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第10章 アマビリスの乙女

15 進展

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姉様そしてルカと共にシェルバート伯爵家を訪れたその翌日、私は姉様と一緒に書庫でまた調べものをしていた。

訪問から帰宅後、姉様から彼の様子を詳しく聞いたが、話を聞く限り今の彼の状態が明らかに正常ではない事に苦しく思うと共に、ある疑問を抱いたのだった。

その経緯で改めて魅了魔法について調べ直す、と言う事になった訳だが、前回見つけた魔法書と共に更に調査をし、他にも記述があるものがあればそれと見比べていくつもりでもいる。
事情を既に知っている父様にも詳しく聞いてみようと思っているし、更には私の通うエスワール魔法学院の学院長である、アスツゥール学院長にも直接話を聞いてみるつもりだった。


私達が書庫に籠り調べていると、不意に扉をノックする音がする。それに振り返れば、失礼しますとルカが顔を出すところだった。

「エル様、アメリア様、紅茶をお持ちしました。そろそろ休憩に致しましょう」

ルカは私達を一瞥すると、何冊も魔法書が積み重なっているテーブルの開いているスペースに、持って来てくれた淹れたての紅茶入りカップを二客置いた。

さり気ない彼の気遣いに私は感謝した。
いつもルカは呆れた様子ながらも、こうしてお願いしていないにも関わらず紅茶を淹れてくれたり、私が何かに没頭してしまっていると今のように声を掛けてくれたりもする。
でも彼のその行動は、本当は私達を心配しての事だと気付いた。声に出して言わないし、態度にも出さないけれど、分かるのだ。伊達に長年一緒にいた訳ではない。

「すみません。態々ありがとうございます」

「ありがとうルカ。ごめんなさいね。私もつい夢中になってしまったわ」

「全くです。そう思うのでしたら気を付けて下さい。本当に貴方達姉妹は見た者同士で、一度集中すると周りが見えなくなるんですから。僕がこうして来なければ、一日中休憩もせずに調べるつもりだったのでは?」

いつも以上に言葉詰めしてくるルカに私達は反省の色を見せるのだが…、どうやら彼のお怒りモードは収まるどころか、更にヒートアップしてしまったようだ。

「それにこれからアスツゥール学院長ともお会いするのでしょう?それなのに無理して体調でも崩されては元も子もありませんからね。
逸る気持ちも分かりますが、休息も必要ですよ」

こうなったルカは止められない。そう悟った私達は諦め、大人しく彼のお説教を聞く他なかった。


その後まだがみがみとお説教は続いたが、暫くすると彼の怒りも収まりつつあり、その頃合いを見計らって私は言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい、ルカ。ルカの言う通り学院長にお会いする事になると思いますし、今無理して体調を崩している場合ではありませんね」

すると顔を顰めていたルカがふっと表情を和らげる。

「そうね。私も気を付けるわね。
それで学院長との面会の場はつくれそうかしら?」

そんな彼に今度は姉様が問いかける。それに一瞬和らいだ表情から真面目な顔に戻ると、ルカはこくりと頷き更に続けた。

「既に話は通っていますし、話し合いの場も取り決めています」

淡々と報告するルカに私は相変わらず仕事が早い、流石だな、なんて他人事のように思うのだった。

「それはいつなの?」

「明日です」

二人のやり取りを聞きながら私は驚いていた。まさかの急展開。昨日の今日でそこまで状況が進展しているとは、流石に思っていなかったのだから。



そして翌日の放課後。

学院内では既に生徒達が帰路に着き始める頃。そんな中、私と姉様は学院長との面会の為、学院長室へと赴いていた。
予めと言っても急遽決まった為、面会は私と姉様二人でとなり、ここで話し合われた内容は後にルカやレヴィ君、ユキ達にも共有するつもりだ。

