幸せな人生を目指して

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第10章 アマビリスの乙女

21 譲れないもの…アメリアside

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「ファイアーキャノンッ!」

喧嘩の宣言をした途端、強力な火の塊が私目掛けて繰り出される。

「リフレクション!」

それを相手の攻撃魔法をそのままそっくり返す事が出来る、反射魔法で対応する。

「…っ」

彼女の攻撃を返す事には成功したが、反射させる瞬間に感じた違和感。攻撃の重さ――、あれは十中八九、彼女が使用している魔法道具の効果だろう。

……やっぱり、本来の魔法の威力を更に底上げする、身体強化に似た能力が、あの魔法道具には備わっているようだ。しかもあの漏れ出ている黒い靄、きっとあれは瘴気に近い。

本物の瘴気ならこんなにも動けないし、それどころか生死にも直結する場合もある。短時間だろうと体に害を及ぼし、最悪の場合死に至る。
それ程までに人間とは相容れない概念なのだ。

それを踏まえた上で改めて見てみるも、若干瘴気の影響で言動が普通ではないが、それでもまだ私に攻撃を仕掛けてくる元気はある。

瘴気は瘴気でも、直ぐに人間に害が出ないよう、何らかの方法で改良されたものをあの道具に込め、それを魔法道具として、ベラの言う商人が売り捌いているのではないだろうか。というのが私の見解。

もしそれが本当ならば大問題だ。
それに瘴気と聞くと、エルから話に聞いていた魔族の事を思い出してゾッとする。
今回の件に、もしも伝説上の存在としか思っていなかった、魔族と言う種族が関わっていたとしたら……。

いや、やめよう。あくまで推測でしかないし、この目で魔族を見た事がない私が判断出来るはずもない。
そんなあやふやな存在よりも、今は目の前の事に集中しなければ。


「シールド――と、続けてデバステート・ウィンドッ!」

防御魔法と続けて唱えられたのは風属性魔法、比較的簡単な突風を起すもの。とはいえ人一人を難なく吹き飛ばせてしまえるくらいの威力がある。

こちらも防御魔法で防いでも良いけれど、それでは中々埒が明かない。
それなら――。

「デバステート・ウィンド…ッ!!」

私も同じ魔法、同じ威力のものをぶつけて相殺させる。

突風と突風がぶつかり合い、その衝撃の余波がお互いに降りかかる。体が浮く程ではないにしても、嵐の日の風のような、思わず目を瞑ってしまうような強い風が私を襲い、髪や服が激しくはためいた。

普段なら身だしなみを気にしているところだが、今は気にしている余裕はない。

それに今、ベラは同時に二つの魔法を使用していた。そちらの方が驚いたのだから。
魔法の同時使用は単純に難しく、理由も単純で発動させている間の維持が難しいのだ。

魔法士の腕のレベル、才能、使用する魔法の種類、魔法道具の使用。それらによっては難しい話ではないのかもしれないが、学生レベルでは同時使用ではなく、連続使用が基本。
それなのに今確かに魔法が同時展開され、それを確かに可能にしていたのは火を見るよりも明らかだが、あの瘴気を放つ魔法道具である。

ただこうも簡単に学生が普通ではない、あんな特殊な魔法道具を使いこなせるものなのかという疑問が生まれる。
あれだけの力を秘めているのならば、その代償もあるのではないか…?そう考えずにはいられなかった。
どちらにしても、やはりこの喧嘩は早めに決着をつけ、更にはあの魔法道具をベラから取り上げなければならない事は確かなようだ。

少し手荒でもやるしかない――。


気を取り直し、次の攻撃を繰り出そうとしているベラよりも先に、私は素早く呪文を唱えた。

「ウォーターウェーブッ」

発動させたのは波を起こす魔法。波と言う特性を活かして、相手の視界を遮ったり、体勢を崩したり、一時的に動きを封じたりするのに使用する事が多い魔法。
私としては、中々できない彼女の隙を作り、あわよくば一時的だとしても体勢を崩せればそれで良い。それがベストなのだけど。
とは言えそこまで上手く行くとは思っていないから、更なる攻防を続ける。

「アクア・カノン・アクティベートッ!!」

唱えたのは先程と同じく水属性の攻撃魔法。水の球を幾つも生成し、それを弾く様にして相手に放つ。
こちらも簡単な部類に入る下位魔法だが、それでも当たればそこそこ怪我をする。
何故なら、今発動させたのは水魔法だけではなく、その攻撃、威力を更に倍増させる強化魔法も付け加えて展開したからに他ならない。

まあ強化していると言っても大怪我にはならないよう、威力はいくらか調整をしているが。


最後まで油断はしない、けれどそれでもこの一撃で勝負がついて欲しいと言う思いはあった。


「本当に癪だけれどアメリア、あんたは強いわ。目障りなくらい。だけど――」

そう言ってベラの口角が上がった瞬間、私の中で唐突に警鐘が響く――、

「――プロテクションッ!!」

それからはもう反射、ほぼ咄嗟だった。
今の今まで攻めていたのは私の方だったのに、この一瞬にして戦況が変わったのだった。


私が咄嗟の判断で展開した、シールドよりも強力な防御魔法、プロテクションを発動させたと同時、ベラの元から発せられた瘴気の塊が防御の壁に衝突し、その衝撃が伝わってくる。

