出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音

文字の大きさ
上 下
1 / 1

出戻り娘と乗っ取り娘

しおりを挟む

 わたくしの気持ちを表すかのような曇天の空の元、馬車で伯爵家へ向かいます。
 ようやく伯爵家へつき、ご挨拶をしようと顔を上げた瞬間……

 「お前は誰だっ!」
 「わたくしは……」
 「とにかくわしが望んだのはお前ではないわっ!とっとと出て行け!」
 「そう、ですか……失礼いたしました」

 どうしてもと望まれて嫁いだはずでしたが、屋敷に足を踏み入れることなく実家にUターンさせられることになりました。正式に婚姻の書類を交わすのを今日にしておいて本当に良かった。

 困惑気味の御者にお願いし、また長い時間をかけ立派?に出戻ると……

 「え、あなた誰なの?」
 「どうして娘にそんなこと……」
 「娘?娘ならあそこにおりますわ」

 見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。馬車も借り物だし、御者も借りたのだから助けを求めても仕方ない。前払いだったことは幸運でしたね。
 きっと結婚相手が望んだのもこの娘なのでしょう。両親を取り込むタイミングがずれてこんなことが起こったみたい。もう少し早かったらよかったのに……
 追い出されるように屋敷を出るとさっきの女が待ち構えていた。

 「あんたの居場所はもうないわよ。わたしがぜーんぶ乗っ取ったから」
 「あの、乗っ取ったっていうのはこの街全体ですか?」
 「ふん、そんな面倒なことしないわよ!あんたの家族とか使用人とか、結婚相手の記憶を塗り替えたのよ!あんた全然社交界にも出てないし乗っ取られてもわからないじゃない?だからいい鴨だったわけ」
 「そう、ですか……」
 「ここの生活はすべてわたしのものよ!」

 でも、わたくしの家は借金だらけで貧乏なのに……よくわたしになり代わろうなんて……なんて殊勝な人なのっ。

 「ありがとう、これで身売りすることもないし好きな人の元へいけるわっ」
 「え?」

 だって、両親はわたくしのことを駒としか思ってないし……相手がお金持ちだったから無理矢理嫁がされるところのUターンだし。
 彼は駆け落ちしようって言ってくれたけど、そんなことしたら彼や彼の家族にわたくしの両親が何かをすることは明白だった。両親はプライドだけは高いから……好きな人に迷惑をかけるわけにいかないと泣く泣く嫁ぐことを決めたというのに……なんでもう少し早くしてくれなかったのかしら。わたくしの決意が無駄になってしまったわ。
 そうだっ。彼はわたくしの家の影響が届かない所へ旅立つって言ってたわ……早く追いかけなくちゃっ!

 「じゃあ、あとはよろしくお願いします。わたくしの部屋にある荷物はすべて好きに使ってください」
 「……言われなくても」

 大切なものが入った小さな鞄を掴み彼の元へ走ります。

 「待って!」
 「え、君は……」

 まさか彼にも魔法が?わたしのことがわからなくなったんじゃないわよね……

 「どこかの貴族に嫁いだはずじゃ……」
 「わたし、ぜーんぶ乗っ取られちゃった……貴族の娘は他にいるの。わたしはただの平民。だから、一緒に行かせて?」
 「乗っ取られた?……じゃあ……」
 「やっぱりだめかしら?」
 「いや、一緒に行こう」
 「ええっ」

 名前も知らないけど、わたしに成り代わったあなた……ありがとう。地獄から抜け出させてくれて。

◇ ◇ ◇

 その頃、乗っ取った娘はというと……

 「え、何この部屋っ!屋根裏じゃないの!」
 「明日には伯爵様がいらっしゃるのよ。違う娘なんていないはずなのに、あなた何か粗相をしたのでしょうっ。反省なさいっ」
 「ちょ、ちょっと!」

 バタンと閉められた扉は外から鍵がかけられた。まるで逃げ出さないように檻に閉じ込めているみたい。

 「なんなのよ!もう!」

 すきま風に体を震わせ、明日になれば解決するはずと信じて眠りについた。

 翌日、綺麗なドレスに身を包み気分が高揚する。こんなドレス生まれて初めて着た。ふふ、これでわたしも玉の輿だわっ。

 「いいか、今度粗相をしてみろ。売り飛ばすからな」
 「え……」
 「ほら、しっかりしなさい!伯爵様がみえたわ」

 応接室に供を連れ入ってきたのは……誰、この人?

 「おおっ、わしが望んだのはこの娘じゃ!あの娘は貧相な身体じゃったからの」

 目の前のでっぷりとした老人はわたしの身体をジロジロと舐め回すように観察している。気持ち悪いっ……え、この老人が伯爵なのっ!?聞いてないわよ!

