幸せな人生を目指して

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第9章 愁いのロストフラグメント

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赤い瞳。

少年は初めて相対した時と同じ顔で、同じ目で、私達を嘲笑うかのように見ていた。

今回は闇に溶け込むあの黒いローブを着用していなくて、エルフのように尖った耳が露になっている。更に服装へ視線を移せば黒いセーラーブラウスにショートパンツ姿と言う、傍から見たら可愛らしいと思うような服装をしていた。
初対面の時もそうだったが、外見だけを見れば少年は私とそう年が変わらなく見える。その身に纏う服装のせいもあり、年相応の男の子にしか見えない。だがそれに惑わされてはいけない事を私は良く知っている。


それに少年の立っている所から更に奥まった場所。そこにもう一人少年が立っている。見間違えるはずもない、それは私達が探していた人物――。

「――レヴィッ!!」

私が声を上げる前に弟の存在に気が付いたルドルフさんがその名前を呼んだ。

レヴィ君の傍には小さいテーブル台とその上に中身の見えない黒い箱らしき物が置かれており、その箱に手を触れたまま彼は動かない。そしてルドルフさんの呼びかけにも反応を示さなかった。
何をしているのかは分からなかったが、魔力の反応を感じるのでレヴィ君がその箱に何かを施しているという事は分かった。

一体何を……それにあの服装……。

更に彼の着ているものに目を向ける。それは魔族の少年が身に着けているものと同じようなデザインの服だった。いつもの彼なら絶対に選ばないだろうデザインのもので、まるで兄弟かのような……。

これも少年の仕業だろうがふざけている。明らかにこの状況を楽しんでいて、私はそれに怒りが込み上げてくる。

レヴィ君が反応を示さず、様子が可笑しいのも少年が施した首の痣のせいだろうし。

「”アレ”に話しかけても無駄さ」

笑いながら少年は言う。何がそんなに面白いのか。
それにレヴィ君の事をまるで‘‘モノ‘‘であるかのような言い方をして、それにまた私の中で怒りが湧いた。

「彼を‘‘モノ‘‘のように言うのは止めて下さい。それに先程から彼に一体何をさせているのですか?」

拳をきつく握りしめる事で感情を抑え、私は平然を装いながら少年と向き合う。ここで冷静さを欠いては相手の思う壺なのだ。

「‘‘モノ‘‘のよう、じゃなくて実際‘‘モノ‘‘も同然なんだよ、あの坊やは。俺の意のままに動くマリオネット。人形なんだから‘‘モノ‘‘だろう?」

「お前……弟に何を――っ」

ルドルフさんも私と同じく、拳をきつく握りしめ耐えていたようだが、少年のあまりの言いように我慢の限界を迎えている様子だ。
けれどこれは挑発だ。真に受けてはいけない。

確かに自分の大切な弟を良いように扱われて私も腹が立つ。しかし大切な人を取り戻したいのなら冷静にならなくてはならない。何故なら、少年は人が見せる心の隙に付け込もうとするからだ。レヴィ君のように……。

「もう分かっているんじゃないか?レヴィには俺の目的の手伝いをしてもらっているのさ。
俺の目的の為にはどうしても人間が必要なんだよ。探していたらちょうど良さそうなのがいたから、俺の為に働いてもらっているってわけ。それの何が悪いって言うんだ?
それに今この坊やは自分が何をしているかなんて理解しちゃいない。俺が動かしてやってるんだからな」

少年はククッと悪びれもなく笑って彼の方を振り返った。視線の先ではレヴィ君が今も変わらず作業を続けている。


「エル様」

「やはり思っていた通りでしたね。レヴィ君には精神系の魔法が施されています。あの首の痣がその証拠。
しかも強力で心身だけでなく彼の魔力、魔法にまで干渉し操れるようですし…、これはとても危険な状態ですね……」

「エルシア嬢。このまま元に戻せなければレヴィはどうなるんだ……?」

「少なくとも今から魔法を解除し、彼を開放出来たとしても数日は体を自由に動かせないと思います。でもそれは反動が軽い場合です。
……最悪の場合は……命を落とす可能性もあります」

