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35 エーリカという名前。
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「ありがとうエリカ」
そう素直に受け取ったタオルでざっと顔を拭き、体を拭いていくジークハルト。
その様子を見ながら、
「それではわたくしは失礼いたします。タライのワゴンは廊下に出して置いていただければ朝には回収いたしますね」
と、それだけ云って踵を返す。
あれだけの言い合いになったのに、すっかりそんなことも忘れてしまったかのようなジークハルトに、ちょっとだけ拍子抜けして。
(あれだけ生意気なことを言ったから、きっとわたくしのことなんてお嫌いになってしまわれただろうとも思ったけれど)
そうでもない彼の様子に、少しだけホッとする。
嫌われたく、ないのだろうか?
ううん、まだそこまでの感情はない、はず?
なのに。
そんなことをとりとめもなく思いながら、自分の心もはっきりしない状態のまま部屋を出ようとした、時だった。
「待ってくれ、エリカ。もう少しだけそばにいてくれないか?」
囁くようなか細い声で背後からそう声をかけられ。
振り向くとこちらをみあげるジークと目が合った。
すがるような瞳。
なんだかこのまま立ち去るのが申し訳なく思え。
「ジーク様?」
そう声に出して。一歩だけ彼の方へと戻る。
「エリカ。俺は、君に近づくやつに嫉妬していたのかもしれない。君と親しく話すあの侯爵令嬢を見て頭に血がのぼってしまった。俺にはあんな笑顔、もうずっと見せてくれなかったのに、と」
「ジーク様……」
「愛しているんだ。エリカ」
エーリカはジークのその懇願するような瞳から、そっと視線をはずして俯く。
「あなたが好きなのは、メイドのエリカでしょう?」
そう呟く。
涙が滲んでくるのがわかったけれども止められなかった。
「違う! エリカ、俺は……」
「だったら、そのエリカ呼びはおやめくださいませ! わたくしにはエーリカという名前があるのですよ」
声を荒げてしまって。なんとかそれだけを言葉にするとエーリカは振り返り部屋を出て行った。
「エリカ……」
ラグに腰掛けたまま手を伸ばすジークハルト。
「俺は……また間違えたのか……?」
茫然として、そう呟いた。
自分の部屋のドアをバタンと乱暴に閉じる。
何が悲しいのかも自分ではわからない。
それでも、滲んだ涙は止まらなかった。
そのままベッドにボスんと倒れ込む。
もういい。このまま寝てしまおう。
と、布団に潜り込んだエーリカ。
「なんだか今夜は色々ありすぎて……もうダメ」力なくそう囁いて。
そう素直に受け取ったタオルでざっと顔を拭き、体を拭いていくジークハルト。
その様子を見ながら、
「それではわたくしは失礼いたします。タライのワゴンは廊下に出して置いていただければ朝には回収いたしますね」
と、それだけ云って踵を返す。
あれだけの言い合いになったのに、すっかりそんなことも忘れてしまったかのようなジークハルトに、ちょっとだけ拍子抜けして。
(あれだけ生意気なことを言ったから、きっとわたくしのことなんてお嫌いになってしまわれただろうとも思ったけれど)
そうでもない彼の様子に、少しだけホッとする。
嫌われたく、ないのだろうか?
ううん、まだそこまでの感情はない、はず?
なのに。
そんなことをとりとめもなく思いながら、自分の心もはっきりしない状態のまま部屋を出ようとした、時だった。
「待ってくれ、エリカ。もう少しだけそばにいてくれないか?」
囁くようなか細い声で背後からそう声をかけられ。
振り向くとこちらをみあげるジークと目が合った。
すがるような瞳。
なんだかこのまま立ち去るのが申し訳なく思え。
「ジーク様?」
そう声に出して。一歩だけ彼の方へと戻る。
「エリカ。俺は、君に近づくやつに嫉妬していたのかもしれない。君と親しく話すあの侯爵令嬢を見て頭に血がのぼってしまった。俺にはあんな笑顔、もうずっと見せてくれなかったのに、と」
「ジーク様……」
「愛しているんだ。エリカ」
エーリカはジークのその懇願するような瞳から、そっと視線をはずして俯く。
「あなたが好きなのは、メイドのエリカでしょう?」
そう呟く。
涙が滲んでくるのがわかったけれども止められなかった。
「違う! エリカ、俺は……」
「だったら、そのエリカ呼びはおやめくださいませ! わたくしにはエーリカという名前があるのですよ」
声を荒げてしまって。なんとかそれだけを言葉にするとエーリカは振り返り部屋を出て行った。
「エリカ……」
ラグに腰掛けたまま手を伸ばすジークハルト。
「俺は……また間違えたのか……?」
茫然として、そう呟いた。
自分の部屋のドアをバタンと乱暴に閉じる。
何が悲しいのかも自分ではわからない。
それでも、滲んだ涙は止まらなかった。
そのままベッドにボスんと倒れ込む。
もういい。このまま寝てしまおう。
と、布団に潜り込んだエーリカ。
「なんだか今夜は色々ありすぎて……もうダメ」力なくそう囁いて。
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