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第9章 愁いのロストフラグメント

19 一難去ってまた一難

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崩れ行く神殿から必死の脱出を試みた私達は、その後疲労困憊状態ではあったものの何とかシェフィールド侯爵邸へと無事辿り着いたのだった。


神殿の外へと避難した後、レヴィ君に一時的な応急処置を施した後、ワープで一瞬にして侯爵邸へと戻ったのだ。
ワープを使えば大幅な時間の短縮が可能となるが、その分の魔力消費は激しい。とは言え緊急事態でもあるこの状況で出し惜しみしている場合ではなかった。
そこで先程の戦闘で魔力を消費したが、それでもまだ魔力の余っている私が手を上げたのだが、それはルカに即却下されてしまった。
この先また戦闘になる事はなさそうなのに、と抗議の声を上げるがルカ曰く、「エル様は治癒魔法が使えるので、いざと言う時の為に魔力を温存させておいて下さい」と一切話を取り合ってもらえず、そして私に代わりルカの魔力を使用する事となり、その場にいた全員がワープで侯爵邸へと帰る事となったのだった。

それでもこれだけの人数を一気に飛ばした為、その負担は大きく着いた途端、魔力の使い過ぎでルカが倒れてしまい、レヴィ君もいるので急いで屋敷の中に入り二人を部屋へと運んだのだった。途中父様に合って、その時に軽く事情は説明したが父様の事だ。状況から事情を把握してくれていただろう。


二人を休ませている間、ルドルフさんと父様、そして私は一室に集まり、報告と情報交換を行っていた。先に休息を取るべきだと父様に言われたけれど、それよりも先に此度の件を話しておいた方が良いと判断した私は、ルドルフさんも同意の元話し合いに同席してもらいお互いに掴んだ情報と、何が起こったのかを報告していった。
ローレンス侯爵邸での出来事から神殿で魔族の少年と戦闘となった事、そして封印されていた水晶の事も全て漏らさずに。
途中ルドルフさんからの見解を挟みつつ話し合いは進み、全て聞き終わると父様は深く息を吐き出し表情を険しくしていた。
今回の件はただの事件ではなく、魔族と言う大きな脅威の存在が絡んでいる為、私達だけでは判断が出来ないのだ。事が事である為、今回の件は至急父様から国王陛下へ話を通し、改めて判断を仰ぐ事となったのだった。


そして話し合い終了後、漸く休息を取れる事となり私は一度自室に、ルドルフさんはローレンス侯爵邸に連絡を入れて、暫くはシェフィールド侯爵邸に身を寄せる事となり、暫くの間客室で寝泊まりをする事となった。レヴィ君が療養の為暫くシェフィールド侯爵邸にいる事が大きいのだろう。彼の目が覚めるまでは落ち着かない様子。
その気持ちは私にも少なからず分かるので辛いところだが、今はただ待つしかない。


私達が休息をとっているその間は、母様がレヴィ君とルカを治療してくれて、それも一人で二人を見る事になってしまうので私も手伝おうとしたところ、今はしっかり休むように釘を刺されてしまった。やんわりと言われたが有無を言わさない圧があり、やっぱり母様には逆らえないなと実感した瞬間だった。


その話し合いから一晩明けた翌日。
自身で治癒を施した事もあり、母様を手伝えるくらいには体力も回復した為、分担して二人を見る事になったのだった。母様には引き続きルカを、私とそしてウルは二人掛かりでレヴィ君を見る事となり治癒魔法を施し続けている。

ルカの方は魔力の使い過ぎと疲労なので、母様に掛かれば直ぐに目が覚めるだろう。
しかしレヴィ君は疲労、体力面だけでなく、精神面にも大きな負荷が掛かっている為、体力回復を促す治癒だけでは意味がないのだ。
更に魔族が去った後も彼のその首筋には、魔族に付けられた痣が未だに残っている。これを消さない限り彼の意識は戻らないだろうとウルが言う。

それだけ聞くと絶望的になるが、ある方法を使えば助かる。
その為に必要不可欠なのはウルの癒しの力だ。時間は掛かるが、痣とそこから発生する瘴気を浄化する事がウルには出来ると言う。
ただ力を使用するので、人に姿を見られないようにしなければならない。治療中この部屋への立ち入りを厳しく禁止し、私とウル二人だけが残ると言う必要があった。だからルドルフさんには申し訳なく思うが、治療が終わるまでは客室で待っていてもらうようにと心苦しいがそう言うしかなかった。


私達だけとなった部屋では、私の魔力と時間が許す限り治癒をし続けた。ウルにも手を貸してもらい、内に潜む瘴気を徹底的に浄化していく。
既に外傷はほとんど治っており、残すは内側の瘴気だけとなる。とは言っても簡単ではなく、それなりに時間もかかり、精密さと根気がいる作業なのだ。


途中休息を取りながら浄化を続け今日で三日。この三日の間に先にルカの方が目が覚めたらしく、ほぼ部屋に籠りきりだった私はまだ直接会ってはいないが、不足していた魔力等も母様の治癒魔法をもってして無事回復したとの事を聞いた。その事には一先ず安心する。

