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第7章 Memory~二人の記憶~

33 迫り来るもう一つの恐怖

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私達三人は追手を何とか巻きつつ走り続け、やっとの思いで国の外へと抜け出す事が出来た。

抜けた先には暗く生い茂る森林が広がり、まるで今か今かと獲物を待っているかのような不気味さだ。
その様子に寒気がするけど、まだ追手が来ているかもしれない今、森へ隠れるのが一番の最善作だろう事は分かっている。

「くそっ!まだ追ってくるのか。仕方ない、森に入るぞ!」

「う、うん……、分かったわ」

「リリちゃん…」

私の顔が強張っている事に気が付いたのか、ウルティナは心配そうな声で私を呼ぶ。
けれど私は顔を上げ、大丈夫よと笑った後、先に行くリカルドを追って森へと向かって行った。

そう、大丈夫よ。今は一人じゃない。二人がいてくれるのだから。止まらず前へ進みなさい!

その止まりそうになる足を気力で動かし、心を奮い立たせて前へと進む。


そして森へと入って少し経った頃、前を歩いていたリカルドの足が止まる。

「この辺りに隠れるぞ」

「え、どうして?このまま行けば逃げ切れるんじゃ…?」

「いや、そんな簡単に逃してくれるような奴らじゃない。それにこの森はとにかく広いし、迷えば一生出てこれなくなる。隠れるには持って来いだが、森を良く知らない奴が入ったら一発で終わりだ」

森を知らなければ抜け出せない。その言葉が頭を回り急に不安になってくる。もし、ここで二人とはぐれてしまったら。一人になってしまったら……。
そんな最悪の事ばかりが浮かんできてしまう。

「大丈夫よリリちゃん。もしもリリちゃんがはぐれてしまっても、私が必ず見つけるわ。例え遠く離れてしまっても、私がまた貴方の光となって導いて見せるから。だからね、安心して」

「ウルティナ……」

当たり前の事のように励ましてくれる彼女の暖かな言葉。いや、ウルティナは元々こういう性格だったわね。
いつでも笑顔で、私が落ち込めば救いの手を差し伸べてくれる。不安や恐怖、そう言う負の感情を消し去ってくれる。光を司る彼女はその名の通り、人の心を浄化してくれる心優しい精霊だ。

「ありがとう、ウルティナ」

「えぇ」

何年も生きていて年上と言っても見た目は幼女。そんなウルティナに慰められていると思うと恥ずかしくなってくる。でも可笑しな気持ちにもなるのだから不思議だ。

「俺もいる事を忘れるなよ。それに俺なら初めからリリーシェがはぐれないようにこうして手を繋ぐな」

そう言って彼は私の手をそっと取った。そこから伝わる温もりに心が和らぐ。

「ありがとう、リド。この先も離さないでね」

「勿論だ。この先ずっと一緒にいるんだからな」

まるでプロポーズのような言葉で顔がポッと火照った。と言うか彼が言う前に自分で言っていた発言を思い出して更に恥ずかしい……。

「こほんっ」

二人だけの世界に入り込んでいた私達は、小さな精霊の咳払いによってハッと我に返った。

「二人とも、危機感が足りないわよ。惚気も良いけれど追手が迫ってきている事も忘れないでね?」

「す、すまない」

「ご、ごめんなさい」

怒っているのか楽しんでいるのか、笑顔を見せる今のウルティナからは想像しがたい。それでも、なんとなく怒っていると判断した私達は彼女の謎の気迫に押されながらも謝罪の言葉を口にしたのだった。


そして何とも気まずい雰囲気の中、迫りくる追手をやり過ごす為、その場で体を低くして彼らが来るのを待った。

「ねぇ、さっきの話の続きだけど、ここで敵を待つより見つからないように進んだ方が良いんじゃないの?」

先程の話で森が広くて直ぐには抜け出せない事、相手が一筋縄じゃ行かないと言う事は理解できた。
けれど一筋縄で行かないのなら尚更、追手が来ない今の内にここから離れた方が良いのではないかと思うけど。

「普通はそうするんだろうが、俺はその逆だ。さっきも言ったがこの森から、敷いてはこの国の連中からは簡単に逃げられない。戦いを好むわけじゃないが、こうなったら相手を叩くしかないだろう。それにここにいるのはただ単に身を潜めているだけじゃなくて、奴らの様子や言動を盗み見る為でもあるんだ」

「盗み見る?」

真意が読めず、オウム返しに聞き返してしまう。

「そうだ。人間って言うのは余裕がある時や、安堵した時なんかに油断し気が緩む。そして気が緩んでいる時って言うのはボロを零しやすいのさ」

「なるほど、確かにその通りね。貴方見た目の割に良く考えているのね」

「見た目の割には余計だ」

リカルドの説明に納得した様子のウルティナだったけど、リカルドには余計な一言だったらしい。その証拠に彼の眉間には皺が寄っていた。

「凄いわ。本当に色々考えているのね」

「まぁな。伊達に王宮魔法士をしていたわけじゃない」

機嫌を直してもらおうと私が代わりに褒めると、彼は分かりやすく胸を張っていて、その様子に思わず破顔してしまった。普段は頼りになるし、頭も良いのに時々分かりやすいんだから。その差が可愛いな、なんて思っていたりもするんだけど。

