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第9章 愁いのロストフラグメント
25 ペンダント
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長くなりましたが第9章はこれで終了です。
第10章はもう少しほのぼのしたものを書ければと思っているので、良ければ読んでやってください。
それと一旦ここで更新が遅くなる、と言うより止まるかもしれなませんが、引き続き「幸せな人生を目指して」を宜しくお願いします!
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話し合いの後、侯爵夫人とルドルフさんには休息をとってもらいたい気持ちがあり、滞在している間使用してもらっている客室へと戻ってもらった。
その後その場に残った父様とレヴィ君、そして私が残り、ある人物が姿を見せるのをただ待っていた。
程なくしてその人物は普段の幼女姿に微笑みを湛えて姿を現す。ふわりふわりと宙を舞うように漂い、私の肩に小さな手をちょこんと置くと少し困った表情で口を開く。
「あの二人には悪い事をしてしまったかしらね」
「大丈夫ですよ。
それにお二人共疲労で顔色があまり優れなかったですし、休んでもらった方が良かったでしょうから」
ウルは今し方部屋を出て行った夫人とルドルフさんの事を言っているのだが、二人はウルの存在を知らない。いくらウルが強い精霊だと言っても、多くの人間にその正体を明かすのはリスクが伴ってしまうし、今自分でも言ったように、二人には休息も必要だったのだ。だから二人には申し訳なく思いつつも退出してもらい、ここから先はウルを交えつつ、彼女の正体を知っている少数での話し合いとなる。
「ウル、聞きたい事があります」
改めてそう切り出すと、ウルはクリっとした大きな瞳で私を見る。
「分かってるわ、エルちゃん。魔族と一戦交えた時に私の姿が変化した事と、それからもう一つは聞きたいと言うよりも疑問かしらね」
ウルの言葉に私は頷き先を促す。それを受け彼女は更に言葉を重ねる。
「あれだけ強大な力を持つ魔族と言う存在。その魔族に呪いのような魔法をかけられていたにも関わらず、レヴィは数日で回復しているわ。
エルちゃんはその事が気にかかっているのでしょう?」
まさに彼女の言う通り、私が気になっていた事はそこだった。
「それはどう言う事だ?」
そこへ話を聞いていたレヴィ君が会話に入ってきて疑問を投げかけた。自分の事なのだから当然の疑問だろう。そもそも魔族と言うだけで不安要素なのだから。
「順番に話すわね」
ただその反応もウルは予想していたのか、真剣な表情は変わらずに淡々と答える。
「まず私の事だけれど、あの時エルちゃんに言った通り、魔族と戦う為には流石の私でもいつも以上の力が必要だった。悔しいけれど、この幼い姿では太刀打ち出来なかったと思うわ。だから少し力を開放して、その反動で姿がいつもと違っただけなの。
普段は幼い姿の方が楽なのだけどあの時はそうも言っていられなかったしね。
エルちゃんも知っての通り私は上位の精霊であって本来の力も強力だけど、本来の姿よりも子供の姿でいた方が力を消耗しなくて済むし、その分力も温存が出来るのよね。今回のように咄嗟の時に力が使えないと不便だから、普段はその分を温存しているって感じね」
そう言いウルはえっへんと小さな胸を張って見せる。本人の主張とは裏腹にとても可愛らしいのだが、それは本人に言わないで置いた方が良さそうだ。
「精霊と言っても、その強大な力を使うにはいくらか制限があると言う訳か」
ウルの説明を聞き、今度は父様が感慨深そうに呟く。それを受け取ったウルは頷くと口を開いた。
「力を使えばそれなりに反動はあるわ。勿論使う力が強ければ強い程その代償も大きくなる。それは精霊だけではなく、他のどの種族にも当てはまる事よ。それが世界の理だもの。
だからどれだけ強大な敵がいても綻びは生じるもの。いかに伝説上の存在とされていた魔族と言えども、弱点は必ずあるはずよ」
最後に行くにつれ言葉に鋭さが増し、淡々と告げる様子からも、彼女の中ではそう言い切れる確かな確信があるようだった。
確かにウルの言う通り、あの神殿で魔族の少年と相対した時、ウルの攻撃が少年に効いていたのを私は見ている。それに少年自身も面倒な存在だとウルの事を毒突いてもいたが、そこからもやはり浄化の力を持つ精霊と魔族は相性が悪いのだという事が窺えた。