そしてレヴィ君の方も、三日と言う時間を費やし遂に瘴気の浄化に成功した。それまで気を張り詰めていた私は、ほっと安堵した途端足から力が抜けてしまい、情けなくもその場にへたり込んでしまうのだった。
その際大丈夫?と顔を覗き込むウルの姿が目に入ったが、目に映った彼女の顔にも薄っすらと疲労の色が浮かんでいて、ウル程の上位精霊でもそのくらい消耗するような作業を、三日も行っていたのだという事に改めて驚く。

とは言え浄化は完了したので、後はレヴィ君が目を覚ますのを待つだけ。と思い暫く様子を伺っていたのだが、その心配はどうやら杞憂だったらしい。

「…ん…、ここは……?」

程なくして目を覚ましたレヴィ君。
目覚めたばかりという事もあり、普段の表情とはかけ離れた、ぼんやりとした表情で状況を把握するように視線を彷徨わせていた。

「レヴィ君。良かった、目が覚めたんですね」

横になる彼を驚かせないように声を落として喜びを伝えると、彼は顔をゆっくりとした動作で動かしてその金色の瞳に私を映した。神殿で見たような暗い色をいたものではなく、光を宿し本来あった美しい金色を放つ瞳がそこにある。まだぼやけている様子ではあるものの、今度こそしっかりと私を映している。
その瞳が私を捉えた瞬間大きく見開かれたが、一拍おいて安心したのか優しく目が細められる。
それを間近で見ていた私は、普段つんつんしているレヴィ君も、自分が起きた時誰かが傍にいてくれると安心するんだな、なんて前世でも子共なんて出来た事がないのに、まるで親が愛しの我が子を見守っている時のような気持ちになっていた。
これが所謂母性本能ってやつかも。


とにもかくにも重い後遺症が残らずに意識が戻ったのは、やはりウルの力の影響が大きいだろう。
目覚めたばかりで体はまだ思うように動かせないようで、普段通りに戻れるのは少し先になりそうとの事。
そしていくらか声も掠れ気味であったが、瘴気に侵されていたのを考えてもこの症状は軽い部類に入るらしく、もう数日安静にしていれば、支障なく元の生活に戻れるだろうとウルからお墨付きをもらっている。
なので、必然的にレヴィ君にはシェフィールド侯爵邸にて療養の為滞在してもらう運びとなり、同じく滞在していた兄のルドルフさんは、一度報告の為ローレンス侯爵邸へと戻る流れとなった。事前に軽く報告を済ませているものの、それでは伝えきれなかった細かい説明が必要だろうと戻る事にしたようだった。

それにしても、レヴィ君の目が覚めたと聞いたルドルフさんが、飛んでくるような勢いで部屋に訪れた時は流石に私も目を丸くしたものだ。
けれどそれはそれだけ弟の身を案じ、心配していたという証拠。居ても立っても居られない、と言う彼の心境が痛い程伝わり、弟の無事な姿を見た時の彼の心底安心したと言う顔を見て、私は皆が無事こうして帰ってこられた事を心の底から喜び、そして誰にでもなく感謝したのだった。


こうして一難去った、のだがもう一つの問題がここで出てくる。
それはルドルフさんとレヴィ君の父親、ローレンス侯爵の事だ。

数日前、侯爵邸で直接侯爵と対面した際、私の第一印象は厳格で頑な人だった。どちらかと言うと悪い印象を受けた訳で、だから今回の件を知った際の侯爵の反応が気掛かりだった。ルドルフさん自らが事情を説明しに行っているところだから、そこまで心配はいらないとは思うが。レヴィ君が不利になるような事はしないだろうし。

それでも今までの家族間の確執を聞いてしまった今では、侯爵がレヴィ君に理不尽に責めよるのではないかと心配なのだ。

元凶が何であれ問題を起こせば、それは一人の問題ではなくその家の問題となってしまう。最悪の場合、問題を起こした者を切り捨てる事も厭わない、と言う貴族が残念ながらこの世界ではまだまだ多く存在している。

だからと言って看過出来る訳もなく、大切な友人であるレヴィ君をそんな事にはさせるつもりもない。
なんだかんだ言ってもレヴィ君はいつも私を庇ってくれて、少し不器用なだけで本当は優しい心を持った男の子なのだ。今回の件に関しては、レヴィ君の心理状態を魔族に利用されてしまっただけで、何も彼が悪い訳ではない。
それに今の彼は心身ともに弱っている。普段は気を張って侯爵とも卒なく接してきたのかもしれないが、今はそうもいかないだろうから。だからせめて彼の調子が普段通りになるまでは、私が彼を守るのだと決めた。

ただレヴィ君は勘が良いから、ほんの少し顔色を変えただけで、私が考え事をしているなとバレてしまう。それでまた要らぬ心配を掛けたくはないし、それに今の彼には安静が最も必要なわけで、尚更不安な気持ちにさせたくはないのだ。
だから、と私は思考を切り替える。
気持ちをひた隠し、今はただただ笑顔でいる事に専念するのだった。
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