 「そうでしたか?」
 「何かの手違いが起きたのでしょう」
 「ふむ、もうよい。この娘このままもらっていくぞ?」

 ジャラジャラと音のする袋と交換にわたしは引き渡された。

 「ほら、最後の別れをしろ」
 「最後……」
 「しっかりな」
 「元気でね」
 「はい」

 たいした挨拶もせず、馬車へ詰め込まれる。わたしはこんなの望んでない!ただあそこのお嬢様がお金持ちに嫁ぐって聞いたから魔法を使い、絵姿をわたしに変えてこの家の人の記憶を塗り替え入り込んだ。きっとお金持ちで、若くてカッコいい方が相手だと思って……

 逃げ出さなくちゃ……あの子が言ってたのは事実だった。これじゃ身売り同然だわ。
 考え込むうちに馬車が出発した……老人だけあってすぐに寝てくれたのはよかった。あとは魔法でなんとかしよう……ふふ、わたしはこんな老人に嫁ぐために生まれたわけじゃないのよ!

 そして、忽然と貴族の娘は消え去った。周囲の者は皆言う。あそこの家には娘などいない。奥様はとある伯爵様の愛人になってお金を優遇してもらっていて、旦那様もご承知の上だ……と。

 「ふう……なんとか抜け出せたわ。今度こそしっかり見極めないとね!」

 この魔法があればいつかは……でも難点は魔法を使うたび身体の一部が変化するのよね……魔法を使う対価ってことなんだろうけど、今回は足の形が変わってしまった。いつか顔も変わってしまいそう……

 「ふん!そうなったら何度でも魔法を使って極上の美女になってやるんだからっ」

 こうして何度も魔法を使い、時に醜く時に絶世の美女になり、街から街を渡り歩いた乗っ取り娘は姿が変わっても自分を見つけ追いかけてきた幼なじみと結婚したとかしないとか……

 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界でメリークリスマス

ゆうき
恋愛
 幼馴染男女のそれぞれのクリスマス  因みに幼馴染でくっ付くわけではないです  追記、僕の妄想です

好きな人と結婚出来ない俺に、姉が言った

しがついつか
恋愛
グレイキャット伯爵家の嫡男ジョージには、平民の恋人がいた。 彼女を妻にしたいと訴えるも、身分の差を理由に両親から反対される。 両親は彼の婚約者を選定中であった。 伯爵家を継ぐのだ。 伴侶が貴族の作法を知らない者では話にならない。 平民は諦めろ。 貴族らしく政略結婚を受け入れろ。 好きな人と結ばれない現実に憤る彼に、姉は言った。 「――で、彼女と結婚するために貴方はこれから何をするつもりなの?」 待ってるだけでは何も手に入らないのだから。

ラプンツェルの片思い

ゆん2022
恋愛
その恋、一方通行…思いは永遠に交わらないまま…

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

悪役令嬢は平民(?)と無双する

田中
恋愛
5歳の頃ヒロインの筈の侯爵令嬢に階段から突き落とされ前世の記憶が蘇った私。 王子から逃げるべく平民と共に 新たな道へ進む ※作者さんは適当に物語を考えていました。暖かい目で見守って下さい。 【注】タイトル変えました。 (前)悪役令嬢は平民と生涯を閉じたい 【理由】なんか…無双したくなった(阿呆です。こんな作者でごめんなさい┏○┓) もうひとつ。 初めは、エルニアとカイの関係を『番』と表記していたのですが、あまりにも『番』っぽくなかったので、自作の『ファート』という表記になりました。『ファート』とは、神によって導かれた、運命の相手の事である。 『ファート』は、会った瞬間になんとも言えない甘酸っぱい感情が芽生える(愛情又は友情)。『ファート』は、 同性の場合友情が芽生える。(稀に愛情も)異性の場合は、愛情が芽生える。 同性の場合は、バディ(愛情が芽生えた者はパートナーとも)言われる。 異性の場合は、パートナーと言われる。 『ファート』は、神によって導かれたものだが、稀に『パートナー』に会えない者もいる。その者は、同じく会えなかったものと結婚し、子孫繁栄も可能である。

私の好きとあなたの好きが重なる時

Rj
恋愛
初めてできた恋人に本命があらわれるまでの練習台といわれ、親が決めた人と結婚してしまえと婚約したら相手から婚約解消され男運がないといわれるカレン。男運が悪いという呪いをときたい!

【完結】見染められた令嬢

ユユ
恋愛
婚約時の決まり事である定期茶会で、公爵令息と顔を合わせたレイナの中身は転生した麗奈だった。 レイナを疎む婚約者に段々と遠慮なく日本語で悪態をついていく。 自己満足的なストレス発散をして帰るレイナをいつの間にか婚約者が纏わりつく。 *作り話です *完結しています *ほんのちょっとだけ閨表現あり *合わない方はご退室願います

処理中です...