明るい性格だけど、その裏には人に見せる事のない悲しみがある事を私は知っている。
城で王子と話した時、真相を知った時、王子に、親友に心無い事を言われた時、少なからずリカルドは心が苦しかったはず。それで取り乱す姿を見せなかった。そんな彼を見ている人がいたとしたら、本当に大丈夫なのだろうと思ってしまったかもしれない。

でも王子とのやり取り、その様子を目の当たりにしてしまった私には、今の彼は全然大丈夫には見えなかった。
気丈を装っても内心は戸惑いと不安でいっぱいで、笑顔を見せても心は傷ついている。そう思えてならないんだ。

王子にだって本当は自分がやった事じゃないって言いたかったはずで、誤解を解いて昔みたいに話したかったはずなんだ。それなのにこんな事になってしまって……。


何だか二人の仲を引き裂こうとしているような、二人を争わせたいような、そんな誰かの思惑があるような気がしてならない。
そもそも、どうして王子は自分を襲った犯人をリカルドだと断言出来たのか?

話ではリカルドの姿をした人物が自分を襲ったと言っていたけれど、それは何かの魔法で姿形を偽っていただけと言う事も有り得る。それなのにリカルドが犯人と決めつけ、今こうして追手まで放って来ている。どう考えてもおかしいわ。


「追手が来たわ。二人とも静かにね」

そんな思考をしているとウルティナの警戒した声が聞こえてくる。私は考えるのを止めて周りに視線を向けた。
すると私達が森へと入って来た方角から、マントを羽織った男女数人がこちらに歩いてくるのが確認できる。

城からの追手だわ…。

周りを見回しながら歩いてくるのを見るに、まだ私達を見つけられていない様子。だけどそれも時間の問題なんだろう。

「あれは王宮魔法士……?」

「いや、ただの魔法士だ。王宮魔法士だったらもうとっくに見つかっているはずだ」

え…、そうなの?恐ろしい、王宮魔法士……。と言うか隣にもそんな王宮魔法士様がいたんだった。

……って今はそんな冗談言っている場合じゃないわね。

「それでこの先どうするの?」

「出来ればこのまま隠れてやり過ごしたいが、もし見つかってしまったら俺が食い止めるから、ウルティナと森の出口まで走ってくれ。相手はただの魔法士、俺の敵じゃないから安心しろ」

彼はそう言うけど一つ問題がある。

「でも待って。この森を良く知らなければここから出られないんじゃなかった?」

そう、私はこの森の事を良く知らない。出口がどこにあるのかも分からないのだ。
その事を指摘すると、しかしリカルドは安心しろと言ってウルティナに目配せをする。

「その辺はウルティナに任せれば大丈夫だろう。そうだよな?」

「えぇ、任せて頂戴」

リカルドの問いかけにウルティナは力強く頷いたのだった。



そして魔法士達が私達の隠れている場所まであと少しと言う所でその異変は起こった。

「な、何っ!?」

一番遠くにいた魔法士の一人が突然声を上げたのだ。

「なんだ!どうした?」

それを受けて他の魔法士も声を上げて問いかける。

「何かが、来る…っ!」

「なんだと……っ」

魔法士の意味深な言葉と様子に他の魔法士達も動揺し、辺りがざわつきだす。

「な、何……?」

その様子を見ていた私達にも得体のしれない緊張が走った。

そして――

「きゃぁああっ!!!」

「わぁああっ!!」

魔法士達が何かに怯えているかのように悲鳴を上げ出した。

「……何がっ!一体どうしたの……っ」

得体のしれない何かから襲われているみたいな悲痛な悲鳴。それを聞いた私は恐ろしくなり繋いでいる方とは逆の手で、無意識にリカルドの服を握りしめていた。

「これはっ!大変よっ、早く逃げないと!」

「……確かにこの状況はまずいみたいだな」

冷静だったウルティナが焦った声を上げ、僅かに笑みを見せるも、リカルドまでもが緊張しているようだ。

二人はこの状況、何が起こっているのか察しているみたいだけど…何が起こってるって言うの…?
二人の様子に怖くなり、しかしそれでも恐る恐る尋ねた。

「ねぇ…、何が起きているの……?」

恐怖で体だけでなく声までも震えてしまう。
その問いかけに視線を逸らさずに、真っ直ぐ前を見つめたままリカルドが小さく呟く。

「魔物だ。魔物の群れが現れたんだ」
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