「待っていたよ。さあかけてくれたまえ」

学院長室を訪れると彼――アスツゥール学院長が快く私達の到着を歓迎してくれた。

急遽時間を割いてもらったにも関わらず、嫌な顔一つ見せない彼に、そして申し出を受け入れてくれた事も含め、こちらとしては感謝しかない。

「失礼します」

入室した姉様に続き私も学院長室へと足を踏み入れる。そして学院長に促されるまま、綺麗に配置されたソファに並んで座ると彼と向かい合った。

「良く来てくれたね。アメリア君にエルシア君」

アスツゥール学院長は人当たりの良い優しい笑みを浮かべて、私達の来訪を歓迎してくれた。

「お忙しい中、本日はお時間を割いて頂きありがとうございます。学院長早速ですが――」

「話は事前に聞いているよ。本題に入ろうか」

そう切り出した学院長は先程とは打って変わり、笑みは鳴りを潜め真面目な表情で私達を見つめる。
急に変わったその雰囲気に私は少しの緊張感を覚えたと同時に、流石王国きっての魔法学院、エスワール魔法学院の学院長なだけはあるな、と変に感心もする。

「では事前にお伝えしていた通り、‘‘その事‘‘について教えて頂けますか」

学院長は多忙の身である為、時間を取ってもらうのは忍びないし、それにこちらとしても情報があるのなら早く聞きたい所。
その為効率を考えて学院長には事前に手紙を送っており、あらかたの状況説明と何を聞きたいのかを予め知らせておいたのだ。

フランさんの事は未だ家族や周囲の限られた人しか事情を知らない。ただ時間が経てば経つにつれ、今回の件に勘付く人はきっと増えるだろうし、そうなれば彼は仮にも貴族だ、今回の件だけではなく、他にも変な噂まで流れてしまう恐れだってある。
貴族には社交の場があるのだ。噂が立てば広がるのなんて一瞬。それは彼の為にも、彼の父親である伯爵や家族の為にも避けなくてはならない。

そう言った面も考慮して、書面と言う形で始めのやり取りを行ったのだった。



「魅了の魔法だったね」

「はい」

「私はこれでも長く生きているし、魔法の知識も人よりは持ち合わせているつもりだったが、まさか魅了魔法が今回の騒動の原因で、しかも魔法の効果が通常では考えられないような、異常さになっているとは……。それも我が学院の生徒を巻き込んでいた等となれば到底許せる問題ではない」

「その通りです。私も許せません。
しかし奇妙です。この魅了魔法は低位の魔法で精神的な問題はあれど、直接的身体的な害はないはずでは?フランさんの様子を私は直接見ていませんが、姉様の話を聞く限りあまりにも……」

楽しげに笑い合っていた姉様とフランさん。その様子を見ているからこそ今の状況が悲しく、そのせいもあって最後に行くにつれ言葉が詰まってしまった。

「エルシア君の意見は尤もだね。
私もフラン君の事は手紙で教えてもらって心が痛いよ。それに魔法についてもだが、確かに魅了魔法は低位のものでそこまで人に害をなすものではないはずだ」

「という事はやはり…」

重い空気の中、姉様のポツリと零したその一言がやけに大きく耳につく。

ほんの何秒か場に沈黙が落ちる。そのしんと静まり返った空気を破ったのは学院長だった。

「アメリア君の考えている通りだと私も思うよ。
話に聞いたものはただの魅了魔法ではないだろう。何か手が加えられている、或いは外部の人間が関与している可能性がある」

淡々と告げられた学院長の言葉に私は息を呑む。確かにその考えはあったのだが、魔法に精通している学院長にこうしていざ告げられるとまた違った衝撃を受ける。

「質問良いでしょうか?
まず手を加えられている場合ですが、どういった事が考えられるのでしょう?外部の人間が関与している場合であっても、同様にどういった目的があると思われますか?」

姉様がそう順に述べ、それを聞いた学院長は少し考える仕草をした後口を開いた。

「そうだね。手を加えられている場合、単純に魔法の改良、と言うのが一番妥当だろうね」

「魔法の改良……?」

「普通は考えないけれど、出来ない事もない。ただし危険が伴うがね。
魔法は呪文とそれから魔力を正しい方法で放出させる事で、現象として使用する事が出来るものだ。それを無理に改良なんてしたら良くて失敗、最悪力が暴走して使用者本人を死に至らしめてしまう可能性すらある。それくらい危険な行為なんだ。だからそんな事を実際やろうとは思わないのだが……残念な事にこの世の中にはそれを成し得てしまう者も少なからずいるのもまた事実」

成功する可能性は低いし、最悪暴走しての死。
学院長のその言葉には薄っすらと寒気すら感じた。考えた事がなかった訳ではないが、一応私自身、一度死と言うものを経験しているのもあり、結構リアルに感じられる。経験していると言うのも変な話ではあるのだが。