それに私が口ずさんだ歌もどういう訳か効果があった。とは言えあれはウルから言われるがまま、咄嗟に行っただけなんだけど。
当たり前だけど私は人間であって、魔力が豊富だろうとも精霊のような力は勿論ないし使えない。それでも私の歌に効果があったという事は、私の中には少なくとも魔族に対抗出来る力が宿っている。そう思っても良いのだろうか。
そう訊こうと思ったところで話は最も重要な話題へと移っていく。
「それからエルちゃんが一番気にしていた事だけれど」
そう前置きするウルの言葉に私の表情も無意識に引き締まる。
「魔族の力に干渉されていたにも関わらず、レヴィ君の回復があまりにも早い、という事ですよね」
レヴィ君の回復の速さは目を見張るものがあったが、心から安心したし良かったと思っている。ただ、魔族の力を直接目の当たりにした身からすると、あれは人間の力をはるかに上回っていて、並大抵の事では対抗できないと思わされる程の存在だったのだ。
その魔族が施した他人を支配すると言う強力な魔法が、精霊のウルの力をもってしてもこんなにも短期間で浄化出来るものなのか?と言う疑問がずっと頭にあった。
ウルが言うのだから浄化は間違いなくされており、レヴィ君自身も順調に回復していったのもこの目で見ている為に尚の事不思議に思ったのだった。
「どうやらエルちゃんは難しく考えているようね。でも安心して。貴方が思っているよりも事は単純だから」
そう言うとウルは私から一度離れふわふわと宙を漂い、レヴィ君の傍らに降り立つ。そして彼の首元を指し示し言った。
「これよ」
彼女が指示したのはレヴィ君の首に下がっているある物。レヴィ君ははっと何かに気づいた様子で、服に隠されていたある物を取り出し、それを私達にも見せてくれた。
そのある物とはレヴィ君が常に身につけていたペンダントだった。私の瞳と同じアメジストの光を放つ水晶が付いた、彼にとって大事な宝物であるペンダント。
以前オルデシア王国の隣国、アインフェルト王国の女王であるルリアーナ様こと、ルリ様が語ってくれた遠い昔話の中に出て来たこのペンダント。
その話ではルリ様が出会ったと言う、ある少年と少女が登場する。
遥か昔、その頃は今以上に争いが絶えず続き、人々は苦しみながらも懸命に生きて行かなければならないと言う過酷な世界だったと言う。そんな中を生きていたルリ様と、その少年と少女もその争いごとに巻き込まれていき、最終的には少年が命を落とす結末となった聞いている。
二人はほんの短い期間ではあったものの、とある理由で旅をしておりその道中で仲を深め、徐々にお互いを愛し合うまでになったのだそうだ。
しかし争いが続く中、二人の幸せも長くは続く事はなかった。少年が亡くなり、二人一緒生きていくと言う願いは永遠に叶わなくなってしまったのだ。
しかしルリ様は、それでも二人はあの世界を懸命に生きていたのだと言っていた。
レヴィ君の大切にしているペンダントは、その少女が少年に贈ったものであり、元々は少女の母親が持っていた代物らしい。
ルリ様が二人と出会った時には既に少女の母親は亡くなっており、あのペンダントは少女の母親の形見という事になる。そんなにも大事な物を少年に渡したのだとすると、彼に対する少女の想いがどれだけ強かったのかが窺える。
そしてペンダントを受け取った少年。
実は彼はレヴィ君の生家、ローレンス侯爵家の先祖に当たる人物であり、少なくともそう言った繋がりがあった事に、日本と言う世界で生きた前世の記憶を持つ私でさえ、この偶然には驚いたものだ。
その他にもルリ様からは話を聞いたのだがそれは今は置いて置いて、ともかく確かなのは、私とレヴィ君はペンダントを通して遠い昔の彼らと運命的な繋がりがあると言う事だった。
少女が贈ったと言うペンダント。
大切なものであるのは理解しているが、正直なところ、見た目に何か変わったところがあると言う訳でもなく、何の変哲もないペンダントのように私には見えるのだが…。
これが今回の件とどう関係があるのか…、その答えをウルは説明してくれた。
「このペンダントには実は強い力が宿っているのよ」
「強い力?魔法なのか?」
レヴィ君が疑問を口にすると、ウルは少し考えるような仕草をし、間を置いた後に言葉を選ぶようにして続けた。
「いいえ、正確には強い魔法が施してあった、と言った方が正しいわね」
淡々と話すその口調とは裏腹に、その瞳には悲愁の色が浮かぶ。彼女は過去に起きた事を全て知っていて、その事を思い出して悲しんでいるのか。私はそんな彼女の様子に胸が苦しくなるのだった。
