虐げられた灰かぶりの男爵令嬢は紫の薔薇に愛される。

友坂 悠

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舞踏会。

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「どこの令嬢だ?」
「ああでも、昔お見かけしたことがあったような」
「あれはサンドリヲン家のフローリア様?」
「でもあの方は確かお亡くなりになった筈では?」
 周囲のそんな声に、あたしは人混みを避けるように会場をぬって歩いていった。

 うん、ここまできたら一夜の夢だと思って楽しもう。
 誰もあたしのことなんて知らないんだもの。

 お父様やお義姉様だってこんなあたしをあたしだって分からないだろうし。

 テーブルに並べられた美味しいお食事を頂き、給仕の白い服を着た男性からワインを頂いたあたし、それを一口飲んでちょっと気分も良くなって。

 ふふ。
 そう気が大きくなったところで、目の前に1人の貴公子が現れた。

「お嬢様、私と一曲踊って頂けませんか?」
 そう綺麗な礼をして手を伸ばすその貴公子に。
「ええ、喜んで」
 そうカーテシーで答え手を添える。

 ミュージックが鳴り響き、会場で一斉にダンスが始まった。
 ちょっと酔っ払い浮かれていたあたしはその貴公子の巧みなリードにも助けられ、なんとか踊れていたのだった。

 その後、二曲三曲と曲が変わり。
 その男性もパートナーを変えるものだと思っていたのに。
 なぜか、最後まであたしの手を繋いだままの彼。

 豪奢な金色の髪はライオンの立髪を思わせる。
 瞳も金色で、まるで何もかも見透かしてしまいそうに見えるその男性。
 紫色の衣装に金の肩章が揺れ、胸に刺したやはり紫のバラがとても印象的だった。

 三曲目が終わった時。
「ヴァイオレット殿下!」
 と痺れを切らしたかのように、大勢の婦人たちが彼を取り囲む。

 え?
 殿下?

 ってこの方王子様だったの?

 ヴァイオレット・フォン・オルレアン。
 確かこの国の現在の第一王子がそんな名前だったような気がするけど。

 恐れ多いことにあたしはそんな高貴な方と三曲も踊ってしまったのか!

 そう思うとそれまでほろ酔いでいい気分になっていたのも一瞬で覚め。

「ああありがとうございます殿下。わたくしはこれで」
 それだけ言い残すと繋がれた手をするんと抜いて、人混みに紛れるように逃げた。

「あ、レディ、お名前を」
 最後にそう叫ぶ殿下の声が聞こえたけど。あたしは振り返ることができなかった。


 そのまま壁の花に徹しようと会場の脇に張り付いたあたし。
 でも。

 なんだか遠巻きに珍獣でも見るかのような目でジロジロ見られ気分も悪くなったあたし。
 夜風にでもあたろうとバルコニーに出て。

 お庭に降りられるように階段があるそのバルコニーから、ちょうど真上にぽっかりと浮かぶ月を眺めていた。


「こちらをどうぞ」

 夜風が気持ちよく。喧騒も聞こえてこなくなったことをいいことにしばらくそこで目を瞑って佇んでいたあたしに、クルクルと給仕をして回る白い服の男性が紫のカクテルを手渡してきた。

「え? 頼んでいませんのに」

「ああ、あちらの方からのリクエストでございます」

 そうスマートに手渡されるカクテルを断りきれず手にするあたし。

 あちらの方ってどなただろう?

 そう思い給仕さんの手が指し示す方を見てみると。


 ああ。王子様。
 ヴァイオレット殿下がそこにいるではないか。

 彼はゆったりとこちらに近づいてくると。
「先程は悪かったね。少々邪魔が入ってしまって」
 と、そう言ってあたしに手を差し伸べた。

 恐れ多いという気持ちと、それでもあたしを見つけてくれたというそんな気持ちに揺れうごいて。
 あたしはおずおずと彼の手を取った。

「月が綺麗だね」
 そう囁く彼に。
「ええ。手を伸ばせば届きそうな気がします」
 そう答えたあたし。

「そのカクテルはヴァイオレットローゼ。私が一番好きなお酒なんだ。君にも似合うかと思って」

 そういう彼に。あたしは一口そのカクテルを口にふくみ。

「とても美味しいです」

 そう答え俯いた。

 恥ずかしくて、多分顔が真っ赤になっていただろうから。



 ゴーン ゴーン

 と2回。お城の鐘が鳴った。

「ああ、零時の鐘か。もうそんな時間なのか」
 そう呟く殿下。

 あ、っとおもった時にはあたしは走り出していた。
 いけない。
 王子にあたしの灰かぶりの姿を見せるわけにはいかない。

 彼に恋をしてしまったあたし。
 叶わない恋であったとしても、この夢のような場所であたしのみすぼらしい姿だけは見られたくはない。

 そんな思いで走る。
 階段を駆け降り庭を抜ける。

 待って、姫!

 そんな殿下の声が聞こえたと思った時。
 あたしはいつの間にか、元いた屋根裏に戻っていた。

「夢?」

 全てが夢だったのか。
 魔法が解けて元のみすぼらしい灰かぶりの格好になっていたあたし。
 なぜか、履いていたヒールだけが片方残っていた。
 たぶん走っている間に脱げたのか。
 でもなんで?
 片方を無くしたからこの靴だけ魔法が解けなかったの?

 考えても分からなかった。
 けど。
 この靴が、あたしの今夜の経験が夢ではなかった証拠だと。
 あの楽しかった一夜は現実だったのだとそう思えて。

 それだけを心の支えにし。

 あたしはいつもの台所の隅で眠りについたのだった。



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