「次に外部の人間の関与についてだが、どちらかと言えば今回はこちらの方が可能性が高いと思うよ。
何故なら、魔法の改良には時間も労力もかかるし、はっきり言えば面倒だ。まあそれだけなら可能性として捨てきれないけれど、この短期間での出来事なんだ。外部の人間が関与している可能性の方が高いと私は判断するよ」

「つまり前もって計画をしていたならまだしも、もしそうだとしても、今回の件はあまりにも計画性がなさすぎる、と言う事ですね。それに限られているとは言え、今回の事情を知っている人間が今の段階で多すぎると思います」

学院長の意見を聞いた姉様は神妙な面持ちで自身の考えをそう述べ、隣でその会話を聞いていた私も確かに、と納得していた。

姉様の言う通り、計画されていたとすれば、魔法の改良はそこまで難しい話ではないのかもしれない。けれどまだ子供である私達に、仮説と言えどもここまで見破られる程度では、計画性も何もない。お粗末だ。
そこまで考えればおのずと学院長の言うように、外部の人間の関与を疑った方が正しいと思えてくる。

「確かにそう考えれば外部の人間が絡んでいる、と言われた方がしっくりきますね。
ただ目的が分かりません。一体何のために…?」

私が思った疑問を素直に言葉にすれば、学院長はそれに答えてくれた。

「正直なところ、良からぬ事を思案している連中の考え等、到底断定出来ないが、一般論で言えば金銭目的や報復、怨恨、そう言ったものが妥当だろうね。まあ総じて言える事は私利私欲だと言う事だ」

「なるほど…。今回の件の被害者はフランさんであり、彼は貴族の人間でもあります。その外部の人間と言うのが貴族ではなく平民の方で、貴族に恨みや嫉妬の感情を強く抱いてる人である、と言う場合もありますよね。
それに学院長には事前にお伝えしましたが、正直なところ私達はクーバー伯爵家の令嬢、ベラさんの事を今回の首謀者として疑っています。そして彼女に今回の件を引き起こす度胸はあれど、ここまでの威力を発揮する魅了魔法を、彼女一人で引き起こす事は難しいとも考えています。
その事から、私も外部の人間が関係しているとは思うのですが、そこでまたある疑問が浮かび上がるのです。
今回の出来事に関与していると思われる外部の人間が、本当に貴族に恨みを持っているのだとすれば、同じく伯爵家の令嬢であるベラさんに助言、力添えをする事に、一体何のメリットがあるのでしょう?」

長々と語っている間、二人は唯々黙って私の話に耳を傾けていた。その上で各々考えを巡らせてもいるようだ。
そしてその考えを先に言葉にしたのはまたも学院長だった。

「そうだね。確かに一見利点はないように見えるが、その者が確固とした利点を求めているとは限らない。例えば金銭が得られずとも、助言した相手が自分の思うがまま、掌の上で踊っているのを見ている。それだけで快感と感じる者もいるだろうからね。
もしかしたら今回もそう言った連中が絡んでいるのかもしれないし、そうだとしたら厄介だ。
まだ証拠はないから仮説の域を出ないが、可能性としては十分考えられるし、更に言えば、君達が言うベラ君の身にも危険が伴うかもしれない」

「ではベラの事は監視の意味も含めて、護衛をした方が宜しいでしょうか?」

「うむ。本来ならば学院の生徒を監視等したくはないのだが……。致し方ないね。
暫く彼女の行動を監視すると共に、身を守る為にも護衛役を付ける事としよう。とは言っても彼女には知られてはならない。
私の信頼できる、そして優秀な人材を護衛に回そう」

「ありがとうございます。学院長」

学院長からの提案に姉様が感謝の意を伝えた。すると重苦しい空気から一転、学院長は表情を緩めると柔らかく笑って更に言葉を続けた。

「礼には及ばないよ。寧ろ私の方が君達に感謝しなくてはいけないくらいだ。今回の件、知らせてくれてありがとう、アメリア君、エルシア君。
ただこの先、危険な事があるかもしれない。くれぐれも気を付けてくれたまえ」

「はい」

「分かりました」

姉様に続き私もしっかりと頷く。

学院長はまるで子供の成長を見守っている時のような、微笑ましいものを見ている時のような、そんな穏やかな表情で私達の様子を見つめていた。
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