「エルちゃんも知っての通り、このペンダントはある少女が少年に贈ったものよ。元は少女の母親が所持していたものだけれど、母親は娘の身を案じて、このペンダントに強力な魔法を掛けたのね。
分かりやすく言うと、エルちゃん達が使用するシールドと同じようなものね。それを更に強力にしたものって感じかしら」
正確に言えば、シールドは壁のように自身の周りに防壁を作り、外部からの攻撃等から身を守るのに使用するのが一般的だが、話に出て来たペンダントに施された魔法と言うのは、恐らくペンダントを持っている所有者をある条件下で守る、と言ったものなのだろう。
効果は防御魔法のシールドに近いが、ある条件下での魔法発動となると、予め魔法が組み込まれている魔法道具の方が仕組み的には近いかもしれない。
魔法道具は今や生活でも役立ち便利なものとなっているが、遥か昔に似たものが既にあったとすれば、それは今ある魔法道具の先駆けとも言える。
その当時は魔法道具も普及していないだろうし、あったとしても世間には知れ渡ってはいなかっただろうから。
そう考えるとペンダントに魔法を施したと言う、少女の母親は相当の実力者だと分かる。
「その効果が今も残っていてレヴィ君を魔族から守ったって事ですか?」
数百年も経った今も尚、未だその魔法効果が残っているなんて、本当ならあり得ない事。
その事に私は思わず身を乗り出す勢いでウルに問いかけてしまった。
彼女はそんな私に苦笑しつつ答えてくれた。
「そうね。母親は娘がペンダントを肌身離さない事を分かっていたから、ペンダントに娘を守る為の魔法を掛けたのでしょうね。けれど、その事を知らなかった少女は、ペンダントを心から愛した少年へと手渡し、それからまた長い年月を経て今こうしてレヴィの元に届いたのね。
これだけ時が経っているのにも関わらず、魔法の効果が残っていた事には流石の私も驚いたけれど、このペンダントのお陰でレヴィが大事に至らなかったのも事実。
ほら見て。良く見ると水晶にひびが入っているわ。ペンダントに施された防御魔法がレヴィを守ったと言う証拠ね」
そう言われ私達はペンダントの水晶を見る。すると彼女の指摘通りそには確かにひびが入っていた。
「ひび割れてしまってはいるけれど、まだ壊れてはいないのが本当に凄いわ」
ウルにしては珍しく感嘆の声を上げる。精霊の彼女がそう言うのだから相当高度な魔法という事なのだろう。
そんな力を持っていたにも関わらず、母親は少女を置いて早くに亡くなってしまったようだが、それが力を持っていたが故の代償とでもいうのか。
はたまた自身の命が長くない事を察し、まさしく命を懸けた魔法をペンダントに施し、自分亡き後も娘を守ろうとしたのか。
今となっては真相を知る事は出来そうにないが、ただ一つ、母親の娘に対する深い愛情だけは、話を聞いただけでも痛い程に伝わってくるのだった。
「だからねレヴィ。そのペンダントは大切に持っていて頂戴ね」
何処か含みのある言い方と慈愛に満ちた眼差しでレヴィ君を見つめるウル。
「…今更だが、俺が持っていて良いのか…?」
そんな彼女に対して少々困り気味に眉を下げるレヴィ君。
「勿論ですよ。それに‘‘私も‘‘レヴィ君に持っていてもらいたいです」
その問いには私がウルに代わってそう答えた。
もしも少女がこの場に居たら、きっと同じように答えただろうと思うから。
少女にとって少年が大事な人であったように、私にとってもレヴィ君は大切な人、友人であり、相手を大切に思う気持ちは私も負けていないと思う。
だからこそ、少年を思う少女の気持ちが今の私には良く分かる。
「分かった。大切にする」
何かを察したのかレヴィ君はいつにもまして素直に返事を返し、言葉通り大事にその手にペンダントを握りしめた。
その様子を微笑ましく思い見ていたが、きっとそれは私だけではないはず。父様もウルも気持ちは一緒だっただろうと思うのだった。
こうして全ての謎が解けた訳ではないが、今回起こった件の事態は一先ず収束を迎えた。
課題は残っているが、今の私達に出来る事はない。今はただ大人しくしているしかないのだ。
静かに暮らすと言う当初の目標も何処へ行ってしまったのか…。
そんな先が思いやられる気持ちと、波乱の予感も感じる中、私達は元の日常へ戻って行くのだった。
第10章はもう少しほのぼのしたものを書ければと思っているので、良ければ読んでやってください。
それと一旦ここで更新が遅くなる、と言うより止まるかもしれなませんが、引き続き「幸せな人生を目指して」を宜しくお願いします!
