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番外編
二人の馴れ初め…ローザside
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平穏な日々を送っていたある日、私の可愛い娘の口から無意識に呟かれたその一言からこの話は始まる。
始まりは少し前に遡り、エルシア、そしてアメリアの二人の娘達と楽しくお茶会をしていた時の事。
ルカの淹れてくれた紅茶を嗜みながら他愛もない話をしているとエルがそう言えばと前置きをしてこう言った。
「そろそろ豊穣祭の時期ですよね?今年は誰が選ばれるのでしょうか」
「そう言えばそうよね。私も興味あるわ」
エルに続いてアメリアも話に乗って来る。でもそれもそのはず、近々開催される豊穣祭には二人も舞姫として舞台に上がったことがあるのだから。
豊穣祭は一年に一度開催される、人々の労働の成果を労いお祝いするお祭り。
その式典の中には神様に感謝を込めて舞を踊ると言うものがあり、舞を踊るのはほとんどが少女であり、その少女達の事を舞姫と呼んでいる。
本来なら舞姫を演じるのは国王陛下から指名された少女一人だが、この二人の時は異例でエルとアメリアの二人に舞姫を演じてもらう事になり、それもあってその年の豊穣祭は人々の話題になったものだ。
それもあり豊穣祭の日が近づけば自然と娘達も反応すると言うもの。まあでもそれは私も同じなのだけどね。
毎年毎年豊穣祭の話が聞こえてくるなりつい耳を傾けてしまうのだから。だって――
「あの、母様も舞姫を演じた事があるのですよね?」
そう、私も舞姫を演じた事がある一人でもあるから。
「ええ、あるわよ。あの頃は私も若かったわね」
「そんな事言って~。母様は今でも若いでしょう?」
その頃の事を思い出すと本当に若かったと思う。懐かしく感じるもの。でもそう言った私にアメリアは言葉の返しが上手だわ。嬉しい事を言ってくれる。
「そうですよ!母様は今でも綺麗です!」
もうエルまで。一生懸命に言っている姿が何とも可愛いわ。
私達の愛娘は二人とも本当に可愛いくてとても癒されるわね。
ディランではないけれど、娘達を溺愛するあの人の気持ちも分からなくはない、かも。
「それと母様、その豊穣祭で父様と出会って恋仲になったと言う話ですが…」
「何それ、本当!?気になるわ!母様その話詳しく聞かせて」
「二人ともそんなに聞きたいの?」
「勿論です!」
「勿論!」
二人の中で火がついてしまったようで、目をキラキラさせながら詰め寄って来る。
「仕方ないわね。もうこうなったら完全に私の惚気よ」
「はい!楽しみです」
女の子は恋の話が大好きだものね。
少し恥ずかしいけれど仕方ないわよね。ディランに後で言ったらどんな顔をするかしら?
