俺様は黒猫だ、愛を教えろ

鈴本 龍之介

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 今泉の夢は何故かいつも同じような所で目が覚める。可愛い女の子と良い感じにコトが進み、自分の部屋に連れ込んで彼女の服を脱がせようとする時……
 裸体は目の前には現れず、ここでいつも白いモヤがかかり悶々としたままの目覚めを迎える。
 どうして今泉はここで目が覚めるのか?
 それは彼が童貞だからだ。

「ふあ~、よく寝た」

 目覚ましのいらないストレスフリーな寝起きの今泉は、自分に掛けられた毛布、目の前にある空っぽの食器が目に入り昨日の出来事を徐々に思い出していく。
 そして、昨日買い物から帰って来た時の事を思い出した瞬間、謎の男の存在も思い出した。
 今泉はとりあえず、財布に通帳、印鑑や家の鍵を確認した。だが、それらは綺麗にそして今までと変わらない形で置いてあった。
 ならば、あいつはどこに行ったのかと疑問に思った今泉だが、居ないなら居ないでそれは問題ないと判断し朝風呂へと向かう。
 浴室の前まで向かい服を脱ぎ、さっきの夢の続きを思い出しつつ未だ少し元気な今泉は自らと共に浴室のドアを開けた。

「よお、目覚めはどうだいご主人様」

 今泉はしばらくの硬直ののち浴室を出て扉を閉めた。この衝撃によって今泉の脳内に昨日の出来事が鮮明に蘇る。
 そして、この状況をもう一度確認するために意を決して扉を開けた。

「バスタイムかい? ご主人様」
「な、なんで勝手に入ってるんだよ!」
「猫は綺麗好きなんでね」

 そう言って謎の男は湯船の中で鼻歌まじりで上機嫌になっていた。完全に目が覚めたのに、その目覚めは今泉にとって気持ちの良い物ではなかっただろう。再びドア閉めようとしたその時、謎の男は声をかけた。

「ご主人様も入んないのかよ?」
「入るわけないでしょ!」
「もしかして一緒に入るのが恥ずかしいのかぁ~?」
「そういうわけじゃ」

 そういうわけじゃ無いと言いかけたが、そういうわけの様だ。男同士、銭湯など行けば老若様々な裸を目の前にするだろう。しかし、恥ずかしい事などは無い……自分も裸なのだから。
 だが今泉、どうしても恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。家の風呂、狭い空間……ここに裸の男が二人で何が起きるというのだろうか。浴室のドアを開けた右手はずっと固まったままだ。

「じゃあ入りゃあ良いじゃん」

 謎の男は屈託のない笑顔を向ける。
 敵意はないよ、何にも悪いことしないよ、そんな事でも言いたげな顔に今泉は渋々了承する。

「み、見ないでくださいよ」
「別に好きで見るわけじゃねぇけど……見えちゃうのはしょうがねぇよな?」
「それならまあ……」
「ほら、手で隠してたら洗えないだろ?」

 今泉は勇気を出して手をどけた。心の中では何を言われるのだろうか、見られて恥ずかしくないのだろうか、と沸騰寸前だったが謎の男は何も言わなかった。と言うよりもむしろ無反応。
 拍子抜けしてしまった今泉はその無反応ぶりの理由を謎の男に聞いてみた。

「なんでそんな平気で居られるんですか……?」
「そりゃ猫だからねぇ……もともと裸の生き物だよ?気になるわけないじゃん」
「それもそうか」

 この一言で今泉はだいぶ気持ちが落ち着いた。
 猫と一緒にお風呂に入ってるだけ……ただそれだけのことなのだ。なんだか馬鹿らしくなった今泉はシャワーを浴び、体を洗う。

「ご主人様、俺様はもう出るぜ」
「あ、あぁ……」

 そう言うと謎の男は湯船から上がった。
 その時、今まで湯船の中で見えていなかった謎の男の裸体があらわになる。昨日は衝撃であまり見られなかったその裸体。チラッと横目でそれを見た今泉は、謎の男の美しい裸体に思わず見惚れてしまう。スラっとした手足に、筋肉質な肉体同じ人間なのかと怠け腐った今泉は別の意味で恥ずかしくなった。
 浴室を出る謎の男、不思議な気持ちに支配された。今泉は湯船に浸かり、お湯で顔を濡らしながらその不思議な気持ちを払おうとする。
 しかし、それはなかなか消えない。この瞬間、今泉の中で謎の男の存在が少しだけこびりついてしまったのだ。

 考えすぎてのぼせてしまいそうになった今泉は、浴室を出た。体を拭こうと用意していたタオルを探したが、見当たらない。
 困った今泉は払えるだけ水を払い、びしょびしょのまま床を濡らしながらタオル捜索を始める。
 そしてそのタオルはすぐに見つかった。

「よお、ご主人様。なんでそんなびしょ濡れなんだ?」

 能天気な謎の男の腰には今泉が用意していたタオルが巻かれていた。

「ちょっと! 勝手にタオル持ってくのやめてくださいよ!」
「ん? これか? もういいから返すわ」

 そう言うと謎の男は、タオルを持って近づいてくる。今泉は何故か恐怖に慄いている。それは全裸の謎の男がタオルを持ち、少し笑みを浮かべながら近づいてくるからだ。
 今泉は気づいた。今までの行動は全てフェイクでこの油断した瞬間の為に殺そうとしてくる異常者だと。
 冷静に考えればこの状況はヤバい。
 今泉は諦めてこの事態を受け入れる。
 頭にタオルを被せられ、耳元でこう囁かれた。

