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第12話 秀久の過去 その3
しおりを挟む待ち合わせの日、当日。
秀久はこの日、頭が沸騰するほど緊張していた。
この日までは特に何も考えずに過ごすよう心がけていたが、人と接するのが苦手な秀久にとっては初めてのデートは荷が重かった。
身なりや、表情、財布の中身などを何度も何度も確認して秀久は家を出る。
早く来すぎてもいけない、ピッタリすぎるのもいけない。そう考えた秀久は待ち合わせ時間10分前に着くようにした。
本当に来てくれているか不安だった秀久だが、そこにはしっかりと彼女の姿が見えた。
「お、お待たせしました!もしかして待たせました……?」
「ううん、私も今来たところです」
「そうですか、なら良かったです!」
今回で会うのは3回目だが、2回目までとは違いお互いどこかぎこちない。
そのぎこちない2人は秀久が予定していたお店へと向かう。
彼女が普段花を売っているのは都心部の入り口辺り。そこから2人は都心部へと歩を進める。
友達でもない、けれども恋人でもない。そんな2人の距離は少しもどかしい。
しばらく歩くと秀久があるお店の前で足を止めた。
「着きました」
「え、ここって……」
秀久が足を止めたお店は、普段行くような高級店ではなく一つグレードを落としたお店だったが、それでも一般の人からしてみれば高級店の部類に入る。
すんなりとお店に入る秀久と、少しためらいつつも着いて行く彼女。
「いつもこんなお店でご飯食べてるんですか……?」
「そう……ですね。あ、あのお金は出すから心配しないでください」
彼女は普段でも外食する事はない、ましてや秀久からしたら普通のお店でも超高級店の様にしか思えない。
この日の為に少しばかりおめかしをしてきた彼女だが、場違いからか少し恥ずかしさが優っている。
席に着いた2人の元に店員がやって来る。注文は秀久に任される。
しばらく待つと料理がやってきた。
すると彼女は目をキラキラさせて料理を見つめた。
「こ、こんな料理本当に食べて良いんですか!?」
運ばれてきた料理は至って普通のパスタだったが、彼女はこんなオシャレな食べ物を普段食べる事はない。
黙々と食べ進めていく秀久と慣れない手つきでも美味しそうに食べる彼女。
会話もない2人の姿は側からどう見えているのだろうか。
店内に入ってから食べ終わるまで2人はほとんど会話はない。
2人は一息ついた時、沈黙を破ったのは彼女だった。
「この前の怪我、大丈夫でしたか?」
彼女は秀久がこの間いじめられた時の怪我について聞いた。
「ああ、いつもいじめられてるから平気ですよ」
「え、いつもいじめられてるんですか?」
「まあ……もう慣れました」
「そっか……あ!そういえば私達まだ名前も知らないよね」
気まずい雰囲気を察した彼女は、すぐさま他の話題に切り替える。
そしてお互い名前も知らないままこうして話をしてる事におかしく思い少し場が和んだ。
「僕は鴉御……鴉御秀久」
「鴉御ってあの大財閥の!?」
「まあ大財閥かは分からないけど、おそらく……」
「……すごい!だからお金持ちだったんだ!」
彼女は少し何かを噛み締めた後、驚いた。
「君の名前は?」
「私は月島 澄」
「月島さんはいくつなの?」
「私は16、鴉御くんは?」
「僕も16だよ!どこの高校行ってるの?」
「私の家お金無いから、学校行けないんだよね」
「そっか……なんかごめん」
「ううん、気にしないで」
また少し2人の間に気まずい空気が流れる。
そしてそのまま2人の空気が戻る事はないまま食事は終わった。
お店を出て少しばかり歩き、秀久は提案をした。
「あのさ……喫茶店寄る?」
「そう……だね」
気まずいままの2人は喫茶店で少し休む事にした。
陽気なBGMが流れている店内では、2人の所だけぽっかり穴が開いているかのように重苦しい。
この重苦しい雰囲気を打開しようと、今度は秀久の方から話を切り出した。
「あ、あのさ!勉強したいとかは思わないの……?」
「んー……出来るならそりゃしたいよ」
「だ、だったら僕が勉強教えよっか?」
「え、教えるって?」
「めちゃくちゃ頭良いって訳じゃないけど、それでも良ければ僕が月島さんに教えようかなって……」
「本当!?でも、私なんかの為に悪いよ……」
ここで秀久の中の何かが外れた。
突然強い口調で秀久は言った。
「月島さん”なんか”じゃないよ!月島さんの為にやりたいんだ!」
秀久は喫茶店に来るまでの間にいろいろ考えた。
自分に出来ることは何なのかと、色々考えて抜いた結果たどり着いた答えがこれだ。
秀久のその強い気持ちに澄は強く心を打たれた。
勉強をして頭が少しでも良くなれば、出来る仕事も増えて家を助ける事だって出来る。
それに何よりこの人は悪い人では無いんだと思い、秀久に勉強を教えてもらう事にした。
こうして秀久と澄の関係はまた一歩近づいた。
しかし、澄には鴉御家との壮絶な過去があった……
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