虐げられた灰かぶりの男爵令嬢は紫の薔薇に愛される。

友坂 悠

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マギア・エレベカ。

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 パーティの当日夜は静かなものだった。

 父様は父様で、お義母様お義姉様たちは皆着飾って馬車を呼んで出かけて行った。
 まあね。新しいドレスって言っても新しく一から仕立てているわけじゃないだろうけどそれでも結構なお金がかかったのだろうってことくらいわかる。
 お祖父様もお母様もそうそうお金を散財することは無かったと思うけど、もうこのお屋敷にはあまり財産が残っていないような気もする。
 お掃除や洗濯をしていて感じるのは、子供の頃にあったはずの絵画や陶磁器、飾ってあった貴重な宝石が嵌ったご先祖様の彫像なんかがみなどこかに行ってしまったこと。
 悲しいなって思うと同時に、お父様が使用人さんたちにお暇を出したタイミングでそれらが無くなっていたことに思い当たった。
 この男爵家はお金に困っているのかな。
 その時はそう思っただけ。
 だけれど。
 お義母様やお義姉様たちがやれ新しいドレスだやれ装飾品だとお金を湯水のように使うのを見ると、心が痛んだ。
 気にしちゃだめだ考えちゃだめだと心を殺さなきゃ、耐えられなかった。


 まあ、せっかく皆が出かけて留守なのだ。
 今夜は夜更けまで誰も戻ってこないはず。
 うん。少しくらい蝋燭を使ってもいいかな。屋根裏で本を読んで過ごそう。
 まだ読んでない本が棚の奥にあったはず。
 ちょっと装飾が豪華なあの本、今日はあれを読もう。

 そう思って。ちょっとだけ気を取り直して。
 あたしは屋根裏への階段を登って行った。



 窓からは月の光が降っていた。
 あまり夜にここに上がってくることは無かったから気がつかなかったけど、月の光が降るように注ぐこの部屋は朝にも増して神秘的で綺麗だった。
 どこか別の世界に紛れ込んだようなそんな錯覚も覚え、一瞬その景色に見惚れてしまって。
 ああと思い返し目的の御本を探す。

 隅っこのそのまた隅っこに隠れるようにしてあったその本は、赤い皮の表紙に金色の糸で刺繍がしてある古くてなぜか懐かしい、そんな気にさせる本だった。

 タイトルは……、えっと、「マギア・エレベカ」かぁ。

 誰かの名前?
 そんな名前は聞いたことはないはずだけどそう思ったあたしは、燭台を窓際におき、月明かりで本を読もうと窓辺に寄った。
 衣装箱に腰掛け窓枠に本を乗せ、ゆっくりと表紙を開く。

「親愛なるエウレカへ」
 そう綴って始まるその本は、とある昔話だった。

 継母にいじめられて育ったエウレカという少女。
 ある時お城で舞踏会があり意地悪な姉たちは継母に連れられその舞踏会に出かけていくが、エウレカには着ていく服もありません。
 そこに現れた魔女、エレベカ。
 実は彼女はエウレカの母方の祖母でした。
 亡くなった娘の子が不憫だった魔女エレベカ。
 魔法の力でかぼちゃを馬車に変え、キリギリスを御者に、ネズミを馬に変え。
 そしてエウレカを綺麗なドレス姿に変身させると、
「さあこれでお前も素敵なレディだ。舞踏会を楽しんでくるんだよ」
 とお城に送り出すのでした。
 ただしその魔法には制限時間がありました。
「必ず深夜零時の鐘が鳴るまでに戻っておいで。そうでなけれな魔法は全て解けてしまうよ」
 そう念を押すエレベカ。

 しかし。
 舞踏会の会場で王子様からダンスを申し込まれたエウレカは浮かれてその約束を忘れてしまいます。

 無常にも鳴り響く鐘の音に、王子の前から走り逃げる彼女。


 物語はそこで終わっていた。

 え?
 続きが気になる。

 まるで自分の境遇のようなこの少女に共感し、この子の運命の行く末が気になったあたし。
 もしかしてこの御本、続きがあるのかな。でも似たような本はみあたらないし。
 そう思って本をぐるぐる回して裏を見て。何か他に情報がないかと目を凝らし見てみると。

 表紙の裏に魔法陣が書いてあることに気がついて。


 あたしはその魔法陣に書かれた呪文を順番に唱えてみた。

 みたこともない魔法陣だったのが珍しかったのもあるけど、あたしにもその呪文は読めるものばかりだったし。何よりもこの本に興味が惹かれたのが大きかったのかな。
 魔法なんて使えないあたしがこんな魔法陣の呪文を詠唱したところで何かが変わるわけでもなし。
 その時は本気でそう思っていたのだ。
 これがあたしの運命を変えるとは気がつかずに。


 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
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