幸せな人生を目指して

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第9章 愁いのロストフラグメント

1 不安の種…レヴィside(12歳)

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「はぁ」

「どうしたんですかレヴィ君、溜息なんてついて」

声に出てたかと隣の席の彼女に指摘されハッと気が付く。
そしてまた溜息が零れる。

「何でもない」

「そうですか?それなら良いですけど、何かあったら相談に乗るので言ってくださいね」

「ああ」

俺の素っ気ない返事に嫌な顔一つせず、彼女、エルは笑顔を浮かべる。

誰に対してもこの対応に笑顔付きと来た。
毎日毎日他人に優しくしてばかりで疲れないのかと日々思う。


そう思った所でタイミング良く鐘が鳴る。生徒達が自分の席へと戻って行き、担任の教師が教室へと入って来る。
教室の窓側の席、しかも一番後ろの席からそれをなんとなく見てから窓の外へと視線を移した。



シュレーデル王国の一件から半年が経ち、それから何事もなくエスワール魔法学院の三年へと進級したのだった。
俺は最優秀クラスのAクラス、と言っても二年の時もAクラスだったからあまり進級したと言う実感がわかないのだが。
それにエルとユキも二年の時から続いてまたも同じクラスになり、それ以外の奴は良くは知らないが、それでも二年の時のクラスでは見なかった顔がちょくちょくいるような気がする。二年の時に実力をつけて三年でこのクラスに仲間入りしたって事だろうが、まあどうでも良い。



教師が授業を進め、何かを話しているが頭には入ってこない。
一応机の上に教科書を広げてはいるものの、既に知っている知識の為、それをもう一度聞かされている気分で暇で仕方ないのだ。
学院入学前に既に取得している知識の数々。
座学と言うよりか俺としては実践授業の方がやる気が起きると言うものだ。


それもさながら先程から隣の席のエルが、俺の方をちらちらと伺うように見てくる視線が気になるが、敢えて無視を決め込む。俺の態度を注意したいのか、それとも先程言われた何かあるなら相談して欲しいと言う件で、またする必要のない心配でもしているのか。どちらにしろエルは気にしなくて良い事なのだが。

相談したところで何も解決はしないのだから。



「レヴィ君、大丈夫ですか?」

ほら来たと言わんばかりに、授業終わりに早速声をかけて来る。

「大丈夫って何が?」

あっけらかんとその質問に質問で返せば明らかな動揺を見せた。
おい、目が泳いでるぞ…。相変わらず分かりやすいやつだな。と心の中で突っ込みを入れる。

ちょっとした悪戯のつもりがエルの場合本気にするからそろそろやめといてやるか。思わずにやけそうになる顔を引き締める。

「悪いな。ただ最近良く眠れていないだけだから平気だ」

「そう、ですか。あまり無理をしないで下さいね」

正直に答えると満足したのかしていないのか、歯切れ悪く言い笑うのだった。


その後も授業中こちらをちらちらと見て来ていたが、特に話しかけて来る事はなく放課後、俺は軽く挨拶をするとさっさと家路へと着いたのだった。




ローレンス侯爵家。
オルデシア王国でも騎士の家系として名が通っている名門貴族。
普通はそれが名誉の肩書と言うのだろうが、俺はそうは思えない。そう思う時点で俺は普通ではないのだろう。


「おかえりなさいませ。レヴィ様」

「ああ」

侯爵邸へ着くなりいつも通りハウススチュワード、それに続いて他の使用人達が出迎える。
顔には笑みはなく、ただ淡々と仕事をこなすだけの人達。
だからと言って不満はないし、自分の性格上基本的に使用人と言えど、馴れ馴れしいのは好きではない。
それに俺も人の事は言えないしな。