その時の事を想像して悪戯心が芽生えてくる。
「それじゃ、豊穣祭の舞姫を演じた話と貴方達の父様との馴れ初めを話しましょう。あれはもう二十年ほど前の事――」
娘達の勢いに押されてとっておきの話を口にする。
当時の私はそれなりに名の知れた伯爵家の人間で、その一人娘と言う事もあり世間からも注目を受けていた。
今思えばどうって事ないけれど、その時は周りの私を見定めるような視線がとても居心地悪くて、もう少しで自暴自棄になりそうなところまで行っていた。
名誉ある伯爵家に生まれたのだからそれは当然、と私の父は良く言っていたけれど、その時はその意味が理解出来なかった。
周りから見れば文句のつけようがないくらい裕福な家に住んでいたにも拘らず、その頃の私は息がし辛いと感じ、私自身窮屈だと思う生活を送っていた。
でもそんな生活も一つだけ楽しい事があった。
それは唯一の親友である少女と会って話をする事。
「ローザ!」
色素の薄い水色の髪をふんわりと風に靡かせながら少女が私の名前を呼ぶ。
私の一つ年上であるその少女の名前はセレーナ。
「セレーナ!お待たせ」
私が笑顔で傍に近づけばセレーナも嬉しそうに微笑む。
セレーナも私と同じ伯爵家の令嬢で、年が一つ違うだけでそれ以外境遇が似ている事もあり、知り合ってから直ぐに意気投合した。
それからと言うもの何度もこうして会っている。
人に話せないような事でもセレーナになら話せる。彼女には何でも話せて、彼女も私に色々な話をしてくれる。
嫌な事も楽しい事も嬉しい事も、二人で共有した。
「ねえ、ローザ。今度豊穣祭の舞姫、貴方が演じるんですって?お父様から聞いたわ」
そして話は楽しい会話から最近の話題の話へと移って行った。
「そうなの。正直乗り気じゃないけれど…」
嬉しそうに話すセレーナに申し訳なく思いながらも、顔を俯かせてしまう。
その話をするであろう事は予想していたけれど、いざされると複雑な気持ちになる。
数日前に国王陛下に指名され、今年の舞姫を演じる事になったのだけれど、その事がもうセレーナに伝わっていたなんて。
本当に父様の影響力は凄いわ。
「どうして?緊張するから?」
「違うわ。ねえセレーナ、私の父がお金や権力に執着しているのは知っているわよね?」
「ええ。良く話しているから」
「はぁ、そうなの。今回の事もきっと父様の事だから娘の晴れ舞台ではなくて、娘を利用して伯爵家を自慢したいだけなのよ。舞姫に選ばれる家は優秀だって思われるから」
きっとそう。あの父が娘が舞姫に選ばれたからってただ喜ぶような人ではないと知っている。
それを利用して世間にもっと伯爵家の名を売る、そんな事を考えていそうだもの。こんな好機、あの人なら利用しない手はないでしょうし。
それが分かっているからこそ素直に喜べない。こうして親友におめでとうと言われる事や、国王陛下直々に選んでいただいた事は嬉しいし、誇りに思う。けれどそれでも複雑なものは複雑だ。
こんな気持ちで早速明日から始まる舞の稽古に身が入るのか心配だわ…。
「ねえセレーナは去年舞姫を演じたわよね?その時どんな気持ちだったの?」
沈んでしまった場の空気を戻そうと話題をセレーナに振る。
「え、えっと、そうね、私は楽しかったわよ。沢山の人が見ている中で踊るからそれは緊張もしたけど。でも舞きった後は本当に達成感があって、今思い出しても楽しくて、嬉しくて、良い思い出よ」
「そうよね。見ていたけれど、貴方楽しそうだったもの」
実はセレーナは去年既に舞姫に選ばれていてその役をしっかりとこなしていた。その会場に私も見に行ったけれど、本当に彼女は楽しそうに舞っていた。
最初は緊張気味だった彼女も身体を動かしていく内に心からの笑顔で観客席の人達を楽しませ、舞の後には彼女の成果を称えるように盛大な拍手が送られていたのを今でも覚えている。
それを思い出してあれは本当に凄かったな、と思うのとあれを自分も出来るのだろうか、とまた後ろ向きな思考をしてしまう。
「大丈夫よローザ!貴方なら出来るわ!あの時貴方が見ていてくれたように、今年は私が観客席から貴方の舞を見させてもらうわね。だからね、他の事は考えない!ただ楽しめば良いのよ!」
「ありがとうセレーナ。…私、出来る限りの事をしてみるわ」
