聖女追放。

友坂 悠

文字の大きさ
上 下
22 / 24

聖都へ。

しおりを挟む
 ——ねえマリア様? 本当に良いのですか? この者たちについて行くなどと。

「言ったでしょ? クロコ。あたしはマキナを助けたいの。だから今は聖都に帰らなくちゃ」

 ——ですが、

 あそこには聖女様を害した者がいるのだという。クロコにはそれが信じられず、また、許せなかった。

 ——貴女様に危害を加えようとした者どもまでもをお救いするおつもりなのでしょう? どうしてそこまでする必要があるというのでしょう?

 そうだ。
 魔王が人を殺すというのなら殺させておけばいい。
 聖都が襲われるというのなら、それは好都合ではないか。

 クロコにはどうしてもそうとしか思えない。

 そもそもだ、この世界の堕落した人間などそのまま放っておけばいい。
 奴らは聖女マリア様の言葉も通じない、聞き分けのない下等生物ではないか。
 それを聖女である彼女がわざわざ救いに戻るなどと。

 ——百歩譲ってですよ? 魔王マキナを救うのが目的というのはわかります。ですがそれならばそれで、魔王の居場所まで行けば良いじゃないですか。人など放っておいても。

 馬車に揺られながら旅する彼女マリカの膝に乗り、頭を撫でられながら心話でそう語りかける黒獣クロコ。今はほんの子猫にしか見えないくらいな大きさに変化し、そうしてもふもふな毛並みのままマリカの膝の上で丸くなっている。
 一見すると長毛な黒猫にしか見えない。
 周囲にはにゃぁにゃぁと鳴く姿しか晒していない。またそれを愛おしそうに抱きしめて撫でるマリカを見ていれば、まさかこの黒い子猫が魔獣をも使役する黒獣であると気づくものもいないだろう。

「だってね、クロコ。魔王が狙うのは間違いなく聖都なのよ。であればあたしがそこを守りに行かなければ、魔王となったマキナはその手を汚してしまうことになるわ。それは避けたいの」

 ——魔王と戦うのですか?

「そういうつもりなわけでもないのだけどね。でも、まず人を正さなければ。魔王は人の欲を狙うから」

 欲望が肥大することでレイスを満たすマナは魔と変わる。
 それがこの世界の摂理である以上、人が滅ぶのは自業自得ではないのか。

 ——正す、のです?

「ええ。魔王が目覚めた以上、それこそがあたしの使命。幸いこうして今はマリカとして聖都に赴くことができるのだもの。もう一回ちゃんと聖女のお仕事をしなくっちゃね」

 ——貴女様らしいといえばそうですが……。

 馬車の中には他にも聖女候補に選ばれたものが何人か座っていた。
 このまま属州総督マルゴット・バイパーに連れられるまま総督府まで帰り、船に乗り換え聖都までの旅となる。

 マリカの声は小声で、なおかつ消音の魔法を使っていたためその声はクロコにしか聞こえてはいなかったが、周囲の者は皆彼女のことを変わった娘だとそう見ているのもわかる。

(わたしはもう二度と、貴女を失いたくないだけなのですけどね……)
 何を言っても無駄だと、彼女のその意志を変えることなどできはしないとはわかっていた。
 それでも。

(今度こそ、貴女はこのわたしが命に変えても守って見せます)
 そう決意を固める。

(ああ、魔王マキナよ。わたしはあなたが恨めしい)

 離れてしまっても、今なお聖女の心に留まるマキナに。
 そして、だからこそ自身の心に負け魔王と化したそのことに。

 恨み言の一つでも、言わないではいられなかった。

 ⭐︎⭐︎⭐︎
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

王太子が悪役令嬢ののろけ話ばかりするのでヒロインは困惑した

葉柚
恋愛
とある乙女ゲームの世界に転生してしまった乙女ゲームのヒロイン、アリーチェ。 メインヒーローの王太子を攻略しようとするんだけど………。 なんかこの王太子おかしい。 婚約者である悪役令嬢ののろけ話しかしないんだけど。

【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。

井上 佳
ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。 呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。 そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。 異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。 パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画! 異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。 ※他サイトにも掲載中。 ※基本は異世界ファンタジーです。 ※恋愛要素もガッツリ入ります。 ※シリアスとは無縁です。 ※第二章構想中!

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

処理中です...