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第4章
44.女神見習い、呪われた少女と出会う 〜side リディア〜(1)
しおりを挟む私は物心ついた時からターク帝国の端にある教会の孤児院で育った。
数年前までは普通の孤児院だったのに、神父さんが事故で死んでしまい、次に派遣された神父がきた途端そこの実態は人身売買組織に変わっていた。
亡くなった神父さんは
「呪いを解いてやれなくてすまない」とお母さんの日記が読めるように文字を教えてくれた優しい人だった。
ただ、神父が変わってから教会は地獄になった。
周りにいた子供達もいつの間にかいなくなり、そのうちに違う子がやってきた。いなくなった子たちはみな誰かに買われていったらしい。
買われた場合、奴隷になるのか使用人なのか、実験台なのかは買い手次第で……ほとんどがろくな人生を生きられず死んでいくという。
次々と子供が入れ替わる中、私だけはずっと狭い部屋に押し込められたまま……売られないことが幸運なのかここにいることが不幸なのかわからない。
黒い髪に赤い瞳はこの国では不吉だと……かといって私を殺せば自分に呪いが跳ね返ると信じていたみたい。
見た目のせいで買い手がつかずに金だけかかる存在だと虐げられていた……元々売る候補にすら入れられていなかったけど。
ご飯もロクにもらえないし、憂さ晴らしに殴られる日々……でも私からアレが出ると慌てて部屋を出て行く。
今まで生きてきた中で誰かに愛された記憶なんてない。いじめられて蔑まれた事ばかりだった。
「お前は悪魔の子」だとか、「呪われたお前を生んだせいで母親は死んだ」とか色々。
私は我慢しなくちゃいけない。感情を表に出してもいけない。なぜなら負の感情が高まると人の害になる瘴気を発してしまうらしいから。
でも、殴られたくない時は我慢しなかった……そうすればあいつらは部屋から出て行くし殴られないから。
唯一の心のよりどころはお母さんが残したという日記だけ……亡き母の残してくれた日記にはお父さんのことが書かれていた。
ところどころ破れてしまい読めなかったけど、わかったことはかつてお父さんは貴族の4男だったらしいこととお母さんと駆け落ち同然に結婚したということ。そして私が生まれる前に亡くなってしまったこと……他は読み取ることができなかったけど唯一の持ち物は奴らに見つからないよう必死に隠した。
それでもほっておいてくれない。ある日、酷く殴られて意識が朦朧としている時……聞いてしまったの。神父さんは事故じゃなくて奴らが殺したってこと……この教会を人身売買の隠れ家にするために。
これ以上は我慢できない。朦朧としていた意識がハッキリし、アレが出るのもお構いなしに怒りが込み上げる……そのうち奴らが苦しみだした。鍵がかけられていない今しかチャンスはない。
こうして教会から逃げ出した……もっと早くこうすればよかった。あっちも私が消えてせいせいしてるはず……さっきのことに怒って追いかけて来なければいいけど。
教会近くの林から奥へ奥へと進むうち……どこが出口なのかわからなくなった。
それでもかまわない、あそこよりマシ。たとえ魔物に喰われるんだとしても……それなのにかつて神父さんによく聞いていた魔物や獣に全然出会わない。
街にいるよりも安全かもしれないと考えて口にできそうな物を収穫しながら闇雲に歩き回った。
霧が深くなり辺りが見えにくくなってきたそんな時、初めて生物と出会った。
小さな白い鳥で弱っているようだった。まるで私みたい……懸命に世話をした。
この鳥が助かれば自分も救われる……そんな気がして。
そして数日で元気になった鳥は私の側から離れなくなった。不思議とアレが出ても平気みたい……よかった。初めて心を開ける友ができた。
「あなたの名前はブランだよ、よろしくね」
そう言うと嬉しそうに私の周りを一周した。
ブランは何故か私の道を遮る時がある。はじめは疑問に思ったけど、だんだんブランが安全な道を教えてくれているんじゃないかな……そう考えた。
だってどこからか遠吠えが聞こえるのに出会う生物は害のないものばかり。
何日この森で過ごしたかな……もうわからないや。
そろそろ木の実やキノコなどで食いつなぐことに限界を感じて、どこかブランと一緒に安全に過ごせる場所を探し移動を続けていた……お腹がすいてふらふらと倒れる寸前で、ぽっかりとひらけた空間を見つけた……まるでそこだけ誰かが空き地にしたみたい。
なぜこんなところに畑があるかわからない……ふらふらと近寄っていくと何か膜のようなものに当たった気がするけど今は目の前の野菜のことで頭がいっぱい。反対側には不味そうな草ばかり並んでいる。
畑になっている野菜を黙々と食べつつ、ブランにも分けていると人が目の前に現れた。
この人の畑だったんだ……盗み食いしたから殴られるかも。
動揺したせいか思わず気持ちが揺らぐ。あ、いけない。
そのわずかな揺れでさえ体から嫌なものが出てくる気配。
急いで逃げようと思った……でもブランが頑なについてこない。まるでここにいるべきだと言われているかのよう。今までブランの言うことを聞いて悪かったことがない……どうしよう。次第に落ち着きあの気配も消え去る。
しばらくの間見つめ合った後……
「……私はエナ。ここに住んでるんだけど……お腹すいてるの? なんか食べる? あ、料理の腕はあんまり期待しないでね」
「……どうして」
「ん?」
「……みんな、こわがるのに」
「うーん、まずは食べようか。話はそれから……ね?」
ボロボロの小屋からスープやパンを手に戻ってきたその人は私の前にそれを置いた……食べていいのかな?
ブランが先に食べたことで安心してスープを口に運ぶ……すこし辛いけどあそこで出された腐りかけのものの何倍も美味しい。夢中で食べ進め、いつの間にかお皿が空っぽになっていた。
その様子を満足そうに見ていたその人は
「改めて、私はエナ。よろしくね」
エナ………名前……教会では"おい"とか"お前"としか呼ばれなかった……死んじゃった神父さんはお母さんの日記に書かれていたこれが君の名前だって言って呼んでくれてた……だから私の名前は
「……リディア。この子はブラン」
「さっきのってみんな怖がるの?」
「気分が悪くなるって……髪と瞳もお前は呪われてるからだ、呪われたお前を生んだせいで母親は死んだとか、だから捨てられたんだって……」
「呪いかぁ……」
いやだな……また、殴られるのかな……
「私は怖くないし、気分も悪くならないみたいだから……我慢しなくていいよ」
そっと抱きしめられ、思わずびくっと体を硬直させた。誰かに抱きしめられるのはいつぶりだろう……次第に力が抜けていった……
「……っ」
しばらくボロボロと泣いたあと、意識が遠のいた……
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