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話し合いの後、侯爵夫人とルドルフさんには休息をとってもらいたい気持ちがあり、滞在している間使用してもらっている客室へと戻ってもらった。
その後その場に残った父様とレヴィ君、そして私が残り、ある人物が姿を見せるのをただ待っていた。
程なくしてその人物は普段の幼女姿に微笑みを湛えて姿を現す。ふわりふわりと宙を舞うように漂い、私の肩に小さな手をちょこんと置くと少し困った表情で口を開く。
「あの二人には悪い事をしてしまったかしらね」
「大丈夫ですよ。
それにお二人共疲労で顔色があまり優れなかったですし、休んでもらった方が良かったでしょうから」
ウルは今し方部屋を出て行った夫人とルドルフさんの事を言っているのだが、二人はウルの存在を知らない。いくらウルが強い精霊だと言っても、多くの人間にその正体を明かすのはリスクが伴ってしまうし、今自分でも言ったように、二人には休息も必要だったのだ。だから二人には申し訳なく思いつつも退出してもらい、ここから先はウルを交えつつ、彼女の正体を知っている少数での話し合いとなる。
「ウル、聞きたい事があります」
改めてそう切り出すと、ウルはクリっとした大きな瞳で私を見る。
「分かってるわ、エルちゃん。魔族と一戦交えた時に私の姿が変化した事と、それからもう一つは聞きたいと言うよりも疑問かしらね」
ウルの言葉に私は頷き先を促す。それを受け彼女は更に言葉を重ねる。
「あれだけ強大な力を持つ魔族と言う存在。その魔族に呪いのような魔法をかけられていたにも関わらず、レヴィは数日で回復しているわ。
エルちゃんはその事が気にかかっているのでしょう?」
まさに彼女の言う通り、私が気になっていた事はそこだった。
「それはどう言う事だ?」
そこへ話を聞いていたレヴィ君が会話に入ってきて疑問を投げかけた。自分の事なのだから当然の疑問だろう。そもそも魔族と言うだけで不安要素なのだから。
「順番に話すわね」
ただその反応もウルは予想していたのか、真剣な表情は変わらずに淡々と答える。
「まず私の事だけれど、あの時エルちゃんに言った通り、魔族と戦う為には流石の私でもいつも以上の力が必要だった。悔しいけれど、この幼い姿では太刀打ち出来なかったと思うわ。だから少し力を開放して、その反動で姿がいつもと違っただけなの。
普段は幼い姿の方が楽なのだけどあの時はそうも言っていられなかったしね。
エルちゃんも知っての通り私は上位の精霊であって本来の力も強力だけど、本来の姿よりも子供の姿でいた方が力を消耗しなくて済むし、その分力も温存が出来るのよね。今回のように咄嗟の時に力が使えないと不便だから、普段はその分を温存しているって感じね」
そう言いウルはえっへんと小さな胸を張って見せる。本人の主張とは裏腹にとても可愛らしいのだが、それは本人に言わないで置いた方が良さそうだ。
「精霊と言っても、その強大な力を使うにはいくらか制限があると言う訳か」
ウルの説明を聞き、今度は父様が感慨深そうに呟く。それを受け取ったウルは頷くと口を開いた。
「力を使えばそれなりに反動はあるわ。勿論使う力が強ければ強い程その代償も大きくなる。それは精霊だけではなく、他のどの種族にも当てはまる事よ。それが世界の理だもの。
だからどれだけ強大な敵がいても綻びは生じるもの。いかに伝説上の存在とされていた魔族と言えども、弱点は必ずあるはずよ」
最後に行くにつれ言葉に鋭さが増し、淡々と告げる様子からも、彼女の中ではそう言い切れる確かな確信があるようだった。
確かにウルの言う通り、あの神殿で魔族の少年と相対した時、ウルの攻撃が少年に効いていたのを私は見ている。それに少年自身も面倒な存在だとウルの事を毒突いてもいたが、そこからもやはり浄化の力を持つ精霊と魔族は相性が悪いのだという事が窺えた。
それに私が口ずさんだ歌もどういう訳か効果があった。とは言えあれはウルから言われるがまま、咄嗟に行っただけなんだけど。
当たり前だけど私は人間であって、魔力が豊富だろうとも精霊のような力は勿論ないし使えない。それでも私の歌に効果があったという事は、私の中には少なくとも魔族に対抗出来る力が宿っている。そう思っても良いのだろうか。
そう訊こうと思ったところで話は最も重要な話題へと移っていく。