彼女の励ましもあり、翌日から始まった舞の稽古にも真剣に取り組む事が出来、口には出せないけれど、私は彼女の為に舞を踊ろうと心に決めていた。
そう思っていれば厳しい稽古も乗り越えられる気がしたんだ。
稽古は思っていたよりも大変で、覚えるのも時間がかかってしまったけれど、早めに始めていた事もあり、舞の日までには完璧に近いものになっていた。
そして月日は早いもので、迎えた豊穣祭当日。
既に控えの間にいた私に用以外誰も声をかけてこない中、扉が静かにノックされ、入って来たのは親友のセレーナだった。
「セレーナ」
「あっと言う間に当日ね。ローザ、今日は頑張って!緊張するとは思うけど、楽しむ事!それが大切よ」
「ええ、分かっているわ。ちゃんと見ていてね」
「勿論よ!」
軽く会話をしただけだけど、私には十分な励みになる。伯爵家の令嬢としてではなく、一人の友人としてセレーナは私を見てくれる。だから彼女の言葉には素直に頷く事が出来て、嬉しい気持ちになる。
ありがとう、と心の中で感謝を伝えると、私は立ち上がり舞台へと向かった。
舞台の上、沢山の観衆がいる中、一人でそこに立つ。
そこで立った途端、私は自分でもまずいと悟った。
急に震え出したのだ。緊張からくる震えでしょうけど、手どころか身体全体が震えてしまい、足はその場に縫い付けられてしまったかのように動かないのだ。
え…、ど、どうしよう…。
顔を上げれば観衆の鋭い視線。その中には勿論父の姿もある。まるで娘が失敗しないように見張っているかのようだ。
この中にはセレーナもいるはずなのに、頭が真っ白になりそれどころではなく、私はパニック状態に陥ってしまっていた。
どうしよう…どうしよう……。このままじゃ……。
最悪の想像してしまい諦めかけたその時だった。声が聞こえた気がした。
……大丈夫、落ち着いて…君ならきっと出来るよ……
そんな励ましの声が。
一瞬セレーナかと思って顔を上げたけれど彼女の姿は見えない。でもその代わりある男の子と目が合った。
あの子だ……。瞬時にそう理解する。
少しの間じっと見ているとその子の口が動いて、
……頑張って……
そう口が動いた様に見えた。
言った後、男の子は無邪気に笑う。
その瞬間私の中で何かが弾けた感覚がして、氷のように動かなかった足がゆっくりと動き出す。
そして曲がゆっくりと流れてくるとそれに合わせてクルクルと回って見せる。
顔を上げる度にその男の子が目に映り、彼が浮かべる笑顔に私もつられて私も笑った。そうすると心が凄く軽くなるのだ。
そうして余裕が出てきて頃、舞いながら周りをゆっくりと見渡すと漸くセレーナの姿を捉える事が出来、心配そうに見守る彼女に私の方から笑顔を見せる。するとそれを見て安心したのか、答えるように彼女もあの笑顔を見せてくれた。
私をいつも支えて励ましてくれた親友と、窮地を救ってくれた名も知らない男の子。
二人のおかげで心が軽くなり、これで心置きなく舞える。
そして時間は過ぎて行き、最後まで舞終えると私は観衆を見渡し、そして最後に二人にも笑みを送ると深くお辞儀をする。
するとシーンと静まり返っていた会場から、割れるような大歓声と盛大な拍手が私を迎えてくれたのだった。
これは確かに達成感が凄いわね。貴方の言う通りだったわ、セレーナ。
それにあの子、本当に感謝してもしきれないわ。……また会えるかしら。
そんな風に思って惜しみながらも舞台から降り、再び控えの間へと戻って行った。
少しの間その場で休んでいると、最初と同じように静かに扉がノックされ、きっとセレーナね。
「どうぞ」
そう思って声をかけた所、扉を開けて入って来たのは彼女ではなく……、
「…貴方っ!」
「やあ、また会ったね」
そこに立っていたのは先程助けてもらった男の子だった。
「ど、どうして…?」
「君に会いたかったから」
混乱して言葉が出てこないのを良い事に、更に畳みかけるように彼がそう言い、その言葉に舞のせいで火照っていた頬が更に熱くなるのを感じた。
「それでそれで?その後はどうしたんですか?」
「どうなったの??」
「ふふふ。舞台の上で顔を合わせたと言ってもある意味、私達は初対面でしょう?なのに面白いのよ。あの人ったら告白してきたのよ。それも結婚しようって」
