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第1章
9.女神見習いの決意
しおりを挟むアルさんが降臨して早6日――
アルさんはやはり有能な神様のようで、噂は教会の私のもとまで毎日届いていた。司祭さんもかなり詳細に報告してくる。
例えば、四肢の欠損を治したとか寝たきりだった人が回復したとか……
そうそう、昨日は少し変わった人が運び込まれた。
「おいっ、どいてくれっ!」
いつものように教会へ来た人に加護や回復魔法をかけていると、教会の入り口付近から人々を押しのけ数人の男たちがこちらへ向かってくる。
あまり混んでいなかったのが功を奏し、私の目の前まで1人の男性が運ばれてきた。
「女神様、早く治してください」
「少しお待ちください。先に待っている方が済んだら見ますので」
「なっ! この方がどんな方だとっ」
「この方がどんな方だろうと私には関係ありません。それを言うのなら私は女神(見習い)ですよ……それに、この方ぎっくり腰ですよね? あまり動かさない方がいいと思いますが」
この貴族の使いらしき人たちはグイグイとおじいさんの体を揺らしているのだ。その度におじいさんの顔が苦痛に歪んでいる。
そんなに急いでいるならアルさんのいる教会に行けばいいのに……まあ、ここが一番近いからだろうけどさ。
「騒がせてすまない。わしは後でいいので……」
おじいさんがそう言ってくれて助かった。あまり騒ぎにしたくないし、周りの人も巻き込みたくないしね。
そうと決まれば待っていた人になるべく丁寧に、でも素早く加護や回復魔法をかけていく。
その際に聞いたのだが、このぎっくり腰のおじいさんは通称:清浄係さんというらしい。
なんでも水魔法で《清浄》というものがあり、服や無機物に関してはレベル2で使用でき、服についた魔物の血や油汚れなども落ちて、レベルが上がるほど頑固なシミも簡単に取れるという。
ただし、人や動物に使用するにはレベル5以上が必要でそこまでのレベルになると使い手が街に1人か2人いればいい方らしい。
そのため、《清浄》を受けるために貴族たちが多大な金を支払っているらしい。
きれいな肌がその家の格を上げるとか、それにかけるだけの金があることを周知させるという目的もあるらしい。
一部の貴族は見栄を張り借金してでも通っている者も……いるとかいないとか?
その《清浄》が使えて、仕事にしている人たちを通称:清浄係さんといい、それを目指す水属性の使い手も多いらしい。まさに一攫千金なんだって。
清浄係のことを聞いた時、私もちょっと挑戦したいと思ったけど、レベルがそう簡単に上がるわけないので上がったらラッキーぐらいに考えている……今のところは。
閑話休題。
そのうちに清浄係のおじいさんの番が回ってきた。
「お待たせしました」
「女神様、お願いします」
貴族の使いの者のプレッシャーを感じつつ
「女神の名の下に汝に癒しを、ヒール」
顔をしかめていた清浄係さんもあっという間に元気になり
「ご迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。あの者たちも悪気はなかったんじゃ。わしのぎっくり腰のことを知られると自分たちも処罰されるかもしれないと焦ってしまったんだろう……」
「そんな事情があったのですね。次からは気を付けてくださいね」
安心したのか使いの人たちも皆お礼と謝罪を言い帰っていった。大事にならなくてよかったね。
◇ ◇ ◇
さて、そんなこんなで今日からアルさんと同じ教会でお仕事です。
先ほどから神様と女神が揃っているところを一目見ようと、いつもより多くの人が教会に詰めかけています。
そして、アルさんと一緒になって初日なのに……まだ数時間なのに……いつかの不安が的中してしまった。
それはお昼休憩が終わってすぐのことだったーー
事故で指を切断してしまった若い男の子が回復魔法を求め教会にやってきた。
「女神様、お願いします。指を元に戻してもらえませんかっ? ようやく親方に弟子にしてもらえるんですっ」
脂汗をかき痛みを我慢している男の子を治してあげたい。
しかし、私に治すことができない……具体的には回復魔法のレベルが足りなかった。
せいぜいが切断部位の傷をきれいにふさげる程度だろう。
