俺様は黒猫だ、愛を教えろ

鈴本 龍之介

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 長い長いファッションショーは終わり、今泉は風呂に入る。ゆっくりのんびり仕事の疲れを癒し風呂から出ると、ジンはまだその服を着ていた。今泉の火照った体からは湯気が見えるほどに本格的に寒い季節がやって来ている。
 今泉と同じくらいの時間入っていただろうか、ジンも体を火照らせながら風呂から上がる。
 部屋に戻って来たジンの姿を見て、今泉はある違和感に気がついた。

「なんでまだそれ着てるの?」
「せっかくの俺様の服なんだ、着ないともったいないだろ」

 どうにもジンは自分の服が手に入った事がえらく気に入ったらしく、風呂に入った後でも着るのをやめないようだ。

「それ着て寝るの?」
「そうだ」
「シワになっちゃうよ?」
「んー、それでもいい!」

 ゲームを買ってもらった子供のように、頑なに服を脱ぐ事をやめないジンはそのまま布団へと潜り込む。見かねた今泉はまたもジンに意地悪を仕掛ける。

「ジンは知らないと思うけど、シワシワの服を着て外に出たら捕まっちゃうんだよー?」
「な、なに……?」
「俺は捕まったことないからわかんないけど、噂じゃ三日はご飯が食べられないんだって」
「三日もか!?」
「でもジンがそこまで着たいって言うならしょうがないよねー」

 今泉の適当な嘘がジンにはよく効く。あまりにも悲惨な状況を想像したジンは叫びながら布団を飛び出し、服を脱いでその場で綺麗に畳んだ。

「こ、これで大丈夫かご主人様?」
「多分大丈夫じゃないかなー」
「良かった……」

 するとここで今泉もベッドから飛び出し、ジンが畳んだ服の元へと向かう。不思議そうに見ているジンを横目に、今泉は買ってあげたシャツを手に取った。
 そしてジンに対し、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。

「ご主人様……?」

 次の瞬間、今泉は手に取っとシャツをクシャクシャと丸めだしたのだ。

「ちょっと!ご主人様!!」
「あー、これじゃ外に出られないね」
「ひどい……ひどいよ……」

 あまりのショックに呆然としているジンに、今泉はいつも通りの笑顔でネタばらしをする。

「ごめんね、ウソだよウソ」
「ウソ……?」
「そう、別にシワシワな服着てても捕まらないよ」
「そうなのか……?」
「また騙されたー」
「ま、まあ分かっていたがな、あえて騙されてやったんだ」
「その割にはすごい怯えてるように見えたけど……?」
「うるさいうるさいうるさーい!」

 一日に二回も騙されてしまってはジンもこのままではいられない。ヘラヘラ笑っている今泉の事を布団へと押し倒す。

「おらぁ! ひどいぞご主人様は!」
「ごめんって、そんな叩かないでくれー」

 今泉に馬乗りになる形でジンはポコスカと殴る。
 受ける今泉は申し訳ない気持ちではあったが、同時にジンがそれほど怒っていないと感じた。この時、実際に殴っていたのだがその力はマシュマロで叩かれているぐらいの強さなのだ。そのため今泉もこの状況を笑いながら受け入れる事が出来た。

「はいはい、おわりー」
「ご主人様の降参だな!?」
「んー、降参だね」
「やったー! じゃあ今日は俺様がこっちで寝るぞ??」

 仰向けになっていた今泉から離れたジンは、ベッドの上に飛び乗り勝利宣言をする。

「さすがに今日は意地悪しすぎたし、今日だけ許可する」
「わーい! 嬉しいー!!」

 ここに来てから数日、ジンはずっと布団で寝ていた。
 決して高いわけではないベッドなのだが、マットレスの弾力を存分に楽しんでいる。

「ちょっと食器洗ってくる」
「はーい」

 そろそろ夜も遅くなってきたので、今泉は洗い物を済ませるためキッチンへと向かう。お湯を出し、食器を洗っていく。節約しているガス代もこの時ばかりは緩くなる。
 翌日への持ち越しもなく綺麗に洗い終わった今泉は、再び部屋へと戻る。

「終わったよー……」

 話をしようと声をかけながら部屋に入ったが、ジンはベッドの上でスヤスヤと寝息を立てていた。きちんと布団をかけてやり、枕元に置いていた自分のスマホを回収しようとする。あまり音を立てないようにと、ゆっくりと普段使わない筋肉をふんだんに使い手を伸ばす。
 しかし、物事は残酷で伸ばした手のバランスで今泉は体勢を崩してしまう。スヤスヤと寝ているジンの体にぶつからないようにと咄嗟に倒れ込んだのだが、その顔は非常に近かった。二人の顔は恋人でもない限りあり得ない距離を保っている。

 今泉はジンの顔を初めてマジマジと見つめる。見れば見るほど、吸い込まれていきそうなそんな錯覚に落ちいく今泉の顔は、何故だかドンドン近づいていく。
 近づくにつれて、心拍数もドクドクと上がっていく。

