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19【ジークSide】
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彼女と初めて会ったのは結婚式の当日。父ジークバルト・フォンブラウン侯爵が連れてきたその女性は、淑やかに貴族の礼をすると「よろしくお願いします」と会釈した。
どこかの貴族の令嬢であるのだろうという事はわかるのだけれど、その時はあまり興味が湧かなかった。
どうせ他の女と一緒だ。
貴族の女なんか自分の地位と伴侶の地位、そして金。そんなものにしか興味がないのだから。
ゴテゴテと着飾り嫌な匂いをつける女も嫌だ。
そういった人種とはどうにも生理的に合わない。
貴族院でもそうした令嬢たちに言い寄られへきえきしていた俺。
在学中に研究していた魔法理論が認められ魔導庁での席を確保できた事を機に、もう一生女とは関わらず自分の好きな研究だけをやって生きていくことに決めた。
なのに。
侯爵家嫡男という地位がそれを許さない。
父ジークバルトに押し切られるまま、形だけでもと妻を娶ることになったのだった。
披露宴のあと、控室で。
最初が肝心だと、
「これは契約婚だ。私が君を愛するとはない」
と宣言した。
泣き出したり怒り出したりしたらそれでも構わない。
そんな気持ちで強く吐き出したその言葉を聞いても、妻エーリカは顔色ひとつ変えずに、
「承知しました」
と、言うだけだった。
そんな彼女を見て。
ああやっぱりこいつも俺のことなどどうでもいいのだ。
侯爵家の妻という立場だけが望みなのだろう。
そう確信する。
可愛げのない女。
それが俺の彼女に対する第一印象だったのだ。
そんな時。
乳母のマーヤの里帰りにあわせ自分付きとなる侍女エリカが現れた。
金の髪は細い糸のようにサラサラで、その碧い瞳は透き通る水のよう。
平民にしておくには惜しい、そんな容姿の美しい女性だった。
貴族の中にいれば目立たないかもしれないそんな風貌ではあったけれど、そんな彼女が黒の質素なメイド服を身に纏うと、途端に光り輝いてみえる。
貴族女性が着る一般的なゴテゴテとフリルのついたドレスではなく、質素で、シンプルなその姿に。
新鮮な気持ちを感じて。
マーヤに指南を受けたと言い訳し、彼女は俺のそばに寄ってくる。
俺の心の壁をぐいぐい破って話しかけてくる彼女。
それが案外心地いい。
彼女からは俺を狙って言い寄ってきた令嬢のような嫌な匂いを感じない。
それだけでも随分と心が軽くなっていた。
そんなある日。
朝から体調が悪かったけれど、研究があと少しでケリがつくというところまできていたこともあって、すこし無理をしてしまった俺。
なんとか家に帰り着いたところまでは記憶があるのだけれど、どうやら部屋にたどり着いたところでチカラ尽きたのだろう。
そこからの記憶が曖昧になっている。
熱にうかされた俺が見たのはエリカの顔。
もう真夜中のはず。
そんな意識だけはあった。
額のタオルを変え、そしてそのあとずっと手を握っていてくれた彼女。
子供の頃、そうして自分を看病してくれた乳母のマーヤの事を思い出し、胸の奥に込み上げるものを感じて。
朝になり。
もう起きようか、そんなふうに思ったとき。
「旦那様、また来ますね」
そう俺の顔を覗き込み、笑みをこぼす彼女に。
俺の心はそのとき完全に落ちたのだと思う。
それなのに。
まさか、エリカがエーリカだったなんて。
あの笑みは、エーリカのものだった、だなんて。
そして一番のショックは、エーリカが自分と離婚しようと考えていたということ。
俺は、一体どこを見ていたのか。
一体何を見ていたのか。
何もわかっちゃいなかった。
それが今ならわかる。
だめだ。
このまま、彼女を手放すのは、嫌だ。
なんとかして、エーリカを引き止めたい。
そのためにはいったいどうすればいいんだ。俺は!
どこかの貴族の令嬢であるのだろうという事はわかるのだけれど、その時はあまり興味が湧かなかった。
どうせ他の女と一緒だ。
貴族の女なんか自分の地位と伴侶の地位、そして金。そんなものにしか興味がないのだから。
ゴテゴテと着飾り嫌な匂いをつける女も嫌だ。
そういった人種とはどうにも生理的に合わない。
貴族院でもそうした令嬢たちに言い寄られへきえきしていた俺。
在学中に研究していた魔法理論が認められ魔導庁での席を確保できた事を機に、もう一生女とは関わらず自分の好きな研究だけをやって生きていくことに決めた。
なのに。
侯爵家嫡男という地位がそれを許さない。
父ジークバルトに押し切られるまま、形だけでもと妻を娶ることになったのだった。
披露宴のあと、控室で。
最初が肝心だと、
「これは契約婚だ。私が君を愛するとはない」
と宣言した。
泣き出したり怒り出したりしたらそれでも構わない。
そんな気持ちで強く吐き出したその言葉を聞いても、妻エーリカは顔色ひとつ変えずに、
「承知しました」
と、言うだけだった。
そんな彼女を見て。
ああやっぱりこいつも俺のことなどどうでもいいのだ。
侯爵家の妻という立場だけが望みなのだろう。
そう確信する。
可愛げのない女。
それが俺の彼女に対する第一印象だったのだ。
そんな時。
乳母のマーヤの里帰りにあわせ自分付きとなる侍女エリカが現れた。
金の髪は細い糸のようにサラサラで、その碧い瞳は透き通る水のよう。
平民にしておくには惜しい、そんな容姿の美しい女性だった。
貴族の中にいれば目立たないかもしれないそんな風貌ではあったけれど、そんな彼女が黒の質素なメイド服を身に纏うと、途端に光り輝いてみえる。
貴族女性が着る一般的なゴテゴテとフリルのついたドレスではなく、質素で、シンプルなその姿に。
新鮮な気持ちを感じて。
マーヤに指南を受けたと言い訳し、彼女は俺のそばに寄ってくる。
俺の心の壁をぐいぐい破って話しかけてくる彼女。
それが案外心地いい。
彼女からは俺を狙って言い寄ってきた令嬢のような嫌な匂いを感じない。
それだけでも随分と心が軽くなっていた。
そんなある日。
朝から体調が悪かったけれど、研究があと少しでケリがつくというところまできていたこともあって、すこし無理をしてしまった俺。
なんとか家に帰り着いたところまでは記憶があるのだけれど、どうやら部屋にたどり着いたところでチカラ尽きたのだろう。
そこからの記憶が曖昧になっている。
熱にうかされた俺が見たのはエリカの顔。
もう真夜中のはず。
そんな意識だけはあった。
額のタオルを変え、そしてそのあとずっと手を握っていてくれた彼女。
子供の頃、そうして自分を看病してくれた乳母のマーヤの事を思い出し、胸の奥に込み上げるものを感じて。
朝になり。
もう起きようか、そんなふうに思ったとき。
「旦那様、また来ますね」
そう俺の顔を覗き込み、笑みをこぼす彼女に。
俺の心はそのとき完全に落ちたのだと思う。
それなのに。
まさか、エリカがエーリカだったなんて。
あの笑みは、エーリカのものだった、だなんて。
そして一番のショックは、エーリカが自分と離婚しようと考えていたということ。
俺は、一体どこを見ていたのか。
一体何を見ていたのか。
何もわかっちゃいなかった。
それが今ならわかる。
だめだ。
このまま、彼女を手放すのは、嫌だ。
なんとかして、エーリカを引き止めたい。
そのためにはいったいどうすればいいんだ。俺は!
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