「それからエルちゃんが一番気にしていた事だけれど」
そう前置きするウルの言葉に私の表情も無意識に引き締まる。
「魔族の力に干渉されていたにも関わらず、レヴィ君の回復があまりにも早い、という事ですよね」
レヴィ君の回復の速さは目を見張るものがあったが、心から安心したし良かったと思っている。ただ、魔族の力を直接目の当たりにした身からすると、あれは人間の力をはるかに上回っていて、並大抵の事では対抗できないと思わされる程の存在だったのだ。
その魔族が施した他人を支配すると言う強力な魔法が、精霊のウルの力をもってしてもこんなにも短期間で浄化出来るものなのか?と言う疑問がずっと頭にあった。
ウルが言うのだから浄化は間違いなくされており、レヴィ君自身も順調に回復していったのもこの目で見ている為に尚の事不思議に思ったのだった。
「どうやらエルちゃんは難しく考えているようね。でも安心して。貴方が思っているよりも事は単純だから」
そう言うとウルは私から一度離れふわふわと宙を漂い、レヴィ君の傍らに降り立つ。そして彼の首元を指し示し言った。
「これよ」
彼女が指示したのはレヴィ君の首に下がっているある物。レヴィ君ははっと何かに気づいた様子で、服に隠されていたある物を取り出し、それを私達にも見せてくれた。
そのある物とはレヴィ君が常に身につけていたペンダントだった。私の瞳と同じアメジストの光を放つ水晶が付いた、彼にとって大事な宝物であるペンダント。
以前オルデシア王国の隣国、アインフェルト王国の女王であるルリアーナ様こと、ルリ様が語ってくれた遠い昔話の中に出て来たこのペンダント。
その話ではルリ様が出会ったと言う、ある少年と少女が登場する。
遥か昔、その頃は今以上に争いが絶えず続き、人々は苦しみながらも懸命に生きて行かなければならないと言う過酷な世界だったと言う。そんな中を生きていたルリ様と、その少年と少女もその争いごとに巻き込まれていき、最終的には少年が命を落とす結末となった聞いている。
二人はほんの短い期間ではあったものの、とある理由で旅をしておりその道中で仲を深め、徐々にお互いを愛し合うまでになったのだそうだ。
しかし争いが続く中、二人の幸せも長くは続く事はなかった。少年が亡くなり、二人一緒生きていくと言う願いは永遠に叶わなくなってしまったのだ。
しかしルリ様は、それでも二人はあの世界を懸命に生きていたのだと言っていた。
レヴィ君の大切にしているペンダントは、その少女が少年に贈ったものであり、元々は少女の母親が持っていた代物らしい。
ルリ様が二人と出会った時には既に少女の母親は亡くなっており、あのペンダントは少女の母親の形見という事になる。そんなにも大事な物を少年に渡したのだとすると、彼に対する少女の想いがどれだけ強かったのかが窺える。
そしてペンダントを受け取った少年。
実は彼はレヴィ君の生家、ローレンス侯爵家の先祖に当たる人物であり、少なくともそう言った繋がりがあった事に、日本と言う世界で生きた前世の記憶を持つ私でさえ、この偶然には驚いたものだ。
その他にもルリ様からは話を聞いたのだがそれは今は置いて置いて、ともかく確かなのは、私とレヴィ君はペンダントを通して遠い昔の彼らと運命的な繋がりがあると言う事だった。
少女が贈ったと言うペンダント。
大切なものであるのは理解しているが、正直なところ、見た目に何か変わったところがあると言う訳でもなく、何の変哲もないペンダントのように私には見えるのだが…。
これが今回の件とどう関係があるのか…、その答えをウルは説明してくれた。
「このペンダントには実は強い力が宿っているのよ」
「強い力?魔法なのか?」
レヴィ君が疑問を口にすると、ウルは少し考えるような仕草をし、間を置いた後に言葉を選ぶようにして続けた。
「いいえ、正確には強い魔法が施してあった、と言った方が正しいわね」
淡々と話すその口調とは裏腹に、その瞳には悲愁の色が浮かぶ。彼女は過去に起きた事を全て知っていて、その事を思い出して悲しんでいるのか。私はそんな彼女の様子に胸が苦しくなるのだった。
「エルちゃんも知っての通り、このペンダントはある少女が少年に贈ったものよ。元は少女の母親が所持していたものだけれど、母親は娘の身を案じて、このペンダントに強力な魔法を掛けたのね。
分かりやすく言うと、エルちゃん達が使用するシールドと同じようなものね。それを更に強力にしたものって感じかしら」