私の回復魔法はいくら女神補正があるとはいえ神経を繋ぎ治したり欠損部位を回復させられるほどのレベルに達していないのだ。到底手に負えない。
「女神様…どうかなされましたか」
「い、いえ……」
どうしよう。早くしないとっ……でも……
いつまでたっても魔法をかけないことに徐々に周囲が騒ぎ出してしまい、その騒ぎを聞きつけたアルさんが
「ふむ、わしがやろう。女神はお主の加護を待つ者を頼むぞ」
「わ、わかりました」
アルさんはいとも簡単に回復させ、彼の指は元通りになった。
「ありがとうございますっ! これで夢を諦めずにすみます」
男の子は後から来た親方とともに帰っていった……
人々に直接治せなかったことを知られた訳じゃないけど、間接的に分かってしまう人も多かっただろう……
まあ、当然の結果なんだけど……やっぱりショックだった。
その日は何とかこなしはしたけど、翌日から教会の様子はガラリと変化した。
主に教会に来る人来る人みんなアルさんに魔法をかけてもらいたがる。
特に回復魔法はアルさんの方が効果があると噂になっているみたい。
女神の祝福とアルさんの祝福は別物のようで、そちらはそこそこいたんだけどね。それでも人数は減った気がする。
そしてアルさんは次々と治していく。その中には私では対処できないものも多く含まれていた。
お年寄りの痛みの原因を取り除いたり、回復魔法の効果が私と比べて傷のふさがりが明らかに早くきれいだったり……私がしてあげたいと思っていたこと全てアルさんが解決していき、すっかり自信がなくなった。
数日前の忙しさが嘘のようだ……司祭さんもアルさんが来てからはあっちにつきっきりだし。
「……私、別にいなくてもいいじゃん」
なにが、回復魔法のレベルがもっと上だったら……痛みの緩和ではなく痛みの原因を取り除いてあげられるかもしれないのに……よ!
「そりゃあ、女神見習いより神様の方が優秀に決まってんじゃんっ!」
ようやく自信がついてきたと思ったらあっさりそれは砕かれた……簡単に乗り越えられそうにない。正直心が折れた……
女神見習いは中途半端な存在で、他の神様が降臨したらあまり役に立つことはないのかもしれない……
これが決定的に自分がここにいる意味を見失いつつある出来事となった。
女神見習いとしてここにいる以外に異世界で生きていけるのかな?
自分の存在が無価値で無意味になってしまうんじゃないか……そんな不安が頭をよぎる。
「どうしたらいいの?」
とにかく、これからのことを相談してみよう。もしかしたらアドバイスとかもらえるかも。
半ばすがる気持で【交信】を試みたのに……
------
【交信】が切断されました。
------
無情にも交信は切断された。
女神様……絶対[いいえ]押してますよね?
そして、頼みの綱だった部下のコルドさん……まさか、ね? 全部丸投げじゃないですよね……
結果、丸投げでした。こちらでは対処いたしかねますだと。お役所か!? 困ったことがあったらいつでも連絡しろって言ったくせにっ!
「よし、あの女神様は私の中で駄女神と呼ぶことが決定した。ふんっ」
そのあと一晩中悩み、私はある決断を下した。
私の力が中途半端なら、いっそのこと元の世界に戻れるまで、女神としてではなく一般人として暮らすということを。
決めた途端、どこかホッとした。なんか肩の力が抜けたような感じ。
自分の能力次第で人の生死が決まることをしていた……どこかで現実だけどそうじゃないと思ってた。いや、そう思わないと耐えられなかった。
だって元の世界でただの大学生に突然このケガ人をあなたの持てる知識や力で治してくださいって言われても所詮無理な話で……
治せる力があるからといって、それを要求され続けるって結構なストレスだったんだ……
女神様としての重圧がどれほど自分に重くのしかかっていたか今更ながら気づいた。
女神様の代わりをするってことがこんなにも精神を疲労させていたとは……
ちょっとだけ、私を女神見習いにした女神様を恨んだ……交信も出てくれなかったしね。
もちろん不安はあるし生活できるかもわからないけど、試してみたい。
「決めた! 私、一般人になる!」
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