しんとりかえばや。

友坂 悠

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春の月を眺めながら。

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「やっぱりわたしは夕顔が好きだな。あの儚さ。もうほんと理想」

「あたしは若紫がいいな。叶わぬ恋より最後は源氏の妻になる若紫の方が良くない? 知的で優雅でやっぱり最高だとおもうなぁ」

 春のうららかな陽射しが差し込むそんな気持ちのいい午後。

 わたしはそば付きの女房少納言とそんな源氏話で盛り上がったあと。

 畳に寝そべって猫のミケコを撫でながら、ねえ少納言と声をかけ。

「もし、もしもよ、好きな人が出来たのならわたしのことなんかいいからその人とちゃんと添い遂げてね」

 と、少し小声で呟くように話す。

 親戚筋でわたしの子供の頃からずっと一緒だった少納言。
 ほんとうを言うと、わたしはこの少納言が居なければなんにも出来ない。もう私生活全て頼りきりで、居なくなっちゃったらどうしようもなくなっちゃうから困るのだけれど。
 でも。
 こんなわたしなんかのためにこの子が犠牲になるなんてダメ。
 そん気持ちも強いのだ。

「そうですねぇ。姫様もそろそろ裳着ですし、無事殿方とご結婚なされたら私も考えますかねえ」

 ちょっっ!

「ちょっと待って少納言! そんなの、無理に決まってるでしょ! わたし、男の子なんだよ!? 身体は」

「男の子だからって無理って決めつけはいけないですよー。もしかしたらそんな姫様を受け入れてくれる殿方が現れるかもですしー」

「うっきゅう……。もう、少納言。あなたすっかり物語に毒されてない? 男色のお話はいっぱあるけど、現実に結婚となると難しいでしょ?」

「そうですかねー。って、私は姫様には幸せになってもらいたいだけなんですけどね」



 とうを四つも過ぎた今となってはもう男の子として生きるのは諦めた。
 っていうか、まぁ、無理?
 おたあさまが許さないしわたしも望まない。
 せっかく生まれ変わったんだから、この人生もちゃんと生きなきゃ、楽しまなきゃ、とは思ってるんだけどなかなかね。


 わたし、瑠璃。
 一応摂関家の姫ってことになってるけど実は男の子。
 身体の弱かったわたしはおたあさまによって女の子として育てられ、なんとかここまで生きてきた。

 今にも儚くなりそうだと言われ続け早十四年。最近じゃもう熱を出して寝込むことも少なくなったし少しは元気になってきたかな?

 でも。


 夕方。

 そろそろ日がかけてきたので御簾を下ろして蔀を閉じる。

 夕食は干し鮑に鰯の煮付け。お米が食べられるのは嬉しい。蕪のあつものはひしお仕立て。ちょっとしょっぱい。

 配膳は少納言がやってくれるのでわたしはとりあえず待つだけだ。

 この世界、位の高い女性ほどあまり動かないってきまりらしい。筋肉なんかつかないよね。

 その上こんな着物、いっぱい重ねて着てるからもう重くって。

 わたし、ほとんど動けないかも。

 このままじゃいけないとは思ってるんだけど無理するとお熱が出たら大変と、身の回りのことは全部少納言がやってくれるからそれに甘えてる。

 ゆったり座るか寝そべるか、ねこを撫でるかしてないかも。


 ご飯を食べ終わって外を見るとそろそろ月が昇ってきてた。

 少納言が月が見えるよう、その部分だけ御簾を開けてくれて。

 ああ。

 わたしほんとにこのままでいいのかな。

 月を眺めながらそんなこともつらつらと考えてた。
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