見解を述べるとルカも思っていた事は同じか静かに首肯し、予想はしていただろうルドルフさんも静かに聞いてはいたが、その顔には憂色が浮かんでいた。
私も最悪の事は考えたくないが、その可能性がゼロでない為、頭の片隅に留めておかなければならない。

それに最悪命を落とす可能性があると言ったが、もう一つの最悪がある。それはレヴィ君の心が壊れてしまう事で、つまりは廃人となってしまうという事だ。

精神魔法はかけた相手を思い通りに操る事が出来るてしまう。かけられた本人の意思に反して。
かけられた本人は先程少年が言ったように、何も分からない状態に陥るが、その間も心に大きな負担がかかっているのだ。
他人に干渉され、望まぬ事を強制させられるのだから当然と言えば当然だろう。

とは言え、それだけの魔法ならば使用者も相当の実力を伴わなければ魔法は発動しない。
体は操れても心までも掌握するのは難しい。しかもその人の持つ魔力や魔法までも自在に扱えるなど、普通の者には出来ない。
保有する魔力が膨大な者なら可能かもしれないが、そんな非人道的な行為を行おうとは普通ならない。
しかし呼吸をするように平然と、魔族の少年はそれを実行した。その行いはあまりにも常軌を逸しているし、その中で笑みを浮かべていられる少年に私は恐怖を覚えた。


「一刻を争いますね」

「はい。手遅れになる前にレヴィ君を助け出します」

「……そうだな。分かった」

二人共言いたい事はあるだろうが、今はレヴィ君の救出が最優先事項。それを頭に置き、お互いの顔を見て私達は頷きあった。

「随分とまあ張り切っているじゃないか~。まるで俺が悪者でそれを倒しに来た勇者みたいだ」

少年は一歩前に足を踏み出しこちらに近づくと、軽い調子で呟いた。私達三人と姿は見えないが近くにいるウル。その四人を前にしてもこの余裕……、己の力を理解しているからか、それとも人質とも言えるレヴィ君がいるからなのか――。
どちらにしても厄介。

「それはどう言う意味だ?誰がどう見ても悪はお前だろう」

ルドルフさんは静かな怒りを言葉に乗せ少年に問う。少年はその言葉を待っていたと言うようにニヤリと笑った。その際に吸血鬼とはまた違う、鋭い牙が口から覗き、それに私はゾワリと肌が粟立つのを感じた。

「どういう意味も何も、坊やをここまで追い詰めたのは実の兄であるお前って事。
大切な弟とか言っても結局本音では邪魔な存在だと思っていたんだろう?可哀そうにな~」

「私が……追い詰めた」

「思い当たる節があるようだな~?」

少年はまるでその場面を見ていたかのように確信を持ってそう口にする。
いや、本当に見ていたのかもしれない。

「今更来たところでもう遅いよ?」

魔族は人の心の隙に付け込む。が、その心の隙をつくったのが魔族とは限らない。
元々精神が弱っていたところを利用されるケースもあるだろう。

人の心は完璧ではない。強い時もあれば弱い時だってある。他人からのちょっとした一言で心が折れてしまう時だってあるのだ。
人の気持ちを考えて、とは良く言うが中々難しい事で、例え家族であってもお互いの考えている事、気持ちを汲む事は困難なのだから。

少年が言うようにルドルフさんの行動が、言葉が、最終的にレヴィ君を追い詰めてしまったのかどうかは私には分からないけれど、でもルドルフさん自身は今までの行いを後悔している。
相手の事を考えていたはずなのにいつの間にか傷つけて、遠ざけて、すれ違いを繰り返して――。
見ていたつもりが、いつの間にか目を逸らしてしまっていた事に彼は気付いた。

けれどそれに気が付いたのなら、後は納得するまでお互い話し合えば良いと私は思った。
話し合いで足りないなら拳でも。男の子同士拳で語り合うとも言うし。
気持ちを伝えられる、ぶつけられる相手がいるのだから今度こそ全力で向き合って欲しい。今ならまだ、遅いなんて事ないはずだから。