「「ええっ!!」」
娘達が急な展開に驚いている間、私は紅茶を嗜みながらその日の事を思い出して笑みが零れる。
今でも昨日の事のように鮮明に思出せる出来事を。
当時は私も気が動転してしまっていたけれど、今思えば可笑しな話よね。
あの人も若かった、と言う事かしら。あっ、でも今もそんなに変わらないわね。外ではしっかり侯爵として立派な人なのに、帰ってくればあの時と同じ子どもに戻ってしまうのですから。
全く仕方のない人よね。
「皆ここかい?入るよ」
そんな事を思っていれば噂の本人が登場。噂をすれば何とやらって、強ち嘘ではないのかも。
「どうぞ」
笑いながら彼の人を中に招くと何やら驚いた顔のディランが入って来た。
「父様!良いところに」
「今ね、父様の話をしていたところよ!」
「え?私の?」
「そうよ。ほら立っていないでこちらに座ったら?」
娘達の発言に驚きながらも私にどういう事?と説明を求めるディランに私は隣に座るように促す。
「実はね、貴方と私の馴れ初めを話していたのよ。二人が聞きたいって言うから」
「父様、なかなかやりますね」
「父様、昔から大分大胆だったのね。意外だわ」
「えっ!…もしかしてあの時の話したのか?」
娘二人のニヤニヤ顔に戸惑いを隠せないディラン。ふふふ、見ていると随分と楽しい光景だわ。
「そうよ。ほら、今度は貴方も話してあげたら?惚気話は得意でしょう?」
「何か誤解を招く言い方だな……。まあ良いか」
促せば満更でもない顔。やっぱりそう言う話をするの好きなんじゃない。
「そうだな。では私が初めてローザを目にしたところから話そうか」
「わーい!」
「待ってました!」
乗り気のディランに娘達も嬉しそう。
「あれはまだ私が十三歳の時の事――」
始まりは少し前に遡り、エルシア、そしてアメリアの二人の娘達と楽しくお茶会をしていた時の事。
ルカの淹れてくれた紅茶を嗜みながら他愛もない話をしているとエルがそう言えばと前置きをしてこう言った。
「そろそろ豊穣祭の時期ですよね?今年は誰が選ばれるのでしょうか」
「そう言えばそうよね。私も興味あるわ」
エルに続いてアメリアも話に乗って来る。でもそれもそのはず、近々開催される豊穣祭には二人も舞姫として舞台に上がったことがあるのだから。
豊穣祭は一年に一度開催される、人々の労働の成果を労いお祝いするお祭り。
その式典の中には神様に感謝を込めて舞を踊ると言うものがあり、舞を踊るのはほとんどが少女であり、その少女達の事を舞姫と呼んでいる。
本来なら舞姫を演じるのは国王陛下から指名された少女一人だが、この二人の時は異例でエルとアメリアの二人に舞姫を演じてもらう事になり、それもあってその年の豊穣祭は人々の話題になったものだ。
それもあり豊穣祭の日が近づけば自然と娘達も反応すると言うもの。まあでもそれは私も同じなのだけどね。
毎年毎年豊穣祭の話が聞こえてくるなりつい耳を傾けてしまうのだから。だって――
「あの、母様も舞姫を演じた事があるのですよね?」
そう、私も舞姫を演じた事がある一人でもあるから。
「ええ、あるわよ。あの頃は私も若かったわね」
「そんな事言って~。母様は今でも若いでしょう?」
その頃の事を思い出すと本当に若かったと思う。懐かしく感じるもの。でもそう言った私にアメリアは言葉の返しが上手だわ。嬉しい事を言ってくれる。
「そうですよ!母様は今でも綺麗です!」
もうエルまで。一生懸命に言っている姿が何とも可愛いわ。
私達の愛娘は二人とも本当に可愛いくてとても癒されるわね。
ディランではないけれど、娘達を溺愛するあの人の気持ちも分からなくはない、かも。
「それと母様、その豊穣祭で父様と出会って恋仲になったと言う話ですが…」
「何それ、本当!?気になるわ!母様その話詳しく聞かせて」
「二人ともそんなに聞きたいの?」
「勿論です!」
「勿論!」
二人の中で火がついてしまったようで、目をキラキラさせながら詰め寄って来る。
「仕方ないわね。もうこうなったら完全に私の惚気よ」
「はい!楽しみです」
女の子は恋の話が大好きだものね。
少し恥ずかしいけれど仕方ないわよね。ディランに後で言ったらどんな顔をするかしら?
