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第9章 愁いのロストフラグメント

2 醜い心…レヴィside

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次の日。目が覚めるとすぐに昨日と同じように鏡の前に立ち、首元を確認した。

……。

そこには変わらず黒ずんだ痣があったが、心なしか昨日よりも色が濃くなっている気もする。

「まあその内治るだろう」

誰に言うでもなく一人呟くと鏡から離れて、そそくさと学院へ行く準備を始めた。




いつものように学院へ到着し、エルやユキ、クラスメイトと軽く挨拶を交わしてから自分の席に着く。するとその時やけに肩が重いなと体にちょっとした違和感を覚えたのだが、寝不足か何かだろう、と軽く思い気に留めなかった。

しかしそれが気のせいではないと分かるのは直ぐだ。


「レヴィ君、あの、大丈夫ですか…?」

たどたどしい口調で隣席のエルが問いかけてくる。
質問の意味がいまいち分からず、俺はきょとんとした顔で振り返った。

「大丈夫って何がだ?」

淡々とそう返すとエルは少し目を見開き驚いたような顔をした後、今度はこちらを心配そうな眼差しで見つめてくる。感情がコロコロ変わる奴だとは思っていたけど相変わらずだな、等と関係のない事を口には出さず心の中で呟く。

「何って、レヴィ君顔色が悪いですよ。もしかして気づいていなかったのですか?」

勢い余った様子でそう言われ、そう言えば朝、体が怠いと感じていた事をふと思い出した。だけど、彼女がこんなにも心配をしてくるような顔を自分がしていると言う自覚はない。

「そうか。ああここ最近ちょっと寝不足でな。恐らくそのせいだろう」

俺は少し考えた後、ありきたりな言い訳ではあるが理由を述べる。

「そうですか…。あまり無理はしないで下さいね」

「ああ。心配かけて悪いな」

顔色が悪いと言う俺に気を使ってかそれ以上の詮索を彼女はしてこなかった。
ただその後も授業中に視線を感じ、その度に無視をしていたが内心では本当にお人好しな奴だ、と笑いそうになっていたのだった。




後から思えば、体調不良を自覚し出したこの頃から変な事が起こるようになっていたのだと思う。

毎夜寝付いてから朝になるまで目が覚めて起きる、と言う事はあまりないのだが、ここ最近寝つきが悪くなり、更に眠りにつけたかと思えばいつの間にか起きて部屋の外に立っている事もあった。
最初は寝ぼけていたのだと思っていたが、そんな事が数回続くようになってきて、流石に寝ぼけていたなんて思えなくなり日に日に恐怖を感じるようになった。
眠りについたところまでは覚えているのに、気が付くと身に覚えのない場所に立っている。それに身に覚えのない場所に立っていたと言う事はそこまで自力で歩いてきたと言う事であり、それが尚の事不気味でしかたなかった。

だからと言ってこんな事誰に相談できるわけもなく、対処は未だに何も出来ないでいる。
そのせいだろうが本当に寝不足になり、学院での授業も頭にまるで入ってこなかった。


そんな日が続いたある日。
日々のストレスからくる体調不良で頭痛までもしてきて、いよいよ頭が回らなくなって来た、という時に幸か不幸か兄と遭遇してしまった。
遭遇と言っても同じ場所に住んでいるのだから、帰って来ていれば会うのは当然と言えば当然だ。
体調が悪くなってからも時々兄には会っていたし、俺の顔色が悪いのを心配して声を掛けて来た時もあったが、今だけは別だ。本当に誰にも会いたくなかったのだ。
それに実の兄とは言え、何処か壁を感じていて会話にはいつも気を張り、気を遣うのだ。今の俺にそんな気を使えるだけの余裕はない。

だがそんな事を俺が思っている等知らない兄はお構いなしに駆け寄って来る。そして俺の顔色がいつも以上に悪い事に気づいたらしく、慌てた様子で声を上げる。

「レヴィ、大丈夫か!?顔色がいつも以上に悪いぞ」

王国騎士団副団長を務め、仕事中は冷静沈着で早々動揺したところなど見せないあの兄が、今は声を上げ慌てた様子を見せている。周囲から聞く印象とはかけ離れているが、恐らく家族にしかこんな態度は見せないだろうし、俺も普段なら変に張り合ったりしないのだが、今は違う。