「ルドルフさん。諦めないで下さい。貴方が諦めたらここへ来た意味がなくなってしまいます」

「エルシア嬢」

「けれど、もしも貴方が諦めても私は止まりません。私一人でも、必ずレヴィ君を助け出して見せます」

「エル様。僕もいる事をお忘れなく」

私は一人でも立って大切な人を取り戻す。こんな小娘にだって覚悟はあるんだ。そう思ったけど、それは私だけではなかった。
隣を見れば頼もしい従者と、困った時に道を示してくれる姿なき精霊が傍にいる。

「落ち込むのは後です。レヴィ君を助けますよ」

「すまない。……ああ、助けよう」

ルドルフさんは俯かせていた顔を上げる。その顔に今度こそ迷いはなくなっていた。


「ちっ……本当に人間は面倒な生き物だ」

対して少年は笑っていた顔を歪め、忌々しそうに私達を睨む。それはここへ来て初めて見せた、少年の心境の変化だった。

「もっと焦った表情が見れると思っていたが期待外れだ。ああ、もういい。先にお前達を片付けるか。
――おい、レヴィこっちへ来い」

顔だけを向け、少年は奥にいるレヴィ君を乱暴に呼びつける。
その声に彼は肩を震わせた。先程までルドルフさんの呼び声には全く反応を示さなかったのに、少年の言葉には反応見せ、言われた通りこちらへと歩いて来る。
そして少年の隣へと来ると無表情でその場に佇む。私達とも距離が縮まった事で表情が見て取れた。

レヴィ君はツンツンしていて、でも照れ屋で、乱暴かと思えば優しい人。そして金色の瞳はいつも綺麗に輝いていて――。
それが今は悲しい程に輝きを失っていて虚ろだ。どこを見ているのかも分からない。空虚な目だった。

「よし。レヴィ、これであいつ等と遊んで来い」

そう言って少年はある物をレヴィ君に渡した。見ればそれは銀色に輝く剣だった。
いつ、何処から取り出したのか、渡された剣をレヴィ君は躊躇いなく受け取りるとその剣先がこちらに向けられた。

「レヴィ君……」

正気の彼なら剣を私達に向ける事等絶対にないのに……。これが魔法のせいだと分かっていても、悲しい気持ちになる。

「エルシア嬢、下がっていてくれ。レヴィは私が――いや、俺が相手をする」

「ルドルフさん」

そう言うと腰に装備していた剣を抜くルドルフさん。鋭い切っ先を実の弟へと向けるが彼に戸惑いはない。レヴィ君の剣を真っ向から受ける気だ。

その熱意は真剣で、間違っても私の入れる隙はなく、そう感じたのと同時にこちらは任せても大丈夫なのだと安心した。

「分かりました。レヴィ君をお願いします」

「ああ。ルーカス殿、彼女を任せた」

「ええ。ルドルフ様もお気をつけて」

そう短く言葉を交わした私達は、それぞれの相対する者へと視線を向ける。

レヴィ君はルドルフさんにお願いした。それなら私は――――。

「お前達二人で――いや、三人か。それでこの俺に勝てるとでも思っているのか?」

少年の口が厭らしく弧を描いた。まだそれだけの余裕があるのか。

それに私達を二人ではなく三人と言っていたし、ウルの存在に気が付いているようだ。油断できない。

「随分と余裕を見せていますが、私達を侮っていると痛い目を見ますよ」

「エル様の言う通りですね。人間と思いなめていると足元を救われる羽目になりますよ」

「はははっ!面白い!そこまで言うならどれだけ俺とやりあえるのか、試してみようじゃないか!」

途端、少年の身体から膨大な魔力が溢れ出す。それは禍々しい気を放ちながら放出されていく。


二度目の戦い。

一度目は何が起こったかのかも分からず、気が付いた時には全てが終わっていて、敗北感より恐怖心の方が強かった。でも今回は違う。もうあの時のように何も出来ない自分ではない。それに絶対に助けなければならない人がいるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。

私も自身の身体全体に馴染ませるように魔力を巡らせていった。


いよいよ魔族との二度目の戦いが始まる。
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