その時の事を想像して悪戯心が芽生えてくる。
「それじゃ、豊穣祭の舞姫を演じた話と貴方達の父様との馴れ初めを話しましょう。あれはもう二十年ほど前の事――」
娘達の勢いに押されてとっておきの話を口にする。
当時の私はそれなりに名の知れた伯爵家の人間で、その一人娘と言う事もあり世間からも注目を受けていた。
今思えばどうって事ないけれど、その時は周りの私を見定めるような視線がとても居心地悪くて、もう少しで自暴自棄になりそうなところまで行っていた。
名誉ある伯爵家に生まれたのだからそれは当然、と私の父は良く言っていたけれど、その時はその意味が理解出来なかった。
周りから見れば文句のつけようがないくらい裕福な家に住んでいたにも拘らず、その頃の私は息がし辛いと感じ、私自身窮屈だと思う生活を送っていた。
でもそんな生活も一つだけ楽しい事があった。
それは唯一の親友である少女と会って話をする事。
「ローザ!」
色素の薄い水色の髪をふんわりと風に靡かせながら少女が私の名前を呼ぶ。
私の一つ年上であるその少女の名前はセレーナ。
「セレーナ!お待たせ」
私が笑顔で傍に近づけばセレーナも嬉しそうに微笑む。
セレーナも私と同じ伯爵家の令嬢で、年が一つ違うだけでそれ以外境遇が似ている事もあり、知り合ってから直ぐに意気投合した。
それからと言うもの何度もこうして会っている。
人に話せないような事でもセレーナになら話せる。彼女には何でも話せて、彼女も私に色々な話をしてくれる。
嫌な事も楽しい事も嬉しい事も、二人で共有した。
「ねえ、ローザ。今度豊穣祭の舞姫、貴方が演じるんですって?お父様から聞いたわ」
そして話は楽しい会話から最近の話題の話へと移って行った。
「そうなの。正直乗り気じゃないけれど…」
嬉しそうに話すセレーナに申し訳なく思いながらも、顔を俯かせてしまう。
その話をするであろう事は予想していたけれど、いざされると複雑な気持ちになる。
数日前に国王陛下に指名され、今年の舞姫を演じる事になったのだけれど、その事がもうセレーナに伝わっていたなんて。
本当に父様の影響力は凄いわ。
「どうして?緊張するから?」
「違うわ。ねえセレーナ、私の父がお金や権力に執着しているのは知っているわよね?」
「ええ。良く話しているから」
「はぁ、そうなの。今回の事もきっと父様の事だから娘の晴れ舞台ではなくて、娘を利用して伯爵家を自慢したいだけなのよ。舞姫に選ばれる家は優秀だって思われるから」
きっとそう。あの父が娘が舞姫に選ばれたからってただ喜ぶような人ではないと知っている。
それを利用して世間にもっと伯爵家の名を売る、そんな事を考えていそうだもの。こんな好機、あの人なら利用しない手はないでしょうし。
それが分かっているからこそ素直に喜べない。こうして親友におめでとうと言われる事や、国王陛下直々に選んでいただいた事は嬉しいし、誇りに思う。けれどそれでも複雑なものは複雑だ。
こんな気持ちで早速明日から始まる舞の稽古に身が入るのか心配だわ…。
「ねえセレーナは去年舞姫を演じたわよね?その時どんな気持ちだったの?」
沈んでしまった場の空気を戻そうと話題をセレーナに振る。
「え、えっと、そうね、私は楽しかったわよ。沢山の人が見ている中で踊るからそれは緊張もしたけど。でも舞きった後は本当に達成感があって、今思い出しても楽しくて、嬉しくて、良い思い出よ」
「そうよね。見ていたけれど、貴方楽しそうだったもの」
実はセレーナは去年既に舞姫に選ばれていてその役をしっかりとこなしていた。その会場に私も見に行ったけれど、本当に彼女は楽しそうに舞っていた。