普段はこんな俺の事を気に掛けてくれる事を少なからず嬉しいと感じていたのに、今日に限って鬱陶しい等と思ってしまったのだ。
それは態度にも出てしまう。

「大丈夫です。部屋に戻って休みますので、ご心配をおかけしました」

体調が最悪のせいで苛立っていた為、俺の口調も強めになってしまうが、気にするだけの余裕はない。ただただ一刻も早くこの場を去り一人になりたかった。

「一人で部屋まで行けるか?無理そうなら俺も付き添おう。それから医者も呼ぶからちゃんと診てもらおう」

俺の理不尽な八つ当たりにも動じる事無く歩み寄ろうとしてくれた兄に、今はどうしようもなく腹が立つ。

「大丈夫です。それより兄上は仕事が忙しいのでしょう?早く戻られてはどうですか」

心配してくれた兄に対して口調どころか態度まで失礼だ。しかしその事を自覚しながらも己の口からは兄の思いやりを無下にするような反抗的な言葉ばかりついて出る。

「今は仕事の事よりお前の事が優先だ。さあ部屋に行こう」

遠ざけるような物言いをしたのにそれでも兄の態度は変わらず、こちらに手を差し伸べたが、俺はその手にすがってしまいそうになり思わず振り払った。
やってしまったと感じた時には遅く、それからはもう思うがままに口から罵声が飛び交った。

「余計な気遣いは結構です!
どうして俺の事を気に掛けるんですか?弟だから?両親から見放されて哀れだから?」

「…レヴィ?」

「俺は両親に期待されていないし必要ともされていない。そんな俺に構っていて良いのか。兄上は両親からも国からも期待されている騎士だが、それに比べその道から外れ魔法士を目指す俺は異端者だ!俺に構っていると貴方もその内蔑まれた目で見られるようになりますよ。
それに兄上が俺を気に掛けるのはただの同情なんだよ!俺はそんなものいらないし、はっきり言って迷惑だ!もう俺に構うな!!」

声を荒げて言いたい事だけを吐き捨てると、俺は逃げる様にその場から走り去った。

「レヴィッ!!」

背中越しに兄の声が聞こえたがそれを無視して走り続け、自室の扉を乱暴に開けると直ぐに中から鍵をし施錠する。
そうして息も整わないまま扉に背を付けそのまま床に座り込む。

兄が後を追いかけてくるかもしれないと思い鍵をかけたのだが、その心配はなかったようだ。部屋の外の廊下はしんと静まり返っている。

けれど俺はその場から動く事なく蹲った。


俺は最低だ。普段なら絶対に言わないような言葉を言った。
先刻俺の言った事は正直言えば心の底で僅かながらも抱いていた思いだが、それでも決して口にはしなかった。言ってしまえばこの関係も崩れてしまうと思ったから。両親の時ように取り返しのつかない事になると思ったから。

それなのに俺はあの日、両親との間に亀裂を入れてしまった出来事から何も学んでいない。
結局また同じ事を繰り返し、兄弟と言う関係に罅を入れた。
優しい兄でもあんな事を言った弟などもう相手にしなくなるだろう。

本当に俺は馬鹿だな。自分でも言ったように異端者だ。

優秀な兄と自分とでは出来が違うのだから比べてはならない。そう思っていたのに、どうして急にあんな事を思い、口に出してしまったのだろう。
後悔先に立たず、だ。
自分でももう訳が分からない。

走り去る時怖くて兄の顔を見られなかったけど、俺を呼んだ声から怒っているのだろうなと察する。
仕事が忙しい中わざわざ気にかけてくれたのにあんな態度。何様なのだと怒るのは無理もない。


……もうこの家にいられないかもしれないな…。
不意にそんな事を悲観的に思う。
全て自分が引き起こした事。それを後悔したところでいつも遅いのだ。もう支離滅裂だ。
俺は本当に何をしているのだろう。


どんどん悪い方へと気持ちが沈んでいく。


それに相まってあんな事を言った罰だとでも言うように頭痛が更に酷くなってきて、吐き気も催す。
もう何も起きる気がしなかったが、ふらふらと立ち上がると覚束ない足取りで寝台まで行きその上に力なく倒れ込んだ。
そして考えるのは止め、何も見なくて済むようにゆっくり目を閉じる。
そうしている内にいつの間にか意識が暗闇の底へと落ちて行った。





エルシアside

ここ最近ずっと顔色を悪くしていたレヴィ君。
学院の授業終わりの休憩中等に声を掛けてみても大丈夫だ、心配ない、と言われてしまいそれ以上踏み込む事は出来なかった。
でも良くなるどころか日に日に体調が悪くなっていく彼を私は見ていられなくなり、彼が怒っても今日こそはちゃんと話をしようと決めて学院へと向かった。

それなのにその日彼は学院を休み姿を見る事が出来なかった。



「あの人から変な気配を感じます」

そうアリンちゃんが呟いた。

先日体調が悪そうなレヴィ君に声を掛け、あしらわれてしまった後、アリンちゃんに耳打ちされたのだ。
どう言う事なのか説明を求めるけど、アリンちゃんはそれ以上言葉にしてくれなかった。

この時に私が何か対応をしていればと後悔が押し寄せて来る。


レヴィ君が学院を休んだ次の日、父様からある知らせを聞かされた。それは追い打ちをかけるように、私の思考を停止されるには十分だった。



それはレヴィ君の行方が分からなくなったと言う悲報だった。
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