒したいと思いまして……」

 と、消え入るような声で答える。

「ならよいが。まあなんだ。この世は捨てたものじゃないぞ。決して自分から命を粗末にするでないぞ」

 ちょっとニカっと笑顔になり、彼はそう諭すように口にする。

 ああ、完全に自殺と思われてるかな……。

「……瑠璃さまー。るりさまー……」

 あ、少納言が呼んでる。姿が消えて心配かけちゃったかな。

「ん? そなたもしや、瑠璃の少将か?」

 あ、まずい。兄様と顔なじみなのか?

「いえ……。わたくしは少将の従兄弟に御座います……。吉野に在住にて……」

 わたしは咄嗟に口からでまかせを。

「そうか。まあ、それではわたしは行く。くれぐれも早まるでないぞ」

 そう言いその公達はさっと岩場より飛び降り森の奥に消えた。

 うん。綺麗な人だったな。優しくて……。初めて見た同年代の公達に、わたしは……。

 ああ。でも。これでは完全に男だとバレるよね。
 肌にぴったりと貼りついた襦袢がわたしの身体の線を完全に浮き上がらせている。
 あの笑顔……。だめだだめだだめだ。向こうはわたしのことなんてただの男だと思ってるんだろうし……。

 ああ……。死にたい……。
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