正確に言えば、シールドは壁のように自身の周りに防壁を作り、外部からの攻撃等から身を守るのに使用するのが一般的だが、話に出て来たペンダントに施された魔法と言うのは、恐らくペンダントを持っている所有者をある条件下で守る、と言ったものなのだろう。
効果は防御魔法のシールドに近いが、ある条件下での魔法発動となると、予め魔法が組み込まれている魔法道具の方が仕組み的には近いかもしれない。
魔法道具は今や生活でも役立ち便利なものとなっているが、遥か昔に似たものが既にあったとすれば、それは今ある魔法道具の先駆けとも言える。
その当時は魔法道具も普及していないだろうし、あったとしても世間には知れ渡ってはいなかっただろうから。
そう考えるとペンダントに魔法を施したと言う、少女の母親は相当の実力者だと分かる。
「その効果が今も残っていてレヴィ君を魔族から守ったって事ですか?」
数百年も経った今も尚、未だその魔法効果が残っているなんて、本当ならあり得ない事。
その事に私は思わず身を乗り出す勢いでウルに問いかけてしまった。
彼女はそんな私に苦笑しつつ答えてくれた。
「そうね。母親は娘がペンダントを肌身離さない事を分かっていたから、ペンダントに娘を守る為の魔法を掛けたのでしょうね。けれど、その事を知らなかった少女は、ペンダントを心から愛した少年へと手渡し、それからまた長い年月を経て今こうしてレヴィの元に届いたのね。
これだけ時が経っているのにも関わらず、魔法の効果が残っていた事には流石の私も驚いたけれど、このペンダントのお陰でレヴィが大事に至らなかったのも事実。
ほら見て。良く見ると水晶にひびが入っているわ。ペンダントに施された防御魔法がレヴィを守ったと言う証拠ね」
そう言われ私達はペンダントの水晶を見る。すると彼女の指摘通りそには確かにひびが入っていた。
「ひび割れてしまってはいるけれど、まだ壊れてはいないのが本当に凄いわ」
ウルにしては珍しく感嘆の声を上げる。精霊の彼女がそう言うのだから相当高度な魔法という事なのだろう。
そんな力を持っていたにも関わらず、母親は少女を置いて早くに亡くなってしまったようだが、それが力を持っていたが故の代償とでもいうのか。
はたまた自身の命が長くない事を察し、まさしく命を懸けた魔法をペンダントに施し、自分亡き後も娘を守ろうとしたのか。
今となっては真相を知る事は出来そうにないが、ただ一つ、母親の娘に対する深い愛情だけは、話を聞いただけでも痛い程に伝わってくるのだった。
「だからねレヴィ。そのペンダントは大切に持っていて頂戴ね」
何処か含みのある言い方と慈愛に満ちた眼差しでレヴィ君を見つめるウル。
「…今更だが、俺が持っていて良いのか…?」
そんな彼女に対して少々困り気味に眉を下げるレヴィ君。
「勿論ですよ。それに‘‘私も‘‘レヴィ君に持っていてもらいたいです」
その問いには私がウルに代わってそう答えた。
もしも少女がこの場に居たら、きっと同じように答えただろうと思うから。
少女にとって少年が大事な人であったように、私にとってもレヴィ君は大切な人、友人であり、相手を大切に思う気持ちは私も負けていないと思う。
だからこそ、少年を思う少女の気持ちが今の私には良く分かる。
「分かった。大切にする」
何かを察したのかレヴィ君はいつにもまして素直に返事を返し、言葉通り大事にその手にペンダントを握りしめた。
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こうして全ての謎が解けた訳ではないが、今回起こった件の事態は一先ず収束を迎えた。
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静かに暮らすと言う当初の目標も何処へ行ってしまったのか…。
そんな先が思いやられる気持ちと、波乱の予感も感じる中、私達は元の日常へ戻って行くのだった。
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「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
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