幸せな人生を目指して

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第9章 愁いのロストフラグメント

8 その場所は……

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脳裏にある光景が浮かぶ。

シュレーデル王国での一件。
魔族と思わしき尖った耳と赤い瞳をした少年。

レヴィ君に対して‘‘何か‘‘をした事。
その後、彼の首に出来た黒い痣。

そしてあの時少年が言っていた言葉。

『大丈夫だよ、お嬢ちゃん。殺しはしないよ。坊やにはやってもらう事があるからね』

やってもらう事――。

この意味の分からなかったもの全てが繋がった気がする。目的まではまだ分からないけど今回の件……。
黒幕はシュレーデル王国で見たあの少年だ……!

そして残した言葉通り、レヴィ君に何かをやらせようとしている……!


……最悪の展開だ。

魔族と思しき少年に連れ去られ、今も恐らく一緒にいるだろう彼は、今もまさに命の危機に晒されている。
いつ命を奪われてもおかしくない状況なのだ。



「――ルちゃんっ、エルちゃんっ!」

「……っ!」

考える事に没頭していて自分を呼ぶ声にはっと我に返ると、目の前には必死な顔をしたウルと、その隣に心配そうにこちらの様子を伺うニールさんの姿があった。

「すみません……、考え事をしていて」

「無理もないわね。でもエルちゃん考えている暇はないわ。直ぐにディランに伝えるわよ」

「は、はいっ」

ニールさんには申し訳ないけど急がないといけない。
そう思いローレンス侯爵邸へ引き返そうとした時。

「待って」

ニールさんから制止の声が掛かる。それに私達二人は揃って振り返る。

「君達の様子からして急を要する事は理解している。けれど伝えておきたい事があるんだ」

「え……?」

「君の探し人――レヴィと言ったね。実は彼の姿を見かけた後、僕は後を追いかけたんだ」

魔族の少年が関わっているという衝撃の事実を知ったばかりなのに、追い打ちをかけるかのように更に衝撃の情報がニールさんの口から放たれる。
それに私は固唾を呑みつつ、先に続く言葉を黙って待つ。

「ただ先に言っておくけれど彼の今いる居場所までは分からない。僕はそこまで強い力を持った精霊ではないから、彼を連れ去った何者か――君達はもう正体が分かっているようだけど、そいつに見つかれば僕は勝てない。それくらいそいつは禍々しくて悍ましい存在だった」

そうだ。あの少年はシュレーデル王国で襲い掛かって来た時に、ウルが施したシールドを破壊していた。
ウルは上位精霊であり、光を司る魔族とは言わば真逆の性質を持った存在。
光は浄化にも通じていて魔のものが放つ瘴気にも打ち勝てる力がある。そんな力を持つウルの障壁を破壊したとなればあの魔族は相当に強い。
だからニールさんの言うように、上位精霊よりも力が弱い精霊ではあの魔族には勝てないのだろう。

それを分かった上でそれでもニールさんは後を追いかけてくれたと言う事で……。
命の危険があったのにそこまでしてくれて、それが今功を奏した結果をもたらしてくれたと言っても過言ではない。

私は彼に心の中で感謝しつつ、話にも耳を傾けた。

「気づかれないよう後を追いかけ始めて直ぐだった。そいつは覚束ない足取りのレヴィを乱暴に肩に抱え、そして一瞬にしてその場から消え去ったんだ。消え去ったと言ってもテレポートをした訳ではなくて、ただ動きが速すぎるってだけだから、まだ僕でも追う事は出来た。それからそいつは西に向かって進んでいたけどおかしいんだ」

そこまで話すと彼は疑問符を浮かべた。私も首を傾げながらも口を挟む事なく続きを待った。

「その先、西には何もないんだ。いや、‘‘今は‘‘何もないと言った方が正しいか。不思議に思ったけどひとまず後を追いかける事に専念していた時、そいつが急に動きを止めて立ち止まった。始めは僕が追跡している事を気づかれたのかと思って少し焦ったけどどうやら違ったようで、けれどそう安心したのも束の間、またその姿が視界から消えてしまったのさ。それも今度はテレポートを使ったようでそこで足取りが途絶えてしまったんだ」

ニールさんはしょんぼりと項垂れた。
でもこれで最後まで追いかけられなかったと言った事に納得した。相手がテレポートを使用してしまえば精霊と言えども探知は難しいだろう。
それなのにここまで教えてくれた事に感謝しかない。目的地とまではいかなくても、途中まで場所が分かればまたそこから追跡できる可能性があるのだから。