最初は緊張気味だった彼女も身体を動かしていく内に心からの笑顔で観客席の人達を楽しませ、舞の後には彼女の成果を称えるように盛大な拍手が送られていたのを今でも覚えている。
それを思い出してあれは本当に凄かったな、と思うのとあれを自分も出来るのだろうか、とまた後ろ向きな思考をしてしまう。
「大丈夫よローザ!貴方なら出来るわ!あの時貴方が見ていてくれたように、今年は私が観客席から貴方の舞を見させてもらうわね。だからね、他の事は考えない!ただ楽しめば良いのよ!」
「ありがとうセレーナ。…私、出来る限りの事をしてみるわ」
彼女の励ましもあり、翌日から始まった舞の稽古にも真剣に取り組む事が出来、口には出せないけれど、私は彼女の為に舞を踊ろうと心に決めていた。
そう思っていれば厳しい稽古も乗り越えられる気がしたんだ。
稽古は思っていたよりも大変で、覚えるのも時間がかかってしまったけれど、早めに始めていた事もあり、舞の日までには完璧に近いものになっていた。
そして月日は早いもので、迎えた豊穣祭当日。
既に控えの間にいた私に用以外誰も声をかけてこない中、扉が静かにノックされ、入って来たのは親友のセレーナだった。
「セレーナ」
「あっと言う間に当日ね。ローザ、今日は頑張って!緊張するとは思うけど、楽しむ事!それが大切よ」
「ええ、分かっているわ。ちゃんと見ていてね」
「勿論よ!」
軽く会話をしただけだけど、私には十分な励みになる。伯爵家の令嬢としてではなく、一人の友人としてセレーナは私を見てくれる。だから彼女の言葉には素直に頷く事が出来て、嬉しい気持ちになる。
ありがとう、と心の中で感謝を伝えると、私は立ち上がり舞台へと向かった。
舞台の上、沢山の観衆がいる中、一人でそこに立つ。
そこで立った途端、私は自分でもまずいと悟った。
急に震え出したのだ。緊張からくる震えでしょうけど、手どころか身体全体が震えてしまい、足はその場に縫い付けられてしまったかのように動かないのだ。
え…、ど、どうしよう…。
顔を上げれば観衆の鋭い視線。その中には勿論父の姿もある。まるで娘が失敗しないように見張っているかのようだ。
この中にはセレーナもいるはずなのに、頭が真っ白になりそれどころではなく、私はパニック状態に陥ってしまっていた。
どうしよう…どうしよう……。このままじゃ……。
最悪の想像してしまい諦めかけたその時だった。声が聞こえた気がした。
……大丈夫、落ち着いて…君ならきっと出来るよ……
そんな励ましの声が。
一瞬セレーナかと思って顔を上げたけれど彼女の姿は見えない。でもその代わりある男の子と目が合った。
あの子だ……。瞬時にそう理解する。
少しの間じっと見ているとその子の口が動いて、
……頑張って……
そう口が動いた様に見えた。
言った後、男の子は無邪気に笑う。
その瞬間私の中で何かが弾けた感覚がして、氷のように動かなかった足がゆっくりと動き出す。
そして曲がゆっくりと流れてくるとそれに合わせてクルクルと回って見せる。
顔を上げる度にその男の子が目に映り、彼が浮かべる笑顔に私もつられて私も笑った。そうすると心が凄く軽くなるのだ。
そうして余裕が出てきて頃、舞いながら周りをゆっくりと見渡すと漸くセレーナの姿を捉える事が出来、心配そうに見守る彼女に私の方から笑顔を見せる。するとそれを見て安心したのか、答えるように彼女もあの笑顔を見せてくれた。
私をいつも支えて励ましてくれた親友と、窮地を救ってくれた名も知らない男の子。
二人のおかげで心が軽くなり、これで心置きなく舞える。
そして時間は過ぎて行き、最後まで舞終えると私は観衆を見渡し、そして最後に二人にも笑みを送ると深くお辞儀をする。
するとシーンと静まり返っていた会場から、割れるような大歓声と盛大な拍手が私を迎えてくれたのだった。
