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溺愛。

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「愛してる。私の可愛いアリス。もう離さない」

 豪奢な謁見室。中央の玉座にどっしりと腰掛けた彼。
 わたくしの目の前でそう宣ったのは黄金の髪が逆立ちキリッとした顔立ちの美丈夫、レオンハルト・バッケンバウアー皇帝その人だった。

 いやいやいや、そんなはずはない。
 だってこの人は最初の人生でわたくしを殺した張本人なのだから。

 前回も、前々回もわたくしは17歳の誕生日のその日に命を落とした。
 この人生は三回目。だけれどどうしてか今回だけは誕生日まで一ヶ月もあるこのタイミングで、わたくしはこの獣帝国ザラカディアに嫁いできていた。もちろん今までと同じように聖女であるマリア姉様の身代わりとして、だ。
 表向きは政略結婚であるこの縁談も、厄災獣帝と呼ばれたこのレオンハルト様の怒りを買わないようにとの、いわば生贄として選ばれただけのわたくし。

 最初の人生でも、次の人生でも、こんなことはあり得なかった。
 それなのに?

「どうしたの可愛いアリス。私に君の愛らしい顔をよく見せてくれないか」

 玉座から降り跪いているわたくしのそばまできたレオンハルト様。
 その手がゆっくりとわたくしの顎を捉え、うつむき加減だった顔を無理矢理に上に向けられた。

「うん、間違いなくアリスだ。その顔、間違えるわけはない。やっと会えた。やっと君を迎えることができた……」

 感慨深い、そんなお声でそうおっしゃる陛下。
 でも、でも、どうして?
 わたくし、今世では彼に会うのははじめてだったはず。
 っていうか、今までの人生でだってわたくしが死ぬその間際まで、彼の顔なんかみたことなかったはずなのに。

「怯えているのか。まあしょうがないな。もう夜も遅い。今日のところはゆっくりと休むがいい」

 黙ったままのわたくしに、そう優しくおっしゃった彼、レオンハルト様。

「彼女を寝室に。侍女を呼び彼女の世話を」

 さっと立ち上がりそう指示を飛ばす。
 その声に合わせるように壁に並んだ騎士のうちの一人がわたくしのそばまで進み出ると、

「アリスティア様。ご案内いたします。こちらへどうぞ」

 そう声をかけてくれた。

「ありがとうございます」

 軽くお礼を言い。

「それでは陛下、失礼いたします」

 そう、レオンハルトにも礼をして、わたくしはその謁見の間を後にした。
 緊張で凝り固まっていた体がすうっと解けていくような気がして。

(どうしてこんなことになっているのかはわからないけど、今度こそ失敗しないようにしなきゃ。絶対に破滅を回避してまったりと生きるのよ! わたくし、がんばれ!)

 そう自分で自分を鼓舞する。
 うん。今世は絶対にうまくやって見せるんだから!!



 ♢ ♢ ♢


 通された寝室はやっぱりとても豪奢で、天蓋付きのベッドには光沢のあるレースのカーテンがかかっていた。
 これはシルクだろうか。東方で盛んだという養蚕によって採れる特殊な糸を使った豪奢な意匠のレースがたっぷりとあしらわれている。
「湯浴みの用意もできております。まずは長旅の疲れをお癒しくださいませ」
 そう言うのは猫耳に侍女服の女性。まだ若く見えるけれどいくつぐらいなんだろう?
 獣族の人の年齢は人族とは違うって聞いたこともある。こんなにも人族と同じように見えるけれど、彼ら彼女らは人型と獣型を自由に行き来できるらしい。
 不思議だな。でも、ちょっと憧れる。
 そんなふうにも感じながら。

「ありがとう。それじゃぁ湯浴みをお願いしようかしら。貴女は名前、なんとおっしゃるの?」

「私はミーアでございます。奥様付きとなりましたのでよろしくお願いいたします。それではこちらにどうぞ」

 ミーアに手招きされついていくと、寝室の横にまた部屋がある。
「こちらがお着替えの部屋でございます。隣に浴室がございますので」
 そう言ってわたくしの服に手をかける彼女。
 されるがままに裸になると、ふわふわな大きなタオルをはおらされた。

「さあ、こちらに」

 いつのまにか薄着になった彼女に促されるまま浴室の扉をくぐる。かわいらしいしっぽがふわふわと目の前に揺れていて、それを触りたくなる気持ちを我慢して抑えた。

 身体を流してもらい浴槽に浸かる。
 広さはそこまであるわけではないけれどわたくし一人ならゆったり寝ながら入れるくらいな大理石の浴槽。潤沢にお湯が湧き出る蛇口。横になったまま頭を洗われ体も磨かれたわたくしは、そのまま寝てしまいそうになって。
 かなりのぼせたところで湯から上がり体と髪を乾かしてもらったあとベッドに入った。

「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」

 灯りを消して部屋を出るミーア。
 やっと一人になれた。

 ふう、と、一つため息をついたわたくしは、温かいお布団の魔力にそのまま夢の中に沈んでしまいそうになりながらそれでもあらがっていた。

 もっとちゃんと、これからの対策を立てないと寝てなんかいられない。
 そんな思いが眠気に優った。



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