仏頂面で普段通り短く返事を返すと真っ直ぐ自室へと向かった。


侯爵と言うだけあって屋敷は無駄に広いが人気はない。
エルのシェフィールド侯爵邸との差が凄いなと最近良く思うようになった。
あいつの家は皆明るい。
当主である侯爵やローザさんだけでなく、使用人の人達までも笑顔で明るい印象だ。
それもこれもエルの性格や人柄が影響しているんだろうな。
本当に天と地程の差だ。

それにエルの家は家族関係も良好で、周囲から羨ましがられる程幸せが詰まった家なのだ。

そんなあいつを見ていると微笑ましいと思う反面、羨ましいとも思ってしまう自分がいて嫌になる。
まあ羨ましいと思うのは俺にそれがないからと言うだけだ。


今がまさにそう。
侯爵邸に母はいるはずだが出迎えはないし、食事の時にしか顔を合わせない。父は王国騎士団の団長で忙しくしている人だから早々会えないし、そもそも家にいない事の方が多い。あったとしても堅苦しい挨拶を交わす程度だ。
兄は騎士団の副団長で父と同じく忙しくしているけれど、家にもちゃんと帰って来るし俺に声を掛けてもくれる唯一の兄。
本当に兄は優しい人だ。仕事で忙しいのに弟である俺に気を使ってくれるのだ。それを見て父も母も良くは思っていないようだが兄は気にするなと言う。その度に気を使わせてしまっているのは分かっているが、自分でももうどうしようもない。


家族の関係にひびを入れたのは俺で、きっかけは些細なある一言だった。

『俺は魔法士になる』

幼い頃、剣の鍛錬中にそう俺が口走ってしまった事が原因だ。

あの頃は厳しい剣の鍛錬が嫌で嫌で仕方がなかった。
父から踏み込みが甘い、そんな事では強くなれない、甘えるな、お前は騎士の家系に生まれたのだから、等言葉の攻めの数々。それを毎日聞かされ続ければ精神が疲弊していく一方だった。俺も子供だったんだ。
だから俺はそれに反抗する為に言い放ったんだ。魔法士になる、と。

それから家族関係が悪化していった。
騎士の家系であるローレンス家の子供が騎士ではなく魔法士になると言いだしたのだ。当然と言えば当然だが、あの頃は良く分かっていなかった。

とは言いながらも俺も初めはただの反抗心で言った事が、気が付けば魔法と言う現象にのめり込んでいた。
この頃まで剣の鍛錬は続いていたけれど、魔法学院へ行くと言い出してからはぱったりと稽古がなくなり、学院への入学は断固として許してもらえなかった。
それなのに入学が叶ったのは兄のおかげだ。俺の知らないところで兄が父に説得を試みていたのだ。それが功をなし、俺は今魔法学院へと通う事が許されている。

許されていると言うよりは、父にとって大事なのは家督を継ぐ長男である兄だけであって、次男の俺は別に居てもいなくてもどちらでも良いと言う事なのだろうと思う。
一般家庭なら俺は捨てられていてもおかしくなかったが、名門の一家が息子を捨てたなんて噂が広まったら、それはローレンス家の顔に傷をつける事になる。
理由はそれだけで、目を掛けられるでもなく放り出されている状態となった。

不満、はない…。
こんな状態になってから数年、成長するにつれて心も冷めていくばかり。
俺には魔法しかないのだと。魔力量が豊富と言う事しか取り柄などないのだと、女々しい事を考える。



そんな俺が暇だと言いながらも唯一気を許せるのは学院にいる時間。エルやユキには変に気を張らなくても済むし、俺の家柄関係なく対等に接してくる。それを心地よく感じているのだ。

だから尚の事、家へ戻ると憂鬱な時間が始まり、そして今日も今日とてここ最近見るようになった、あの変な夢を見るのだろうと察する。

「うっ……」

気が沈む事ばかり考えているとふと首に痛みが走る。痛みとは言ってもチクリとした些細なもの。
首筋に手を添えて触ってみても特に気になるところはない。何だ?と思いながら自室の鏡の前に立つ。

……痣?

首にはいつできたのか、小さい痣が浮き出ていた。
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