「……くっ!」

防御魔法が破られたわけでもないのに、腕が痺れる程の重いその衝撃に、思わず苦し気な声が無意識に口から漏れた。

「ふふふ。流石のあんたでもこの状況では身を守る事で精一杯よね~」

じゃあこれはどうかしら~?
如何にも馬鹿にした言動に思うところはあるが、確かに彼女の言う通り、今はこの瘴気から身を守る事で手一杯な状況。
しかし彼女からすればこの状況は好機。ベラが次の攻撃を仕掛けようとその手が私に向けられた。

「ウォーターアロー」

そうして唱えられたのは水属性魔法。水を鋭く尖った矢のような形状に生成し、相手に放ち攻撃する。
いくら水とは言え、鋭く尖ったその切っ先は、鋭利な刃物と同じくらいの殺傷能力を有する。当たる箇所も悪ければ致命傷に、少し掠るだけでも傷が出来るのだ。

「…アクティベートッ!」

既に形を成し私に向かって飛んでくる水の矢を見て、私も更に呪文を唱える。

既に一度使用した強化魔法。
先程は攻撃の際に使用した為、攻撃力を上げる効果があったが、今は自分自身を守っている防御の壁、それに効果を上乗せする。
元々プロテクションは、使用頻度の高いシールドよりも防御力があるのだが、そこに強化魔法を施せば更に強固な防御力を誇った壁がそこに出来上がるのだ。

一度守りに入ってしまった為、この状況で攻撃に移るのは今の私には難しい。
ならば一度防御で身を守り切った上で、ベラの攻撃が止んだ瞬間を狙いこちらも反撃に出れば良い。
そう思い、今は相手の攻撃を耐える事を選択したのだった。




――けれど、それが間違った選択だったのだと、この後直ぐに気が付く事となる。



「無駄よ」

無慈悲に発せられたベラの声。けれどそれが聞こえた時には既に遅かった。

――ッ!!

私の目先には鋭利な水の矢の切っ先が迫っていたのだった。


目の前に展開していたプロテクションを破って――ではなく、真っ直ぐに迫っていたそれが、防御魔法と衝突する寸前突然その軌道を変え、更には意志を持っているかのように、展開されている防御の壁を交わし、防御魔法を発動していない隙間から私の間合いに入り込んできたのだ。


――完全に隙をつかれた。

この距離では更に呪文を唱えても発動まで間に合わない。だからと言って体を捻って躱す事も出来ない。

そう思い、私は来るであろう衝撃と痛みに耐えるよう、目をギュッと瞑りその時を待った。




けれど待てども待てどもその瞬間は訪れなかった。

……?


不思議に思いつつ恐る恐る目を開けて――――しかし、目の前には何もなかった。

「…え?」

「姉様っ!」

放心状態だった私だが、突然可愛らしい声が聞こえてきた事で、反射的に後ろを振り返った。

「…エルッ!?」

振り返った先には必死な顔で、それでも天使のような可愛い顔でこちらに駆けて来る愛妹の姿。

「ファイアーボール」

更にエルの後ろからは、クールなのか無表情なのか分からない、いつも通りのレヴィの姿もあって。
この状況にも顔色一つ変えず、当たり前のように呪文を唱え、下位魔法にしては威力が大きいファイアーボールを淡々と生成させると、それを躊躇なくベラに向かって放った。

その様子に呆れつつもホッとしている自分もいる。

…良かった、エルが無事で。レヴィがいるから大丈夫だとは思っていたけれど、心の奥底では、お姉ちゃんとしてはやはり心配してしまうから。

あんなに必死になって来てくれるなんて、こんな状況だけど、正直凄く嬉しくもある。

「姉様ッ!!」

「エル!」

エルが勢い良く私の胸の中に飛び込んできて、私はそれをしっかりと受け止めた。
ほんの少し離れていただけだと言うのに、何だか何年か越しの再開を果たした時のような、胸が締め付けられるような感覚がしてしまう。

「姉様、無事で良かったです…」

泣いてはいないけれど泣きそうで震えた声。私もどうやら心配をさせてしまったようね。

「エルも無事で良かったわ。来てくれてありがとう。もう体調は大丈夫なの?」

罪悪感で申し訳なく思うものの、気になっていた事を先に聞く事を優先させた。走って来る程なのだから体調はそれなりに回復しているのだろうけれど、それでも直接本人から聞いておきたい。

「はい、もう大丈夫です。遅くなってごめんなさい」

胸に埋めていた顔を上げてそう言うエル。しゅんと眉が下がり、見上げる形となる為、自然と視線も上目遣いになるが、その表情が可愛すぎて、思わずいつものエルをとことん可愛がりたい衝動に駆られる。
が、しかし今は違うだろうと必死にその衝動に蓋をするのだった。


「良いのよ。来てくれただけで嬉しいわ。それに今のはエルが私を守ってくれたんでしょう。ありがとう、エル。
レヴィもエルを守ってくれて、そして来てくれてありがとう」

「別に礼を言われるような事はしていない」

エルにもそして妹を守ってくれていたレヴィにもお礼を言えば、それに照れたようにはにかむエルと、対照的にムスッとした顔で可愛くない事を言うレヴィ。

本当にこの子達は――。


「本当に素直じゃないわねレヴィ。そんなだとエルに嫌われるわよ。
全く、エルの可愛さを見習いなさい」

「なっ…!!」

少し意地悪をしたくなって揶揄うと、分かりやすく頬を赤くして怒った顔をするレヴィ。

あら、そう言うところは可愛らしいのね。

なんて思ったけれど、これ以上揶揄うのは可哀そうね。
それに本当に二人には感謝をしているから、これでおあいこ。そう思いこれ以上は言わないでおこうと思うのだった。
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