「……俺様が拭いてやるよ」

 理解する数秒の間に、謎の男に髪の毛を拭かれだす今泉。
 放心状態でいる間に今泉の髪の毛の水気はあっという間になくなった。

「ほらよ、体は自分で拭きな」

 結局、理解に及ばなかった今泉は謎の男に聞いた。

「なんでこんな事するんですか」
「猫だから……かね」
「そうですか……」

 府に落ちなかったが、今泉の中でまた少し何かがこびりついた様だった。

 お風呂での一悶着があった後のお昼。二人はそれぞれのほほんと過ごしていた。
 今泉はスマホをいじりながらゴロゴロ。
 謎の男は日の当たるところでゴロゴロ。

 お互いに無言の静寂の中、部屋にお腹の音が鳴り響いた
 今泉が謎の男を見る、謎の男も今泉を見る。
 二人とも自分じゃないと言いたげな顔をするが、お腹が空いたのは事実である。

「そろそろご飯にしますか?」
「それは名案だ」

 ぎらつかせた目をした謎の男と、やれやれといった様子の今泉。

「もう冷蔵庫の中全然ないや。昨日と同じ焼うどんでも良いですか?」
「俺様は別に構わないぜ」

 そうですか、と今泉は料理に取り掛かる。ものの10分ほどで焼うどんは出来上がり、食卓に運ばれる。

「夜ご飯はもうちょっとマシなものにするんで、お昼はこれで我慢してください」
「ご主人様よ、気にするな。俺様はこのうどんはめちゃくちゃ美味いと思ってるぜ」
「そう言ってくれると嬉しいです」

 うどんをすすり、無言で食べ進めていく二人。
 半分も食べ進めたところで今泉は口を開く。

「そう言えばなんで猫なのに人の姿になったんですか?」
「いい事を聞いてくれたな。だが、それは俺様にもわからないんだ」
「わからない……?」
「猫の時の記憶も、人としての記憶もほとんどない。ただ何となく猫なんだなとしかわからない」
「名前も分からないんですか?」
「そうだな……名前か……んー、出てきそうなんだよな」
「頑張ってください!」
「んー……じ、ジン! ジンだ!」
「ジン? ジンさんって言うんですか?」
「そうだ、俺の名前はジンだ……だけどなんで名前が出てきたんだ」
「とりあえず名前を思い出せただけでも良かったじゃないですか!」

 人だったのが、猫になったのか?猫だったのが、人になったのか?答えは二人にもわからない。
 しかし今泉の性格のおかげだろうか、二人の間には大きな溝もなくまるで昔から一緒に居た様な空気が流れている。

 だが、謎の男と生活する上で何も知らないという事は恐ろしい。ここからは謎の男に対するリサーチが始まった。
 過去の出来事などは覚えていないと言う謎の男だが、簡単な事は覚えているという。

「好きな食べ物は?」
「魚とか肉」
「嫌いな食べ物は?」
「玉ねぎ、チョコレート」
「好きな場所は?」
「暗いとこ、日が当たるとこ」
「嫌いな場所は?」
「寒いとこ」
「好きな人は?」
「飯くれる人」
「嫌いな人は?」
「構いすぎる人」

 アイドルの特集ページかというぐらいありったけの質問をした今泉。
 最後の質問をジンにぶつけた。

「今一番気になってる事は?」
「気になってる事……何かを探してる……」
「何かを探してる……?」
「んー、俺様は何かを探すためにこの姿になったはずなんだ」
「何かってなんですか?」
「いや、それがわからないんだ……」

 それまで上機嫌で質問に答えていたジンだが、その表情はどこか悲しそうだった。

「じゃあ、何かわかるまで頑張りましょう!」
「……すまないな、迷惑かける」

 今泉は最初こそジンのことをとんでもない奴だという認識だったが、一日を共にして悪い奴ではないししばらくの間、家においてあげようと感じた。
 それはジンが意図して迷惑をかけているわけではない事、理由があってここにいる事、そして自分が拾ってきた責任がある事。これらの要素が合わさって、追い出す事を拒んでいる。

「しばらくは面倒見ますから! だから心配しないで!」
「うぅ……ご主人様! 申し訳ねぇ!!」

 湯気が消え冷え切ってしまった焼うどんを、今泉は二人分レンジにかけ熱々になったものを再び食卓に戻す。
 泣きながら食うジンと、それを励ましつつ食べる今泉。完食した二人は、少し距離が縮まった。

 謎の男の事も少し分かり心も少し落ち着いてしばらくのんびりした今泉は、晩御飯に向けて買い物に出かける支度をする。
 その様子に気がついたジンはあるお願いをした。

「ご主人様、俺様も行きたいんだが……」
「ダメダメ!」
「そこをなんとか!!」
「なんとかって、服はどうするのさ」
「んー、このダサい服じゃダメか?」

 腕も足も七分丈、オシャレと言い張ればそれまでだがそういう服ではない。家中探しても、どれもサイズが合う服があるはずもなく泣く泣く断念する。

「そんなに外に出たいのか?」
「外に出たら思い出す気がするんだ」
「そっか……じゃあ次の休みまでに用意するからそれまで我慢しててくれ」
「本当か!?」
「あぁ、約束するよ」
「やったー!! 最高だぜご主人様!!」
「じゃあ、行ってくるから大人しく待っててくださいね」

 今泉は家を出て買い物に向かう最中、小躍りするジンの姿を思い出しどうやって晩ご飯に腕を奮ってやろうかと考えていた。
 そして、家で待つジンも今泉の優しさに心躍りながら幸せを噛み締めゴロゴロしていた。

 二人は今、お互いに惹かれあい始めているのかもしれない。
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