「ニールさん落ち込まないで下さい。話して下さった事だけでも私達にとってはとても貴重な情報です。本当にありがとうございます。あの…申し訳ないのですが、最後に二人を見たその場所を教えてはくれませんか?」

私はそう必死にお願いした。これ以上にない程真剣に。
必死な私に顔を上げた彼は軽く微笑むと言った。

「勿論教えるよ。でも言葉よりも実際に見た方が良いと思うな。――ウルティナ様」

「ええ、分かったわ」

彼が話をしている間ずっと黙っていたウルに急に話が振られる。
だがそれに動じる事なく、するべき事は分かっていると言うように軽く返事をすると、彼女は徐にニールさんへ己の手を差し出す。
これから何が始まるのかと、私は首を傾げるがその疑問は直ぐに解決する事となる。

「これから僕が実際に見たものを君にも見てもらう。ただ僕の力だけでは難しいからウルティナ様の力を少し分けて頂く事になるんだけどね」

「それくらいどうって事ないわ」

ウルは得意げに胸を張っていて、それを見たニールさんは苦笑いを浮かべてる。

それにしても実際に彼が見たものを私にも見せる、なんてそんな事が可能なんだ。
録画した動画を後からもう一度見る、みたいな感じなんだろうけど、この世界にそういった機械はないし、傍から見たら凄い事なんだろうな。
それに自分の力だけでは使用出来ないから、ウルに力を借りるってニールさんも言っていたし。精霊でも難しい事なんだきっと。

私が変に感心しているとその間に必要な準備が終わったようだ。

「それでは失礼」

ウルと繋いでいた方とは反対の手で彼が私の手を取る。
そうしてされるがままにしていると身体に変化があった。繋いでいる手を通して、そこから段々と身体全体が温かくなってくるような、不思議な感覚。優しい光の温かさ。

「始めるよ。目を閉じて」

「はい」

身体に起こった変化を不思議に思っているとニールさんの指示する声が聞こえてくる。
咄嗟に我に返った私は彼の指示通りゆっくりと目を閉じる。
すると真っ暗だった視界に唐突にある風景が浮かび上がった。と言っても鮮明にではなく靄が掛かったような光景だ。
それは視界と言うより頭に直接映像が流れ込んでくるような感覚に近い。
まあそんな事された事ないから変な感じだけど。

それよりこれは夜…?それに木々が並んでいて……、これって今私達がいる場所、だよね……?

その映像……風景は彼の語っていた、月光が照らす静かな夜の光景だった。

不明瞭だった視界が徐々に鮮明になっていき、夜目の利かない人間とはまた違ったその光景に私は思わず息を呑んだ。

……これが精霊が見ている世界。

唯々美しい景色にそんな感想を抱く。暫く眺めていたいとは思うが、それは叶わない。

画面が切り替わるように見えていた景色が変わり、視線の先に二つの影が現れる。あれがニールさんが見たと言うレヴィ君と魔族と思われる少年なのだろう。
確かに遠いけれど問題ないくらいには良く見える。

そう思っている間にも二つの影は誰に気づかれる事もなく進んで行く。
彼の話に合った通り、魔族の少年が途中でレヴィ君を肩に担ぎ、次の瞬間にはその姿が視界から消えたが、直ぐにまた視界にその姿を捉える。

本当にテレポートをしたような消え方だったな……。
話を聞いた時もそうだけど、実際にこの目で見ても信じがたい。
それにしれっと言っていたけど、あの動きをする魔族の少年の後を追いかけていたニールさんも相当凄いと思うけど……。

驚き半分、呆れ半分となんとも複雑な気持ちを抱いていると更に場面が変わる。

そしてその景色に私ははっとした。
私この場所知ってる……っ!

真っ暗で月の光以外明かりはなく、近くには殆ど建物もなくて、あったとしても廃墟同然のものばかりだ。そこら中に瓦礫が散らばっている。
それも元々あった建物が壊れ、それが残骸となって残っているに過ぎない。
そんな光景が辺り一帯続いていた。

その一帯を前にして魔族の少年が足を止める。そして次の瞬間にはその姿が消えていた。
先程の高速移動と同じに見えたが、ニールさん曰く今のはテレポートを使用しての移動だという。

忽然と姿が消え、その場には廃墟と瓦礫の山、そして少し離れた位置にある古い神殿のような建物しか残っていなかった。

あの神殿のような建物――いや、神殿だった建物。
数年前、自身の体験した出来事が鮮明に蘇ってくる。

その当時、栄えていたがその後滅びの一途を辿ったと言われている、滅びの街。

あの場所は――アイビスと呼ばれていた街だ。
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