これは確かに達成感が凄いわね。貴方の言う通りだったわ、セレーナ。
それにあの子、本当に感謝してもしきれないわ。……また会えるかしら。
そんな風に思って惜しみながらも舞台から降り、再び控えの間へと戻って行った。
少しの間その場で休んでいると、最初と同じように静かに扉がノックされ、きっとセレーナね。
「どうぞ」
そう思って声をかけた所、扉を開けて入って来たのは彼女ではなく……、
「…貴方っ!」
「やあ、また会ったね」
そこに立っていたのは先程助けてもらった男の子だった。
「ど、どうして…?」
「君に会いたかったから」
混乱して言葉が出てこないのを良い事に、更に畳みかけるように彼がそう言い、その言葉に舞のせいで火照っていた頬が更に熱くなるのを感じた。
「それでそれで?その後はどうしたんですか?」
「どうなったの??」
「ふふふ。舞台の上で顔を合わせたと言ってもある意味、私達は初対面でしょう?なのに面白いのよ。あの人ったら告白してきたのよ。それも結婚しようって」
「「ええっ!!」」
娘達が急な展開に驚いている間、私は紅茶を嗜みながらその日の事を思い出して笑みが零れる。
今でも昨日の事のように鮮明に思出せる出来事を。
当時は私も気が動転してしまっていたけれど、今思えば可笑しな話よね。
あの人も若かった、と言う事かしら。あっ、でも今もそんなに変わらないわね。外ではしっかり侯爵として立派な人なのに、帰ってくればあの時と同じ子どもに戻ってしまうのですから。
全く仕方のない人よね。
「皆ここかい?入るよ」
そんな事を思っていれば噂の本人が登場。噂をすれば何とやらって、強ち嘘ではないのかも。
「どうぞ」
笑いながら彼の人を中に招くと何やら驚いた顔のディランが入って来た。
「父様!良いところに」
「今ね、父様の話をしていたところよ!」
「え?私の?」
「そうよ。ほら立っていないでこちらに座ったら?」
娘達の発言に驚きながらも私にどういう事?と説明を求めるディランに私は隣に座るように促す。
「実はね、貴方と私の馴れ初めを話していたのよ。二人が聞きたいって言うから」
「父様、なかなかやりますね」
「父様、昔から大分大胆だったのね。意外だわ」
「えっ!…もしかしてあの時の話したのか?」
娘二人のニヤニヤ顔に戸惑いを隠せないディラン。ふふふ、見ていると随分と楽しい光景だわ。
「そうよ。ほら、今度は貴方も話してあげたら?惚気話は得意でしょう?」
「何か誤解を招く言い方だな……。まあ良いか」
促せば満更でもない顔。やっぱりそう言う話をするの好きなんじゃない。
「そうだな。では私が初めてローザを目にしたところから話そうか」
「わーい!」
「待ってました!」
乗り気のディランに娘達も嬉しそう。
「あれはまだ私が十三歳の時の事――」
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その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。
そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!
いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!
こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。
あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!
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