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貢物。
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わたくしの実家はメルクマール聖王国。
小さな小さな人類域の、一応その中心に位置する古い国だ。
王は祭主を兼ね、人々の信仰を集めている。亡くなったお母様は聖女だったしお姉さまも聖女として国中から尊敬されている。
人類域のすぐ隣には広大な獣人たちの国があった。それが今わたくしがいるここ、獣帝国ザラカディアだ。
過去には帝国と人類域の国家の間で戦争になったこともあった。それでも、もうとっくにその戦力差は開ききり。
もう今では人の世界の力では帝国に刃向かうことすらできなくなってしまっていた。
獣人たちの腕力は人の数倍を誇り、その鋭い爪は人の皮膚など紙のように切り裂くことができた。
その毛皮は人の持つ武器など簡単に跳ね返し、その脚力は人のどんな乗り物よりも早く。
ましてや魔法すら、人は獣族の使うそれの足元にさえ及ばなかったのだから。
人がどれだけ集まろうと、獣人たちにとってみればアリが押し寄せた程度にしか思えず。
そして中でも獣族の王はまるで自然災害の如く激甚な被害を及ぼす魔法をいとも簡単に撒き散らして。
いつしか人びとは諦めてしまっていた。
帝国にあらがうことを。
獣族に逆らうことを。
自分たちが住む場所が被害にあったとしても、それも災害だ、厄災だ、と、諦めて。
荒れ果てた土地は捨てられ、やがて人の住む地域はどんどんと狭くなっていき。
人の数も、だんだんと少なくなって。
もはやこの世界の少数部族に成り下がった人族。
そんな人族が住む地域が人類域と呼ばれ、聖王国を中心に七つの小国がそこに寄り固まっていたのだった。
幸いにして、獣族の側には特に人族を滅ぼそうとか蹂躙しようとかそんな意識はかけらもなかった。
ただ、邪魔であれば潰す。
その程度に思われているのだろう。
人族が楯突かないで大人しくしているうちは、何か決定的に攻撃をされるということもなく。
何か交渉ごとがあれば見返りを差し出し、求められるままに捧げ、逆らわず、従順に、それを友好の証とすることが人族に残された道だったのだから。
そんな日々がもうかれこれ半世紀は続いただろうか。皇帝陛下が代替わりするという噂が駆け巡ったのだ。
理由は、人類域には知らされなかった。
ただ、そう予言がなされたのだと、それだけが噂として駆け巡ったのだった。
しかし。
人類域の各国はその噂に右往左往することとなる。
誰が言い出したのか。
「新皇帝に貢物を」
「捧げ物は、皇帝に相応しいものを」
「聖女を差し出すのだ」
「人族として最大限の誠意を見せるべきだ」
そんな声は、やがて人族の総意となって聖王国に押し寄せた。
父が選んだ結論は、聖女である姉の身代わり、替え玉として、次女のわたくしを獣帝の生贄に捧げるということだった。
小さな小さな人類域の、一応その中心に位置する古い国だ。
王は祭主を兼ね、人々の信仰を集めている。亡くなったお母様は聖女だったしお姉さまも聖女として国中から尊敬されている。
人類域のすぐ隣には広大な獣人たちの国があった。それが今わたくしがいるここ、獣帝国ザラカディアだ。
過去には帝国と人類域の国家の間で戦争になったこともあった。それでも、もうとっくにその戦力差は開ききり。
もう今では人の世界の力では帝国に刃向かうことすらできなくなってしまっていた。
獣人たちの腕力は人の数倍を誇り、その鋭い爪は人の皮膚など紙のように切り裂くことができた。
その毛皮は人の持つ武器など簡単に跳ね返し、その脚力は人のどんな乗り物よりも早く。
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人がどれだけ集まろうと、獣人たちにとってみればアリが押し寄せた程度にしか思えず。
そして中でも獣族の王はまるで自然災害の如く激甚な被害を及ぼす魔法をいとも簡単に撒き散らして。
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そんな人族が住む地域が人類域と呼ばれ、聖王国を中心に七つの小国がそこに寄り固まっていたのだった。
幸いにして、獣族の側には特に人族を滅ぼそうとか蹂躙しようとかそんな意識はかけらもなかった。
ただ、邪魔であれば潰す。
その程度に思われているのだろう。
人族が楯突かないで大人しくしているうちは、何か決定的に攻撃をされるということもなく。
何か交渉ごとがあれば見返りを差し出し、求められるままに捧げ、逆らわず、従順に、それを友好の証とすることが人族に残された道だったのだから。
そんな日々がもうかれこれ半世紀は続いただろうか。皇帝陛下が代替わりするという噂が駆け巡ったのだ。
理由は、人類域には知らされなかった。
ただ、そう予言がなされたのだと、それだけが噂として駆け巡ったのだった。
しかし。
人類域の各国はその噂に右往左往することとなる。
誰が言い出したのか。
「新皇帝に貢物を」
「捧げ物は、皇帝に相応しいものを」
「聖女を差し出すのだ」
「人族として最大限の誠意を見せるべきだ」
そんな声は、やがて人族の総意となって聖王国に押し寄せた。
父が選んだ結論は、聖女である姉の身代わり、替え玉として、次女のわたくしを獣帝の生贄に捧げるということだった。
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