 今泉の頭の中では大きな葛藤が生まれていた。
 彼は男だ、好きになるわけはないと。
 だが、今溢れ出る気持ちはなんだろうと……

 その葛藤もほんの一瞬。
 今泉はジンの唇に軽くキスをした。

 部屋中に響く心音は次第に速さを増し、今泉の眠りを妨げたのだった。

 翌日、今泉は何事もなかったかのように仕事に向かう準備をする。相変わらず少し遅めに起床したジンは昨日の事に気がついていない。

「それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」

 今日行けば休みの今泉は、昨晩のファッションショーの後にジンとある約束をした。

「服があるからって出かけちゃダメだから」
「そんな事俺様だってわかってるさ」

 家の中では堂々としているジンだが、知らない外の世界を怖がっているのだ。それを分かってもなお今泉が忠告をしたのは、ジンに危ない目にあって欲しく無いという優しさからだろう。

 普段通りに仕事に向かい、見慣れた常連と近藤の顔をチラホラと眺めながらせっせと時間が過ぎるのを待つ。
 休み前日の仕事とは濁流の如く早く時間が流れていく。時計を見る回数が増えていく中、早番の近藤を返し、遅番の千恵がやってくる。ここからは明確に仕事終了のカウントダウンが始まる。

「店長、今日はテキパキしてますねー」
「え? そうかな?」
「明日休みだからだー!」
「ば、バレた?」
「明日はどこか行くんですかー?」
「出かけようとは思ってるんだけど、なかなか良い場所がなくてね」
「それなら千恵、良い所知ってますよー!」
「本当に!? どこどこ??」

 休日と言っても、今泉の休日はだいたいが平日だ。明日の貴重な休みも平日であるため、混雑を気にする必要はないが彼女もいなければ友達も少ない今泉にとって、休日に出かけることなど稀である。故に、その選択肢が乏しいのだ。
 興味津々な今泉は思わず千恵との距離が異常なまでに近づいたが、その事には気がついていない。若干引き気味な千恵は、若者に流行ってるというお店を教えてもらう。

「【たまごとにわとり】って言うオムライス屋さんが人気ですよー」
「オムライスかー、そんなに人気なの?」
「めちゃくちゃ美味しいって友達が言ってましたよー」

 今泉はお店の名前をスマホにメモをして、千恵にお礼を言った。この時の千恵は彼女とのデートに備えているのだと心の中でニヤニヤしていた。
 そんな事もつゆ知らず、今泉は最後の仕込みをしているとオーナーがやってきた。

「あ、オーナー! 店長明日デートみたいですよ?」
「おー、頑張ってこいよ」

 店長と千恵のいやらしい視線をかわしながらそそくさと引き継ぎを済ませた今泉は、二人に挨拶をし店を後にする。
 帰り道、今泉は千恵に教えてもらったオムライス屋を調べてみる。値段に場所、どんな感じの見た目なのかあらかたリサーチを済ませ、ジンは景色を見たりするよりもご飯なら喜ぶだろうと考えここに決めた。
 家に帰ると、ジンはいつも通り寂しい様子で玄関で出迎えてくれている。今泉はそんなジンに対して、明日の事について発表があると誘導した。

「ジン、明日は休みだ」
「知ってるよご主人様」
「じゃあどこに行くかは知ってるか?」
「それは……わからない!」
「じゃあここで発表する、明日は……オムライス屋さん行く!」
「オムライス屋さん……?」
「そうだ、ジンはご飯好きだろ?」
「好きだけど、別にご主人様のご飯で充分美味いと思ってるからなー」
「聞いて驚くな、どうやらめちゃくちゃ美味しいらしいんだ……」
「めちゃくちゃだって……!?」
「ちょっとは興味出てきた?」
「まあ、ご主人様が食べたいって言うなら付き合ってやるよ」
「よし、じゃあ決まり!」

 明日の予定が決まった二人は、言葉には出さずとも妙に浮かれていた。
 今泉は晩ご飯の準備をしている最中に思わず鼻歌を歌ってしまったり、ジンに至っては今泉にオムライスの事をやたらと聞いてくる始末である。お互いがバレバレな行動をしている事に気がつかぬまま、今泉は出来た晩ご飯を食卓へ運ぶ。
 するとジンは、少し悲しい顔をしていた。

「今日のご飯はこれだけか?」
「そう、今日はこれだけ」

 食卓に並べられたのは、ご飯と焼き鮭とインスタントの味噌汁だった。
 贅沢は言えない状況のジンだが、彼の一日の唯一の楽しみはこの晩ご飯なのだ。仕事で疲れて翌日も仕事なら致し方ないのかもしれないが、明日は休み。少しぐらい普通のご飯を作ってくれても良いのではないかと、この時思った。
 あまりのショックの受けように、今泉はジンに説明をする。

「ジン、聞いてくれ。晩ご飯がこんな質素になったのはわけがあるんだ」
「わけって何だ?」
「今日こんなご飯を食べる。そして明日めちゃくちゃ美味しいご飯を食べる。するとどうだ? 高低差でめちゃくちゃ美味しく感じると思わないか?」
「……なるほど! 今日美味しいの食べたら明日あんまり美美味しいって思わないかもしれない!」
「だからすまない、今日はこれで我慢して欲しい」
「さすがご主人様だ! 明日のために我慢するよ!」

 二人はそこそこ美味しい焼き鮭とまあまあしょっぱい味噌汁を食べて、明日のために備える。
 風呂に入っては念入りに体を洗い、歯磨きは普段の何倍もの時間をかける。そして、いつもの就寝時間よりも早くベッドに入り電気を消した。
 明日向かうのは若者に人気のオムライス店……
 二人はそこで起こる事も知らずに夢の中へと落ちていくのだった。
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