幸せな人生を目指して

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第10章 アマビリスの乙女

13 告白

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既に話は通っている為細かい部分は省いて、伯爵の先導でフランさんの部屋へと案内される。

「早速ではありますが…フランの様子と、それからここ最近誰かか伯爵家を訪れたりしていないか、伺っても良いですか?」

歩きながら姉様が伯爵に訊ねる。伯爵は少し考えた後口を開いた。

「フランはずっと部屋に籠っていて、中々外に出ようとしないんだよ。心配になり部屋の中に入ってみたが、以前のフランとはまるで別人のように暗く、ぼーっとしているんだ。私が話しかけてもまるで会話にならない。本当にどうしてしまったのか…」

そう語る彼からは悲壮感が滲み出ていた。屋敷の外で対面した時とは打って変わり、伯爵は表情を曇らせる。
いくら大人だろうと、伯爵家の当主と言う立場であっても、子供の事となれば心配しないではいられないのだろう。先程は気が付かなかったが、少しばかりやつれている気もする。
そんな伯爵の心情を思い私も胸が痛んだ。
実の息子がある日を境に別人のようになってしまったのだ。彼の反応は当然でその不安も大きいのだろう。
こういった時、気の利いた言葉をかけられたらと何度思ったか知れない。

「すまないね、少ししんみりしてしまったね。
それと伯爵家を訪れた者がいたかどうか、だったね。その答えだが確かにいたよ。一人ね」

話は移り姉様が訊いた二つ目の質問に伯爵は答える。訪問者がいたと言う彼の言葉を聞いた姉様は、驚きつつも平常を装いながら更に質問を重ねた。

「それは一体誰ですか?」

予想は出来たが私達は伯爵の答えを待つ。そんな私達の様子に気づかず、伯爵はまた暫し考えるような仕草をした後、徐にこう言った。

「確か…クーバー子爵家のご令嬢、だったかな。名前は…ベラ嬢、だったか」

彼の言葉に私達は息を呑んだ。分かってはいたが、いざその名前を聞くと思うものがある。
現に緊張からか私の頬に冷や汗が伝っていた。


やはり納得と言うべきか、ベラ先輩もシェルバート伯爵家を訪れていたのだ。
ただ伯爵の話を聞くに、どうやら怪しいと思われたらしく、先輩は屋敷には入れてもらえず、門前払いとなり、結局フランさんとは合わせて貰えなかったようだ。

危なかった。もしも屋敷に彼女を入れてしまっていたら、フランさんだけではなく、伯爵達にまで危害が及んでいたかもしれないのだから。
それにフランさんの様子を聞く限り、魔法をかけられた本人も苦しんでいるみたいで……。



「あそこがフランの部屋なんだが……」

暫くして案内されて辿り着いたその先、フランさんの部屋の扉の前。
そこには項垂れ佇んだままの一人の男性の姿があった。

「ああ…お前も来ていたのか、スレイン」

その男性に伯爵は静かに声を掛けた。

呼んでいた名前からして、どうやら彼が話に聞いていたもう一人の息子であり、フランさんの年の離れた実の兄だと言う事が分かった。

フランさんと同じく長身で、伯爵に気づきこちらを振り返った際に見えた髪色や目の色等も弟と同じもの。そして顔立ちも何処となくフランさんと似ていた。
フランさんを更に成長させた感じ、と言った方が分かりやすいかもしれない。

「父上…。それにそちらは…」

父親の後方に見知らぬ私達を見て、彼は明らかに憔悴した様子でありながらも、しかし興味あり気にじっと見つめてくる。

「伝えただろう。こちらはシェフィールド侯爵家のご令嬢達とその従者殿だ」

伯爵が私達の事をさっと紹介すると、それを聞いた彼――スレインさんは思い出したかのように、はっとした表情を浮かべると慌てて頭を下げた。

「そうでしたか…。皆さん失礼しました。
私はスレイン・シェルバートと申します。この伯爵家の長男であり、フランの兄です。
今日は弟の為に、態々足を運んで頂いてありがとうございます」

そう言って笑むスレインさんだが、伯爵同様明らかに無理をしており、顔も少しやつれているのが目に見えて分かる為余計痛々しい。

ただ今はあまり時間がなくゆっくりしてはいられない。

「突然お邪魔してしまってすみません。彼の…フランの様子を直接伺いたくて……。
私も彼の事が心配なんです」

二人に、と言うよりかは兄であるスレインさんに対してだが、姉様は申し訳なさそうに告げる。
ただ、その瞳には強い光が宿り、私も気持ちは同じであるのだと、暗に示唆しているようで、その姿に姉様の強さが垣間見えた気がした。

それは二人も感じ取ったのか、一瞬息を呑む気配がしたが、直ぐに我に返ると、

「大の男が情けないな。こんなにもまだ若い女の子が気丈でいると言うのに」

重い息を吐き出した伯爵は、すまないね、と苦笑いを浮かべた。


「伯爵、お願いがあります」

「なんだい?」

何かを決断したような表情をする姉様に、伯爵は不思議そうに眉を顰めながらも答える。

そして姉様は静かに言った。

「ここから先、彼の元には私一人で行かせて欲しいのです」

「姉様…それは」

この状況で流石にそれはと思い、思わず口を挟んでしまうが、そんな私に姉様は何も言わず、ふっと笑みを浮かべただけで、また視線は伯爵へと向かう。

「いきなり屋敷を訪ねて来た部外者がこんな事を言うなんて、私自身分を弁えない、身の程知らずだと思います。
けれど今だけはお願いです。私の我儘を聞いては頂けないでしょうか」

恐れるものはないと言わんばかりの気迫。それに気圧されたのは私だけではないはず。

「どうして君はそこまでしてフランの事を…」

強く気丈な彼女を前に伯爵は弱々しく言葉を零す。

するとその小さな囁きをひろった姉様は人を魅了する笑みを浮かべ、躊躇いなく告げた。

「簡単ですよ。私が彼を、フランの事を好きだからです」

それはもう本当に躊躇いなく、清々しい表情で。
この場にいた誰もが一瞬息をするのを忘れる程の衝撃だった。
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